036.ミメアの魔法薬講座が始まりました
「
いいかい。薬草と呼ばれる植物の持つ薬効には、大まかに分けて二つの種類がある。
物質的な薬効と魔力的な薬効だ。
この二つの薬効は、ここからまた多くの種類に分けることが出来るが、全体を通してみると大よそ変わらない特徴というものがある。
物質的な薬効は即効性こそ無いが保管できる期間が長く、逆に魔力的な薬効は即効性こそ高いものの保管できる期間が短いというものだ。
薬の調薬というのは、これらを上手く使い分けることで、望んだ効果を生み出す。
そんな調薬の中でも、魔力的な薬効を主軸として生み出された薬を魔法薬と呼ぶんだ。
そして魔法薬の中でも特に魔力的な薬効のみで構成されているのが、冒険者たちに需要の高いポーションさ。
薬草に宿る魔力を合わせ、変質させ、増強し、水へ移して定着させることで、ポーションは作られる。
だからこそ、ポーションの調薬には魔力を知ることが重要なんだ。
」
魔力か。
この世界に来てから、会話の端々で耳にしてきた言葉だ。
興味はあった。
今でも俺は、その言葉を聞く度にドキドキしている。
ただ、今まで深く関わるような機会には恵まれてこなかった。
だが今、まさにその力が重要な意味を持っている。
俺は内心でワクワクしながら、ミメアの言葉の続きを待った。
「
だけど、お前たちも知っての通り、初級ポーションの調薬ではそこまでの知識は必要ない。
初級ポーションはレシピさえ知っていれば、スキル無しでも調薬は可能だからね。
この辺りの理由は、初級ポーションに使われる魔力が比較的弱く、変質域が広いためというのもあるが、大部分は普及しているレシピを作り出した先人たちの叡智の結晶だよ。
お前たちもそれをしっかりと認識したうえで、調薬に励みなさい。
」
変質域という言葉はともかく、後半は理解出来る。
『調薬』のスキルを取得した後に見た初級回復ポーションのレシピは、非常に洗練されていた。誰もが無駄なく調薬を成功させられるように。
それに比べて、普及していないレシピで作った初級解毒ポーションは、初級ポーションんであるハズなのに、『調薬』のスキルが必要なほどに複雑な工程を必要としていた。
それこそが、叡智の結晶という事なのだろう。
ミメアの言葉に、俺とルトは真剣な表情で頷いた。
「
さて、初級ポーションはスキル無しでも調薬が可能だけど、下級ポーションの調薬には『調薬』のスキルを覚えている必要がある。
これは下級ポーションの薬効に使われる魔力の変質域が少なくなり、薬効となる部分を安定させる為の工程が複雑化してくるためだ。
だからこそ、『調薬』のスキルでレシピを忠実に再現する必要がある。
けどね、これはさながら薬の調薬に、目を瞑ったまま挑むのと同じことなのさ。
だって、薬の本質である魔力を確認せずに、調薬しているんだからね。
初級ポーションならまだいい。でも、これが下級ポーションになってくると、次第にレシピだけじゃ正確な魔力の安定化が行えなくなってくる。
だからこそ、ここからは魔力を感じるスキル、『魔力感知』が必要になってくるんだ。
まあそれが無くても、中級ポーションの調薬を行うには、『魔力感知』が必須になってくるから、薬師として上を目指すのであれば、覚えておいて損は無いよ。
」
初級解毒ポーションのレシピを見た時から予感はしていたことだが、やはりこれからの調薬には魔力を感じ取るスキルが必要になってくるのか。
「確か、ルトはまだ『魔力感知』のスキルを覚えていなかったね」
「うん」
ミメアの言葉にルトは頷く。
「ショーゴはどうだい?」
「覚えてない」
俺も素直に頷いておいた。
「『魔力感知』のスキルはどうやったら覚えられるの?」
「
『魔力感知』のスキルを覚える方法は、魔力を使用するスキルを使い続けることだね。
代表的な方法で言えば、とにかく『生活魔法』を使うことだ。
『生活魔法』は魔力を使うスキルの中では、一番簡単に覚えることが出来るスキルだからね。それに、魔力を使う量も少ない。
この時に、魔力の流れを把握しようと集中していると、さらに覚えが早くなるよ。
それにこの方法なら、他にも薬師にとって良い点がある。
それは『生活魔法』を磨くことが出来るってことだ。
ルトもショーゴも『生活魔法』は使えたね?
」
「うん、使えるよ」
「ボクもちょっとなら」
ルトに続いて、俺も応える。
「なら、ショーゴは『生活魔法』のスキルについては何処まで知っている?」
すると、ミメアは俺に向けてそう尋ねてきた。
『生活魔法』について、か。
確かスキルカタログには、一般的な生活を行う上で使用される範囲の魔法が使えるようになるスキルって書かれていたな。
あくまでも、生活の為の魔法なので、攻撃に使用することは出来ないとか。
まあ、威力的に見ても無理だってのは一目瞭然だけど。
「生活に役立つ魔法が使えるようになるスキル、かな」
考えた末に、俺は思いついたことを端的に応えた。
「概ね間違いではないがね。正しくは、普通に生活する上で役立つ範囲の魔法が使えるようになるスキルだ」
つまり、正しくスキルカタログに書かれていた通りってことか。
「
ここで重要なのは、生活するうえで役立つ範囲ってところさ。
実はこの範囲はね、覚えている生産系スキルによって変わってくるんだ。
あたしたち薬師で言えば、『調薬』のことだね。
『調薬』のスキルが使われている間、薬師にとって調薬中は生活の一部と見做されるのさ。
だから、調薬に関わる作業全てが、『生活魔法』の範囲に入るんだ。
と、説明してみてもイメージはしにくいかね。
こういうのは、実際に使ってるところを見た方が分かりやすいだろう。
」
そう言うとミメアは、棚から薬草を数種類取り出して、調薬を開始した。
ミメアの手にある薬草は、少し太めの根っこが一本と赤い木の実が五粒。
俺の意識の内で薬草大全がパラパラとページをめくり、その二つの詳細を教えてくれる。
根っこの方はクルソーという名の薬草。黄色く細長い葉っぱを持つ植物の根っこだ。
もう一つの赤い木の実は、パルパという名の薬草? 少し刺々した低木の実。
薬草という言葉の範囲が広い。
前々からちょくちょく思っていたけれど、今回は殊更だ。
根っこはまだともかく、木の実って薬草なのか?
疑問に思ったけど、そう言えば俺が見て、聞いている言葉は、スキル『共通語翻訳』で翻訳された言語だった事を思い出す。
どうやら、『共通語翻訳』では薬草という言葉で、毒を含んだ薬効のある植物全般を指しているようだ。
どうしてだろ。
多分、それに即した言葉があると思うんだけど。
もしくは俺がそれを知らないからこそ、こういう翻訳になってるのか?
疑問は尽きないが、今はミメアの調薬に集中しよう。
「何を調薬しているの?」
俺はミメアに尋ねた。
「ん? ああ、これは初級活力ポーションだよ。そっちについても、あとで教えてあげるさ。今は『生活魔法』の説明に集中しな」
「うん、わかった」
そうしてミメアは、手際よく薬草を加工していく。
初級だけあって、あっという間に調薬が進む。
ミメアが水と薬草を入れた小鍋を竃に置く。
そして、『生活魔法』で火をつけた。
うん?
何かおかしいような?
何だろうかと火をよく眺め、気が付いた。
燃料が、無い。
しかし、火は一定の大きさを保っている。
『生活魔法』の力?
でも、『生活魔法』の火って、火種くらいの火力しか無かったはずなのに。
これが、生活の範囲が広がるってこと?
「この火はどうやって燃えてるの?」
「どうやらショーゴは気付いたようだね」
俺の疑問に、ミメアはニヤリと笑みを浮かべた。
「え、え? どういうこと?」
俺の隣でルトがハテナを浮かべている。
どうやらルトは、この異常に気が付けていないようだ。
なんで?
「ルトはあたしの調薬をいつも見ているからね。気が付かなくても、仕方ないさ」
そのままミメアは初級活力ポーションの調薬をささっと終えた。
「『調薬』と『生活魔法』が合わせれば、こんな芸当も出来るのさ。他にも、薬草を少し早く乾燥させたり、水の質を少し変化させたりね。と言っても、ここまで自在に使いこなすなら、『生活魔法』を相応に鍛え上げる必要があるよ」
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