034.朝食当番ではよくあることらしいよ

 今日は俺が朝食当番の日。

 いつもより早めに起きて、台所へ行き、朝食の支度を始める。


 作るのは毎度おなじみ、ロンデンという大根のような太さのゴボウに似た根菜を茹でたシチューのようなトロトロのスープ、アロンフェ。


 一通り材料を用意して、さあ作ろうと思った所で、俺は廊下から覗く二つの真っ白な長耳に気が付いた。


「ルッコラさん?」


 声をかけてみると、長耳に続いて顔が見える。

 やっぱり、兎人族の女の子、ルッコラだ。


「おっはよー、ショーゴくん。ねえねえねえ! 今日の朝ご飯は何にする予定?」


 そのまま台所に入ってきたルッコラは、あちこちを覗きながら尋ねてくる。

 朝早くからルッコラは、今日も元気だ。


「アロンフェにする予定だけど」


「予定ってことは、まだ作ってないってことよね? だったらさ、だったらさ、今日は別の作ってみない?」


「いいけど、別のって?」


「にひひーっ。今日はねえ、いーものがあるんだよっ」


 そう言ったルッコラがガサゴソと台所の棚の中から取り出したのは、でかい肉。

 と、大きな葉っぱ?


「どーんっ! ホーンラビットのお肉と、マルセラの葉っぱ!」


 でかい肉の正体はホーンラビットだった。

 前に食べた時は、淡白ながらも美味しかった覚えがある。


 ホーンラビットはパンドラの森の境界付近に生息する魔物で、普段は宿舎の朝食に回ってくる程、狩られる魔物じゃ無いんだけど。

 大量に持ち込むパーティーが出た時は、おこぼれがこちらにもやってくるのだ。

 にしても、今回は随分とたくさん回ってきたな。


 で、もう一つの葉っぱがマルセラの葉っぱ?

 植物ってことで一応、『薬草知識』を使ってみると、意識の中で薬草大全のページがめくれて、マルセラのページが表示される。

 どうやら、これも薬草の一種らしい。

 挿絵を見るに、草ってか、木っぽいけど。


 マルセラは草原に生える低木の一種で、そこに生える葉っぱが薬の素材となる。

 薬効は胃や腸の調子を整えること。

 つまり、胃腸薬の素材だ。


 うん。それで?


「マルセラの葉っぱって?」


 肝心なところが分からなかったので、直接ルッコラに聞いてみた。


「ありゃ、知らない? これはねえ、お肉をすっごく美味しくする特別な葉っぱなんだよ」


「特別な……、もしかして高いの?」


「ううん、一枚で鉄貨三枚くらい?」


「あ、そう」


「でもね、ちょっと手に入れにくいんだあ」


 ルッコラ曰く、あまり市販に出回るものでは無いようで、手に入れるなら冒険者に依頼して採取してきてもらう必要があるそうだ。

 しかも、値段が値段なだけに追加の報酬を支払うか、大量に買い取る必要がある。

 ただ、マルセラの葉は使用期限が短い。薬の素材にするなら、長期保存するための加工をしてしまえば問題無いが、料理に使う場合は生のままである必要がある。

 なるほど。それで、個人では入手しづらいという訳だ。


 ちなみにルッコラは、これをいつも雑用依頼で働いている食堂の料理人に分けてもらったそうだ。


「それで、これってどうやって使うの?」


「肉を包んで蒸すっ!!」


「あ、はい」


 気迫を纏ったルッコラの言葉に、思わず返事をしていた。

 食に関する情熱がすごい。


 そうして俺は、何故かルッコラの厳しい指導の下、早朝からホーンラビットの蒸し焼きマルセラの葉包みを作ることになった。


 これがまた、意外に手間のかかる料理で、俺はマルセラの葉が市販されない理由を痛感する。

 ただ、包んで蒸すだけの料理じゃ、無い。

 マルセラの葉の下ごしらえ、ホーンラビットの肉の切り分け、蒸す時間の管理、肉につけるためのタレの仕込み、蒸した後も表面を薄く焼いたり。

 スキルが必要な工程は無いけれど、ひたすら地味に時間が掛かる。


 途中で気が付いたよ。

 あ、これすごく、めんどくさいやつだって。


 だから、全部分かってるなら、ルッコラがやればいいんじゃとないかと言ってみたけど、今日の朝食当番はショーゴだからと言って、手伝ってはくれない。

 それならルッコラが当番の時にすればいいのにって言ったら、それだとお肉と葉っぱがもたないからだって。

 今日中に料理して、食べる必要があったらしい。


 俺がこの世界の人間だったら、『料理』のスキルの習得に、大いに薬だったことだろう。

 俺には関係無いけどね。


 そんなわけで、今日の朝食はルッコラ指導の蒸し肉料理でした。


 料理に時間をかけすぎたせいで、いつもの朝食の時間はすっかり過ぎてる。

 でも、皆は心得たもの。

 特に文句も無く、ルッコラと俺で運んだ料理を美味しそうに食べていた。

 俺も席について、料理に手をつける。


 蒸したマルセラの葉から出る独特な匂いが食欲を刺激し、マルセラの葉で包み蒸しにされた後、軽く焼かれた肉は表面がパリッとしていて、中身は柔らかく、タレとの相性も抜群で蕩けるような美味しさ。

 ルッコラに気合が入っていた理由がよく分かる。


 これは美味しい!


 自分ではもう、作りたくないけど。

 ルッコラに優遇依頼を出している店には、一度行ってみたいな。




 そんなこんなで朝食を終え、今日も朝から冒険者ギルドへ雑用依頼を受けに行く。

 いつもより遅くなってしまったが、元々俺たちは余裕をもって朝食を食べている。

 そんなわけで、冒険者ギルドが大人の冒険者たちで騒がしくなるのは、まだ少し先だ。


「おーい、ショーゴ。ちょっといいか?」


 冒険者ギルドの建物へと入っていった俺は、そのまま掲示板に向かおうとしていた所を呼び止められた。

 俺を呼んだ人物は、受付カウンターの一角に立つ冒険者ギルドの職員。

 見覚えがある男の人だけど、誰だったっけ。


 その場で少し頭をひねって、思い出した。

 二度目の雑用依頼で冒険者ギルド内を歩き回ったときに会った職員だ。

 確か倉庫の管理を任されている職員で、名前はメイビンだったかな?

 こげ茶色の瞳と赤茶色の短髪で年の割に筋肉質な体形をした人族のおじさん。


 そんなメイビンの側には、何故か昨日ぶりに見るルトの姿があった。

 ルトもまた、派手な手振りで俺を呼んでいる。


 なんだろう。

 ルトと、メイビン。

 その組み合わせからは、特に何も思い浮かばないけど。


 俺は首を傾げながら、受付カウンターに近づいていく。


「なあ、ショーゴ。お前も薬師ギルドに登録したって聞いたんだが、本当か?」


 近づいてきた俺に対して、メイビンが尋ねてくる。

 恐らくルトに聞いたのだろう。

 あれ、これって怒られたりするやつ?

 ギルドの掛け持ちって別に問題無いって聞いたんだけど。


「う、うん」


「それじゃ、薬師ギルドのギルドカードを見せてくれるか?」


 よく分からないまま、頷くとメイビンは続けてそのように聞いてくる。

 俺がポケットから取り出した薬師ギルドの白いギルドカードをメイビンに手渡すと、メイビンはそれをじっくりと確認した後。


「マジか。すごいなお前、その歳で」


 目を丸くして、俺に素直な賞賛の言葉を送ってくれた。

 その視線は、なんだかこそばゆい。


 まあ、ギフトのお蔭なんですがね。

 俺は心の内で、そう告げておく。


「なら、ショーゴにも頼んでおかねえとな」


 頼み事?

 も、ってことは、状況からしてルトにも同じことを頼んだのか?


「なにが?」


「ちっとばかし、面倒なことではあるんだけどよ」


 そういう前置きをして、メイビンはその頼み事について、話し始めた。



 メイビンの話によると、最近、パンドラの森の魔物たちが騒がしいそうだ。


 その原因は、闇帝竜グロウノウズ。


 グロウノウズ自体はつい先日、冒険者たちの手によって討伐されたが、少しの間でも強大な存在がパンドラの森に住み着いていた影響は甚大であり、そのせいで魔物たちは今も殺気立ち、森の中で暴れ回っているという。


 さすがに現状、森の外まで魔物たちが溢れ出す事態にまではなっていないようだが、パンドラの森を探索する冒険者たちは、かなり苦労しているようだ。


 ただでさえ、危険な魔物の多いパンドラの森で、より危険度の増した魔物たちとの戦いは、冒険者たちに多大な被害を生み出した。

 その結果、冒険者たちの薬の消費量はいつも以上に増え、現状、冒険者ギルドで抑えている薬の在庫が足りなくなっているのだそうだ。


 そう言えば、鍛冶工房の依頼でも似たような事を聞いたな。

 あれも同じ理由だったのか。


「つーわけで、薬師ギルドへ冒険者たちの使う薬の増産を依頼してはいるんだが、未だ在庫不足は解消されてねえ。薬師ギルドには再三、頼んでるんだがあっちにもあっちの事情があるからな。だからって、薬師ギルドを飛び越えて、冒険者ギルドが薬師たちに、もっと薬を増産するように催促するわけにもいかねえ。ギルド同士の関係上な」


 闇帝竜グロウノウズ。

 まさか、またアレの名を聞くことになるとは。


 その名が出た瞬間、身体が震えた。

 死にかけた時の恐怖が蘇る。

 血の匂い、砕け散る骨の音。

 あの、絶望的なまでの死の予感。

 二度と、あんな思いはしたくない。


 メイビンの話を聞く限り、やっぱり、闇帝竜はかなり恐ろしい魔物だったんだな。


 それはともかく、何となく話が見えてきたように思う。

 メイビンが最近、薬師になった俺とルトに頼みたいこと。

 足りない薬の在庫。


 そんな俺の予想を肯定するように、メイビンは頼み事を告げる。



「お前たちには暫くの間、冒険者たちが使う薬の調薬に集中してもらいたい」












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