032.三度目ともなれば慣れたもんよ
薬師ギルドに登録し、晴れて見習い薬師となってから数日。
今日は手伝い級の冒険者である子供たちが、こっそりと南門前で行っている薬草採取、通称、秘密の依頼が行われる日だ。
さすがに三度目ともなれば、俺としても心得たもの。
前回の経験も踏まえた上で、今回は調薬に使いたい薬草だけを選んで採取しようと、事前にこの辺りに生える薬草の中から調薬に使えそうな薬草を調べておいた。
狙いとしては、まず初級回復ポーションの素材であるヒエラとトーラ。
それから、パルガとヘティラ、フスリー。
パルガは前回も採取した細くて短い緑の葉っぱの薬草。
ヘティラとフスリーは、ある薬品を調薬するために必要な素材だ。
パルガとこの薬品を合わせると、初級解毒ポーションが調薬できるらしい。
他にも素材となる薬草はあるようだけど、南門前という狭い採取場所だけで、全ての素材を集めることは出来ないようなので、今回はそれらだけに集中する。
実は初級解毒ポーションのレシピには、もっと簡単で効率的に調薬出来る素材があるらしいんだけど、そっちは南門前だけの採取で集まりそうにないので、今回はこっちを狙う。
今回の参加者は、宿舎組から俺とロダン、レイト、ルーク。通い組からはルト、マリイとヒロマル。
一番最初に秘密の依頼を行ったのと同じメンバーだ。
いつものように話しかけてきたルトと軽く挨拶を交わしながら、俺たちは南門を抜けて町の外へと出る。
勿論、南門を抜ける際には、そこを守る兵士にも挨拶を忘れない。
今日も南門を守るのは顔なじみの兵士、ハッタムだ。
南門を抜けた俺たちはそれぞれに別れて、薬草の採取を始めた。
ヒエラは、薄緑で楕円形のギザギザした淵を持った葉っぱ。
トーラは、黄色みがかった緑で、細長い葉っぱ。
パルガは、細くて短い緑の葉っぱ。
ヘティラは、青緑色の細い蔓。
フスリーは、赤い花を咲かせる植物の根っこ。
それぞれに採取して、既定の数を紐で結んでまとめておく。
今回は採取する数にも注意しなければならない。
素材の片方だけがたくさん採取できていても、もう片方が採取出来ないと、調薬は出来ないからだ。
採取の際にはバランスよく、調薬に必要な数を考えていく必要がある。
初級回復ポーションの素材は、ヒエラ二束に対して、トーラ一束。
初級解毒ポーション素材は、パルガ二束に対して、ヘティラが三巻きにフスリーが十束。
ちなみに初級解毒ポーションの素材が多めなのは、正規のレシピじゃないからだ。
この中で、一番見つけにくい薬草はトーラ。次点でフスリー。
なので、採取する際はこれらを基本として、他の薬草の数を揃えていくことにする。
ただ、トーラは単純に数が少なく、数を揃えるのが難しいのに対して、フスリーは一番の特徴である赤い花が咲いていない場合が殆どで、それを目印に出来ないと探すのが難しい。
たくさん生えている植物の中から、頭の中で開いた薬草大全に描かれた見本を思い浮かべながら、注意深く探していかなければならないのだ。
フスリーは採取するときも注意する事がある。
素材となる根っこは細く千切れやすいので、細心の注意を払いながら、掘り起こす必要があった。
その為、今回はいつも以上に集中して、採取をしていく必要がある。
これは数も必要だし、なかなかに厄介だ。
黙々と作業を続けているうちに、ちょっと思ったことがある。
せっかく薬師になったのだからと調薬を優先して採取してみたけど、もしかしたら普通に見つけた薬草を採取して、冒険者ギルドに持っていった方が儲かるのではないか、と。
一応、採取した素材をそのまま冒険者ギルドに納めるよりは、調薬してから薬師ギルドに売った方が儲けは高まるはずだけど、時間的な効率を考えるとどうなんだろうか。
まあそれも含めて、今回は調べる為にもしっかりと採取に集中してみよう。
それは、薬草採取を始めて、どれだけ時間が経った頃だろうか。
「魔物だっ!」
薬草採取に没頭していた俺の耳に、そんな叫び声が聞こえた。
誰の声かと辺りを見回した俺の目に飛び込んできたのは、若草色の細長い身体。
草原に溶け込む毛皮のイタチ。
グラスウイーゼル。
肉として聞いたその名が、すぐに思い浮かんだ。
魔物だ。
危険な魔物。
そう頭では分かっているのに、身体はすぐに動かない。
恐怖から、では無かった。
ピンとこない、という方が正しいだろう。
俺が知っている魔物というのは、パンドラの森で出会った魔物たちだけだ。
闇帝竜まで行かずとも、あの森にいた魔物たちは一様に、凶悪な力を持っていた。
それこそ、目にした瞬間、死を覚悟するような魔物たち。
それが、俺にとっての魔物だ。
それと比べてしまうと、グラスウイーゼルの姿はあまりにも小さく、あまりにも弱そうに見える。
その見た目が俺を一瞬、油断させた。
気が付いた時にはもう、グラスウイーゼルの身体はすぐ目の前。
はやっ、と思った瞬間には、鋭い爪が俺の首に迫っていた。
「ショーゴっ!!」
声と共に、短剣が俺の首と鋭い爪の間に差し込まれる。
そして、爪の動きを逸らした。
同時に俺は腕を掴まれて、背後へと投げ出される。
代わりに俺とグラスウイーゼルの間に出たのは、ロダン。
「早く逃げろっ!」
ロダンは短剣を構え、グラスウイーゼルと向き合いながら、背後の俺にそう叫ぶ。
逃げないと。早く。早くっ。
俺は急いで立ち上がると、南門を目指して走り出した。
その後ろをロダンが続く。
そうして必死に走り、俺とロダンが南門を駆け抜ける。
そんな俺たちと反対に外へ向かう男が一人。
鎧兜に覆われた兵士のハッタムだ。
ハッタムは槍を構えると、俺たちを追ってくるグラスウイーゼルの前に立つ。
そして、突進してくるグラスウイーゼルに合わせて槍を一回転させた。
槍の柄が、突進してきたグラスウイーゼルの身体を弾き飛ばす。
そのまま、ハッタムは体勢を崩したグラスウイーゼルを槍の一突きで仕留めた。
その後、ハッタムは暫く周囲を見回った後、南門へと戻ってくる。
「もう大丈夫だ。周囲に魔物の気配はない」
そうしてハッタムは、南門の奥へ避難していた俺たちにそう告げた。
「ロダン、よくやったな。なかなか様になっていたぞ」
「ありがとう、ございます」
そう言って笑うハッタムに対して、ロダンは珍しく少し照れた表情でお礼を言う。
褒められたロダンはすごく嬉しそうだ。
そうだ、俺も。
「ボクもありがとう、ロダン」
「ん、ああ。次は気を付けろ」
お礼を告げた俺に対して、ロダンは釘を刺してきた。
その表情は真剣そのもの。
そうか、俺は死にかけたんだ。
ロダンの表情を見たら、今更ながらに怖くなってきた。
そうだ、俺は今、死にかけたんだ。
あと少しでもロダンが遅ければ、俺は死んでいた。
あっさりと。
まだ借金は丸々残っているというのに。
そうしたら、俺の魂はまた商売神の元へと戻されて、今度こそ……。
俺はまだ、この世界を甘く見過ぎていた。
町の外に出るということを。
いくら南門の手前だけで、優秀な兵士が側にいるとしても、今回のような状況はいつだって起きうるのだ。
町の外に一歩でも出たのなら、死はいつだって側にある。
皆はそのまま、薬草の採取に戻ったようだけど、俺はもう今日はそんな気分になれない。
きっとこのまま薬草採取を続けても、魔物の気配が気になって、どっちつかずで何も手につかなくなる。
薬草の数は……うん、問題なさそう。
俺はみんなに一言断って、お先に失礼させてもらうことにした。
時間はまだ、昼を少し過ぎたばかり。
三つ目の鐘が鳴ってからまだ幾ばくも過ぎていない。
日が沈むまでは、まだまだ時間があるだろう。
時間が無かったこともあり、採取した薬草はそれぞれ、初級回復ポーションと初級解毒ポーションの調薬が一回分ずつ。
せっかくなんで今日は薬師ギルドで調薬室を借りて、これらを調薬してみよう。
儲けだけを考えれば、ミメアの調薬室を借りた方が良いのだろうけど、せっかく薬師になったのだから、薬師ギルドの施設も試してみたい。
そう考えた俺は、そのままの足で薬師ギルドへ向かうことにした。
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