031.鍛冶工房でもやることはあんまり変わらない

 リケットに案内されて、一通り工房内を見て回った後、俺は雑用依頼を開始した。


 とはいえ、やることは前に冒険者ギルドの依頼で行った雑用依頼と大して変わらない。

 鍛冶工房内で別の鍛冶師への伝言を受けたり、頼まれて荷物を別の場所へ運んだり。


 違いは冒険者ギルドで行った雑用よりも、重い荷物が増えたくらい。

 けれどそれも、車輪が一つだけついた手押し車、前生で言う所の猫車みたいなものを借りられたので、運ぶのに苦労するという事も無かった。


 まあ、それでも初見ならバランスを取るのに苦労しただろうけど、俺はバイトで散々使っていたからもう慣れてる。すいすいだ。

 工房に背の低いドワーフがいた為、俺の背丈にあった手押し車があったってのも大きいけどね。


 俺はレベルアップによる高揚感のまま、全力で仕事に打ち込んでいく。


 その結果、早々に体力切れを起こしかけた。


 うん、そりゃそうだよね。

 レベルアップの感覚と、実際の強化具合は別なんだから。



 現状、俺の体力は限界だ。

 すぐにでも、ベッドへ倒れ込んでしまいたい。


 ただ、このまま倒れるわけにはいかないだろう。

 まだまだ仕事中だし、何よりも今回の依頼先はリケットに優遇依頼を出している仕事場だ。

 ここでぶっ倒れたりしたら、俺を紹介してくれたリケットの顔に泥を塗ることになる。

 それでリケットの評判が落ちてしまったら。そんなことを考えると、是が非でも何とかしたい。


 所持金は、まだ十分にあるな。

 一か八か、もう一度、レベルを上げてみようか。

 ステータスなんてものがある世界だ。

 もしかしたら、レベルアップで体力が全回復したりするかもしれない。


 俺はステータスを開いて、レベルをさらに一つ上げた。


 レベル:5(次のレベルまで、50マレ)

 スキルポイント:13

 所持金:大銅貨五枚、鉄貨三枚


 次の瞬間、身体の奥底から力が漲ってくるのを感じる。

 これは、回復した?


 いやいや、これはただのレベルアップによる高揚感だ。

 さすがにもう、騙されない。


 万能感は生まれたけど、体力的には……少しだけ回復してる?

 倦怠感はまだあるけど、どうしようもない程ではない。

 もうすこしだけ頑張れそうな予感がある。


 果たしてこれも、ただの感覚だけのことなのか。

 それとも実際に体力が回復しているのか。


 少し動いてみて、身体の感覚を慎重に確かめてみる。


 うん。無理をしなければ、もうすこしだけ頑張れそうだ。

 レベルアップでまた少し身体能力は強化されているハズだし、今度こそ、高揚感に流されず、残りの体力を考えながら、雑用に励もう。




 雑用依頼で鍛冶工房内をあちこち歩き回っていたら、少しだけこの鍛冶工房の事に詳しくなった。

 まず、この鍛冶工房では老若男女、様々な人たちが働いている。

 種族としても、人やドワーフがいれば、少ないけど獣人もいた。

 その違いは本当に千差万別。


 ただ、その人たちは一様に見事な筋肉を持っている。

 男も女も、老いも若きも、鍛え上げられた筋骨隆々のたくましい肉体。


 最近、俺の周りにいる人たちは基本的に冒険者が多いので、鍛えられた肉体はそれなりに見慣れているけれど、ここの人たちはひと味違う。


 やはり、この工房で働くには、相応の力が必要なようだ。

 それとも、ここで働いているからこそ、そういう肉体になっていくのか。

 リケットも宿舎組の中では筋肉質な方だけど、ここの人たちと比べると、まだ子供なのだとわかる。

 リケットの肉体は、ドワーフだからっていうよりも、ここで鍛えられていたんだな。



 さて、他にもこの鍛冶工房のことで気が付いたことがある。

 通常、鍛冶工房と聞くと、鉄を代表とした金属類を打つことを想像するんだけど、ここではちょっと違うみたい。

 勿論、金属も使ってはいるようだけど、大部分はどうやら魔物の素材を活用しているらしい。

 特にパンドラの森で狩られた強靭な魔物の素材だ。


 そこらの金属よりも強靭な骨。特殊な魔力を宿した牙。加工無しでも鋭く鋭利な爪。

 これらは金属に混ぜで使われることもあるけれど、そのまま鍛えることで武器とすることもあるらしい。


 武器の鍛え方は、うん。色々するらしい。

 詳しい事は見ただけでは分からなかった。


 ただ、その中には俺の分かる分野も少しだけ入ってる。

 鍛冶に使われている薬品類だ。

 この辺りの一部は、俺の『薬物知識』に反応があった。

 俺が作れそうな薬品もちらほら。


 といっても、分からないものが大部分だ。

 それだって一応、すごい薬ってことくらいは分かる。

 まあ、だからなんだって話なんだけど。


 少しだけ、親近感は抱けたかな。

 遠い世界の仕事だと思っていたことが、少しだけ近くなった気がする。


 楽しい。

 やる気が出る。


 いや、ダメだ。

 抑えないと、また倒れる。

 落ち着け、落ち着け。


 未だ身体の内に燻るレベルアップによる高揚感を抑えつつ、俺は仕事に集中した。




「おう、坊主。これで今日は終いだ」


 別の鍛冶師からの言伝を伝えた所で、ヘーガンから依頼の終了を告げられる。

 その瞬間、震える足から力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。


「ガッハッハ。さすがに限界がきやがったか。ひょろっこいのに、根性あるじゃねえか、ショーゴ」


 ヘーガンはそんな俺の姿を見て、でっかい声で笑い、バンバンと肩を叩く。

 多分、手加減はしてくれているのだろうけど、大分痛いです。

 特に今は、ホントに体力が限界なんで。

 そう思っても、それを口に出す元気もない。

 それくらい、ギリギリだったのだ。


 単純な仕事とはいえ、手を抜くようなことはしたくない。

 だからといって、それで体力を使い切って、途中でぶっ倒れるわけにもいかない。


 その結果、限界ギリギリまで動き回ることになってしまった。


 興味本位で受けてみた依頼だったけど、ちょっと俺向けの依頼じゃ無かったみたい。

 そりゃそうか。

 ここまで全力の体力仕事は、さすがに六歳児の受ける仕事じゃない。


 でも、これでこの身体の限界も分かった。

 レベルアップはしてるけど、やっぱり前生の頃より体力は無い。

 前生の頃だったら、この程度でへばったりはしなかった。

 まあ、比べるのが大人と子供じゃ当たり前か。


「……お疲れ」


 その場に座り込んでいたら、後ろからリケットの声がした。


「おう、リケット。お前も今日は終いか。なら、こいつを持ってけ。お前はまだまだ余裕があるだろ」


「…………」


 ヘーガンの言葉に、リケットは無言のまま頷く。

 そしてそのまま、リケットは俺を担ぎ上げる。

 リケットは俺以上に働いていたはずなのに、俺の身体は軽々と持ち上げられてしまった。

 さすがだ。


 そうしてリケットに担がれたまま、俺はガウゼス鍛冶工房を後にした。




「おかえり、リケットくん……て。ショーゴくん、大丈夫かい?」


 冒険者ギルドの受付で俺たちを出迎えたのは、肩口まである黒灰色の髪に、透き通るような青い瞳を持った狼人族の男の人、ビスタ。

 リケットに背負われた俺を見て、心配そうな表情を浮かべている。


「ちょっと疲れてるだけだから、大丈夫」


「…………」


 俺がビスタにそう伝えると、リケットも無言のまま頷く。


「そうかい? それならいいんだけど。あんまり無理をしないようにね」


「うん。気を付ける」


 ホントにね。

 次はもっと、体力がついてから行くことにするよ。


「それじゃ、特別に今日は二人一緒に受付けてあげるから、依頼用紙とギルドカードを出して」


 そうして俺とリケットはヘーガンからサインを貰った依頼用紙とギルドカードをビスタに渡し、依頼の完了報告を終えた。


 受け取った報酬は銅貨一枚。


 そのままリケットと酒場で夕飯を食べて、鉄貨五枚を支払い、最終的な今日の儲けは鉄貨五枚。

 まあそもそも、雑用依頼はお金を儲けるために行ってるわけじゃない。

 それに加えて、鍛冶工房と言う場所を知れたって考えれば、悪くは無かったのかな。

 リケットにはずっと世話になりっぱなしだったけど。


 結局その日は夕食後も、宿舎のベッドまでリケットに運んでもらうことになった。







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