035.冒険者ギルドから頼まれごとをされました

 冒険者ギルドの倉庫担当職員メイビンから頼まれたのは、在庫が足りなくなっている冒険者たちが使う薬の調薬に集中してほしいということだった。


「あくまでこれは冒険者ギルドの、頼み、だ。こっちとしちゃ、出来れば引き受けてもらいたいが、強制は出来ない。調薬はあくまで薬師ギルドの管轄だからな。同時に薬の納品に冒険者ギルド側から、追加の報酬を用意することも出来ない。ただ、引き受けてくれるのなら、出来るだけ便宜は図ってやりたいとは思っている。どうだ、引き受けてくれるか?」


 メイビンは、真剣な表情で俺に尋ねてきた。


 調薬に集中すること自体は、俺としても願ったり叶ったり、だ。

 でも。


 俺はチラリと、ルトへ視線を向ける。


「僕は受けることにしたよ。薬を納品した分だけ、冒険者ギルドへの貢献にしてくれるって言うから」


 なるほど。

 だったら、俺の方も。


「ボクは雑用依頼を受けないと、宿舎を追い出されちゃうんだけど」


「ああ。そっちも薬を薬師ギルドに売ってくれるなら、なんとかしよう」


「なら、やる」


「おお! 引き受けてくれるか。助かる。お前たちが薬師ギルドに薬を売ったら、薬師ギルド経由でこっちに伝わるから、どんどん調薬して薬師ギルドへ売ってくれ」


「薬の種類は?」


「欲しい薬はとりあえず、回復ポーション、魔力ポーション、活力ポーション、解毒ポーション、造血丸、止血帯。他にも幾つかあるんだが、見習い薬師に頼めるのはこんなとこか。ちなみにポーションは下級以上で頼む」


 わざわざ見習い薬師と言っている以上、これらの薬は俺達でも調薬できる薬ということだろう。

 とすると、あとはどうやって薬の素材を揃えるか。


 素材の入手先は、冒険者ギルド。


「素材が高すぎて、手に入らない場合はどうすればいい?」


「おう。それに関しても、何とかしよう。依頼として手に入れた素材は、優先的にお前たちへ渡す。勿論、お前たちがすぐに使う分だけだがな。そんで、依頼の報酬に関しても、薬を売るまでこっちで立て替えとこう。薬師ギルドに薬を売りゃ、立て替えた金も払えるだろ?」


 思った以上に優遇されてる。

 助かるけど、さすがにここまで来るとちょっと気になってきた。

 代金の立て替えはともかく、俺たちへ優先的に素材を渡してくれるってのは、どうなんだ?


「なんで、そこまでボクたちを優先してくれるの?」


「ああ。冒険者で薬師ってのは、珍しいからな。冒険者の事情を深く知る薬師がいれば、こっちとしても色々と助かるんだ。とくにルトは、冒険者でも上を目指そうとしてるだろ? 言うなればこれは、未来への投資だよ」


 若手冒険者育成支援制度みたいな感じか?

 冒険者ギルドって、随分と次世代の育成に力を入れてるんだな。

 だとすると、俺の方はルトのおこぼれって感じか。


 ま、なんにしても、調薬で稼ごうとしていた俺にとっては最高の状況だ。

 これを機に、めいっぱい稼いでやるぞ!


 と、意気込みは十分だが、それですぐに調薬へ移れるわけじゃない。

 だって俺には、提示された薬のレシピが分からないから。

 当然のことながら、メイビンも薬のレシピは知らないそうだ。


 薬師ギルドに登録した事で晴れて薬師となったからには、薬師ギルドでレシピを教えてもらうって選択肢も生まれたわけだけど、ここはいつものようにミメアから教えてもらおう。


 薬師ギルドのギルドカードに記された推薦薬師の件で、お礼も言いたいし。


 ルトも今日は雑用依頼を受けずに帰るということで、俺たちは揃ってルトの家へと向かうことにした。




「ああ、あの話を聞いたのかい」


 ルトがミメアに冒険者ギルドで頼まれた件を話し出すと、ミメアはすぐその事に思い至ったようだ。最後まで話すことなく、大よその内容を理解してくれた。


「おばあちゃん、知っていたの?」


「薬師ギルドで聞いたのさ。最近、冒険者ギルドに卸してる薬が足りてないってね」


「そうなんだ。だったら、おばあちゃんも冒険者が使う薬を調薬してくれる?」


「もうしてるさ。でも、あたしがどれだけ頑張っても、とてもじゃないが足りないんだ。そもそも、イストールでは薬師の数が足りてないんだからね」


 そう言えば、そんな話を聞いたような気もする。

 パンドラの森は希少な薬草の宝庫だけど、同時に危険な場所でもあるから、そこに近いイストールには薬師がなかなか住みたがらないって。

 確かイストールと隣町との流通が活性化したことで、余計に薬師が住み着きにくくなったんだよね。


「でも! それじゃ、冒険者の命が……」


 ルトは冒険者たちの命を心配しているようだ。


 確かに薬の有無は命に直結する問題だろう。

 薬が足りないっていうのは、かなり危険な状況なんじゃないだろうか。


「お前たちが具体的にどんな話を聞いたかは分からないけど、そこまで危険な状況ってことはないはずだよ」


 そんなルトの心配を、ミメアは一蹴する。


「どうして?」


「イストールとクレッセンで流通が活発になったって話はしただろ?」


「それで薬の素材がクレッセンへ運ばれるようになって、危険なイストールから薬師がさらに減ったんだよね」


「ああ。だがね、その流通は必ずしもイストールからクレッセンへの一方通行って訳じゃないんだ。クレッセンからイストールにやってくる者たちは、クレッセンで調薬した薬を運んできてくれる。だから、冒険者が使う薬はそちらで賄えるはずなんだ。まあ、現地で調薬した薬より、運送の料金が加算されるから、ちょとだけお高いがね」


 ああ、なるほど。つまり、メイビンはその運送料金を少しでも減らしたくて、ルトと俺に調薬を増やすよう言ったのか。

 まあ、冒険者で薬師っていう希少なルトをこの機に育てたいってのもあるんだろうけど。


 だとしたら、確かにそこまで危険な状況って訳じゃなさそうだ。


 ルトの表情を伺うと、こちらもそこに気が付いたようで。

 何処か、不満そう。


「お金を節約したいってだけなの?」


 ルトはそこが引っかかったのか。

 命の危険の話をしていて、本当はお金の問題だったから。


「他にも理由はあるだろうさ。でも、それだって大切なことだ。冒険者ギルドは冒険者たちのことを第一に考えているからね。冒険者たちの出費を少しでも減らそうと考えるのは正しい事だよ。お金が無ければ、良い装備を揃えることも、高価な薬を買うことも出来ない。それは危険に立ち向かう冒険者たちにとって致命的なことさ。生活にもお金は必要だ。宿暮らしの冒険者なら、お金が無くなれば寝る場所さえ失うだろう。どれも最終的には命に係わってくる。そうならないように、冒険者ギルドは冒険者たちの無駄な出費は少しでも減らしたいんだ」


 そんなルトに対して、ミメアは噛んで含めるようにお金の大切さを伝える。


 調薬室を備えた中流以上の家。

 両親は冒険者らしいけど、祖母は薬師として身を立てている。


 ルトは手伝い級の冒険者として登録している理由を、家に負担を掛けたくないからって言ってたけど、それはそこまで鬼気迫った理由じゃないんだ。

 言えばお金を出してくれるだろうけれど、自分の夢を叶えるお金は自分で稼ぎたい。

 多分、そんな高尚な思いから出た理由だったのだろう。


 そうか。ルトはお金に困った事が無いんだな。

 だから、そこが引っかかったのか。


 そう、お金は大切だ。

 時にそれは、命と同等。

 いや、命以上の価値を持つ。


 俺はそれを、知っている。

 よくよく、知っている。


 だから、稼ぐんだ。

 稼いで、稼いで、稼いで。

 自由に生きる権利を買うんだ。


 ルトにお金の大切さを語るミメアの姿を眺めながら、俺は改めてそう決意した。




「それで、頼まれた薬は下級回復ポーション、下級魔力ポーション、下級活力ポーション、下級解毒ポーション、造血丸、止血帯だったか。見習い薬師に頼む薬としちゃあ、妥当なところだろうね」


「おばあちゃんにそのレシピを教えて欲しいんだ」


「造血丸と止血帯は、まあ大丈夫だろう。レシピを教えてやるよ。問題は下級ポーションの類いだね」


「下級ポーションの何が問題なの? 下級解毒ポーションなら、薬師ギルドの試験で調薬したよ」


「いつもと比べて、どうだったかね?」


「え? うーん。やっぱり初級の薬よりは難しかった印象かな。レシピにもよく分からない部分があったし」


 ああ、魔力を動かすところかな?

 俺もあの辺りはちょっと難しかったと思う。


 俺もルトの言葉に、うんうんと頷いておく。


「初級よりも上のポーションを調薬するには、知っておくべき事があるんだ。丁度良いから、二人にはその辺りのことを説明しておこうかねえ」



 そうして、ミメアによる下級ポーション調薬についての講義が始まった。







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