033.薬師ギルドの調薬室で調薬を試そう
薬師ギルドの受付でギルドカードを提示し、調薬室を借りる手続きを行う。
薬師ギルドで貸し出している調薬室には幾つかの種類があり、その種類によって置かれている器材と使用料が変わってくるそうだ。
そして、薬師ギルドのランクによって、借りられる調薬室の種類は変わってくる。
見習い薬師が借りられる調薬室は一種類だけ。
俺が受付で大銅貨一枚を支払うと、薬師ギルドの職員が俺をその部屋へと案内してくれる。
それは俺が薬師ギルドへ登録する際に試験を行った部屋だった。
調薬室にはあの日と同じように、幾つもの机が並んでいる。
ただし、現状で使われている机は一つもない。
時間帯のせいなのか、それともこの薬師ギルドに見習い薬師が少ないだけか。
もしくはルトのように、自宅や師の家に調薬室があるのかな。
まあなんにせよ、この広い部屋を一人で使えるというのは有難い。
特段、人見知りって訳でも無いけれど、同じ部屋に見知らぬ人がいたら、気を使ってしまい、調薬に集中できなくなるかもしれないし。
俺は薬師ギルドの職員に教えられた机について、麻袋の中から採取した薬草を取り出していく。
器具の位置は、登録試験の時に一通り教えてもらっているから問題ない。
それじゃ、まずは慣れている初級回復ポーションの調薬から始めようか。
…………。
…………。
…………。
よし、と。
さすがに今更、初級回復ポーションの調薬で失敗なんかしない。
とはいえ、調薬の工程は一つ一つ丁寧に行ったけど。
ミメアに推薦してもらった薬師として、そこで手を抜くわけにはいかない。
そうして俺は予め、薬師ギルドの受付で用意してもらった専用の薬瓶に、出来上がった初級回復ポーションを注いでいく。
最初から調薬した薬を薬師ギルドに買い取ってもらうと決まっている場合、それを受付で伝えておくと、薬に合った薬瓶を用意してもらえるようだ。
そうして薬瓶に支払う代金は、後で薬を薬師ギルドに売却した時の代金から差し引いてくれる。
ちょっと便利なサービスだ。
初級回復ポーションの詰まった薬瓶が全部で十本。
これを全て売却すれば、この調薬室を借りたお金の元は取れる。
という訳で、次はいよいよ初級解毒ポーションの調薬だ。
集めた素材の関係で一般的に作られるレシピとは違うレシピを使っているだけあって、今回の調薬はいつもより少しだけ複雑になっている。
初級解毒ポーションの素材はパルガ二束とヘティラ三巻き、フスリーが十束。
その内、主素材となるのはパルガと、ヘティラとフスリーを調薬して出来た薬液で、副素材となるのがフスリーだ。
つまり、このレシピではフスリーを二度に分けて使う必要がある。
だからこそ、フスリーは十束も必要なのだ。
ただでさえ、採取が面倒なフスリーが十束も必要。
多分、この辺りもこのレシピが一般的に使われなくなった理由なのだろう。
ちなみに、それぞれの薬草を冒険者ギルドに納品した際の報酬は、パルガ一束が鉄貨五枚、ヘティラ一巻きが鉄貨三枚、フスリー一束が鉄貨二枚。
ヘティラの報酬がその採取の面倒さに比べて低い理由は、使い道が少ないためだ。
ヘティラを使うレシピは、今のところ、この町の薬師ギルドに殆ど無いらしい。
需要が無いのであれば当然、報酬も減る。
そして、報酬が減った上に、採取も面倒とくれば、それを行おうという冒険者だって減っていく。
それもあって、余計にこのレシピは使いにくいのだろう。
とまあ、それはともかくとして。
まずはヘティラ三巻きとフスリー六束を使って、薬液を調薬するところから始める。
部屋の隅にある水の湧く壺から小鍋に水を入れ、そこにヘティラを暫くつけておく。
その間にフスリーを細かく刻んだ後、薬研で細かく磨り潰す。
数が数だけに、ちょっと大変だ。
全て潰し終えたら次は潰したフスリーを小さなフライパンに移し、軽く火で炙って水分を飛ばしておく。
焦がさないように慎重に。
フライパンの温度は、手で触れて少し熱いぐらい。
時間をかけて水分が無くなるまで、熱し続ける。
うん、出来た。
でも、もうすこし細かい粉にした方が良さそう。
炙ったフスリーの粉を乾かした薬研に入れて、もう一度、細かく磨り潰していく。
……このくらい粉になればいいかな。
ヘティラをつけておいた水に色が滲み出て来たら、フスリーの粉を少しずつ入れていくんだけど、まだ水の色は変わっていない。
もうすこし待つ必要がありそうだ。
だったら、この間にパルガの処理をしておこう。
通常、パルガは保管する際には、専用の油につけておく。
そうすることで、パルガに含まれる微毒が安定して留まるのだ。
だから、パルガの処理をする際はこの油をどうにかすることから始めるんだけど、今回は採取したばかりのものをそのまま使うから、この工程は必要ない。
そんなわけで、パルガの処理は微毒を抽出するところから。
まずは小鍋に水を入れ、火にかける。
人肌くらいまで温まったら火を止めて、パルガを手早く刻んだ後、湯につけておく。
それをゆっくりと一定のリズムでかき混ぜていくと、パルガの微毒が湯の中に溶けだしてくる。
これ、なかなかに難しいな。
本当に初級ポーションの難易度だろうか。
多分、『調合』を覚えた状態じゃないと何処かで失敗したんじゃ。
そんなことを考えながらも、暫く小鍋をかき混ぜていると、水に薄っすらと緑が溶けだしてきた。
このくらいでいいかな。
と、ヘティラの方はどうだろう?
確認してみると、ヘティラをつけておいた小鍋の水に薄い青色がにじみ出ている。
よし。だったら、そろそろヘティラを取り出す。
そこへフスリーの粉を少しずつ入れながら、混ぜていく。
混ぜるたびに、少しずつ小鍋の中の水の色は紫色に変わっていった。
良く混ざっている証拠だ。
色が完全に変わったら、あとはそれを布で濾す。
これで、薬液の方は完成。
パルガの微毒が溶けだした湯を布で濾した後、そこへ薬液を混ぜ合わせていく。
あとは叩いて軽く潰した残りのフスリーを投入して、強火にかけたら一気に混ぜる。
ここが重要。
火にかけておかないと、薬効を強化するフスリーと混ざらないが、少しでも火にかけすぎると薬効が飛んでしまう。
一気に混ぜて、素早く火からおろす。
沸騰する直前で火から降ろして、もう一度、布で濾したら初級解毒ポーションの完成だ。
完成した初級解毒ポーションを用意しておいた薬瓶に注いでいく。
十本の薬瓶が一杯になったところで、小鍋の中身は無くなった。
さっそく俺は『薬物知識』のスキルを使い、意識の内に現れた薬物大全に記された初級解毒ポーションと照合してみる。
初級解毒ポーション
これは体内に入った毒の症状を抑える力を持った初級ポーションの総称だ。
効果のある毒の種類は、一部の微毒と言われる強度の毒のみ。
ただ、特殊な毒以外であれば、強い毒相手でも多少の効果は発揮されるらしく、安価な初級のポーションということもあり、毒を受けたら、とりあえずこれを飲んでおくのが常識とされているようだ。
初級という名が示す通り、その効果はポーションの中で最も低いが、作成方法はポーションの中で最も簡単であり、調薬には必ずしも『調薬』のスキルを必要としない。
使用方法は飲むこと。
普及しているレシピとは違うものを使っただけに、いつもよりしっかりと確認してみたが、問題は無さそうだ。
薬師ギルドの職員を呼んできて、調薬した初級回復ポーションと初級解毒ポーションを引き取ってもらう。
初級ポーションは回復も解毒も値段は同じで、一本銅貨二枚。
それがニ十本で大銅貨四枚。
そこから薬瓶代の大銅貨二枚を引いて、売却代金は大銅貨二枚。
最初に支払った調薬室の使用料も合わせると、実際の儲けは大銅貨一枚。
ちなみに、事前に調べておいた冒険者ギルドへ薬草を納品した際の報酬は、ヒエラが二束で銅貨二枚、トーラが一束で銅貨一枚と鉄貨五枚、パルガが二束で銅貨一枚、ヘティラが三巻きで鉄貨九枚、フスリーが十束で銅貨二枚。
全て合わせて、銅貨七枚と鉄貨四枚。
調薬室の使用料を考えると、もっとたくさんの薬を調薬出来れば、それだけ儲けは増えるだろうけど。
お金を受け取って、薬師ギルドから外に出ると、外は既に薄暗闇が支配している。
初級解毒ポーションの調薬中に鐘の音が聞こえた気がしたけど、やはりもう日は落ちてしまったようだ。
ちょっと初級解毒ポーションの調薬に時間が掛かり過ぎている。
これだと、たとえ素材が順調に集まって、たとえ一日中を調薬につぎ込んでも、大量に薬を調薬するの難しいだろう。
やっぱり、このレシピで初級解毒ポーションを調薬しても、儲けは少なそうだ。
薬草採取で手に入れた薬草の調薬は、初級回復ポーションだけにした方がいいかな。
五つ目の鐘が鳴ってしまったということは、もう冒険者ギルドの酒場は依頼から帰ってきた冒険者たちで溢れていることだろう。
酔っぱらった冒険者たちの中で夕飯を食べるのは、ちょっと危なそう。
どうせ、今の俺の身体は小食だ。
なら、わざわざ冒険者ギルドの酒場で、大盛を食べる必要は無い。
そう考えた俺は、途中の屋台で夕飯を済ませることにした。
町人地区は屋台が多い。
今日はどの屋台で食べようか。
前は串焼き肉を食べたんだっけ。
匂いは懐かしい匂いだったけど、味は全く違ってたやつ。
せっかくだから、今日はまた別の物を食べたいな。
あちこちの屋台に目を配りながら歩いていると、仄かに甘い匂いが漂ってきた。
匂いの元は、ある屋台。
小さなパンのようなものを売っているようだ。
値段は、鉄貨八枚。
普段の夕飯と比べるとちょっと高いけど、俺のお腹はすっかりそれを食べる準備が出来ている。
「おばちゃん、それ一個ちょうだい」
「あいよ、鉄貨八枚だ」
ポケットへ突っ込んだ手に『無限財布』から鉄貨八枚を取り出して、屋台の主人に渡す。代わりに丸い……なんだろ?
前生の記憶から、似たような物の名前は複数思いつくけど、総合的になんて呼ぶのかは思いつかない。
具体的に言うと、生地を鉄の型に流し込んで、間に餡子を入れたりして焼いた物。
これはどうだろう。とりあえず、一口食べてみる。
甘い。けど、思ってた甘味と違う。なんか爽やかな甘さだ。
中にはとろっとした黄色い何か。
あ、これは知ってる。多分、チーズだ。
何のチーズかは分からないけど、前生で食べたチーズとは味に違いがある。
さっぱりとした癖のないこの味は、製法の違いなのか、それとも元となった材料の違いなのか。不思議な味だ。
ちょっと小さ目だけど、十分に満足できる美味しさだった。
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