016.子供だけの秘密の依頼に参加しよう

 冒険者ギルドが出した薬草の仕分け依頼を受けた日から三日後。

 今日はルトに誘われた秘密の依頼とやらがある日だ。


 一応、あとで宿舎組の子たちにも確認してみたら、どうやらこの依頼のことは手伝い級の間で公然の秘密となっているらしく、そこまで怪しい依頼という訳では無かった。

 そんなわけで、当然ながら犯罪というわけでも無い。


 ああ。勿論だけど、宿舎組の子に依頼のことを話していいかは、予めルトに確認を取ってある。さすがに秘密と言われたことを、あっさりと他人にばらすわけにはいかないから。


 さて、この依頼。

 秘密と言いながらも、実際は冒険者ギルドの正規の依頼の一つだ。

 だが、冒険者ギルドで特定の依頼は受けて行うわけじゃない。

 何故ならこれは、冒険者ギルドの依頼種別の中で、常設依頼と呼ばれる依頼だからだ。


 常設依頼

 それは、様々な理由により、常に需要が無くならない依頼のことである。

 増えやすい魔物の討伐だったり、不足しがちな薬草の採取だったり。

 需要が無くならないからこそ、受ける人数を制限する必要も無い。

 だから、冒険者たちが依頼を受ける前に行う依頼の受付処理が必要ないのだ。

 その為、この常設依頼では、完了の報告のみで、依頼を果たしたことになる。



 基本的に手伝い級が受けられる依頼種別は、雑用依頼のみという決まりだ。


 でも、この常設依頼はそもそも依頼の受注処理が必要ない。

 だからこそ、手伝い級でもこの依頼を行うことは出来るのだ。

 ただし、あくまでもこれは、手伝い級の子供たちが勝手にやっているだけなので、雑用依頼のような安全性の保障はない。

 それもまた、この依頼がグレーな依頼であるという理由の一部である。


 俺は依頼の内容を一通り聞いた後、暫く迷った。

 頭に浮かぶのは、一攫千金という言葉。

 俺はその危険性を嫌という程に知っている。

 でも、話を聞いた限り、そこまで危険性が高いという訳でもない。

 気を付けていれば、防げる範囲だ。

 それに今回は、安心が高まる材料もある。


 俺はそうして悩んだ末に、覚悟を決めて依頼へ参加することにした。

 何をするにしても、俺にはお金が必要だ。

 それにこの依頼は、俺の中ではギリギリ許容できる範囲に収まっている。

 少し恐怖もあるけれど、ここは挑むべきだろう。


 そんな訳で俺たちは今、その場所の前にいる。


 俺の側には、俺以外に宿舎組からの参加者が三人。

 レイトとルーク、それからロダンだ。

 三人とも、この依頼を行うのは初めてでは無いらしい。

 この三人が一緒に行くというのも、俺がこの依頼に参加しようと決めた理由の一つでもある。

 数日の違いとはいえ、やっぱり通い組より宿舎組の方が身内という感じがするのだ。


 俺たちが今いるここは、イストールの南門前。

 依頼を行う場所は、この南門の先。

 つまり、町の外だ。


「ショーゴ! 君も来たんだね」


「うん」


 ルトはこちらに気が付くと、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 先に南門前で待っていたのはルト、マリイ、ヒロマルという先日の薬草仕分けでも一緒だった通い組の面々だ。


 そうして、俺たちが一通りの挨拶を交わした後、ルトがロダンへと向き直る。


「今日は一日、よろしくお願いします。ロダンさん」


「ああ。任せておけ」


 自信を持ってそう応えたロダンの腰には、使い込まれた短剣が吊るされていた。

 それは最近ロダンが、武器屋で買ってきた代物だ。


 どうやらロダンは、俺が町の案内をしてもらった日の後、あの時言ってた通りに、イストール周辺で戦う可能性の高い魔物たちを調べた上で、その魔物たちと戦う時に使い勝手の良い武器を購入したらしい。

 それがあの短剣である。


 鉄製で、刃渡りは伸ばした子供の腕くらい。

 見た目通りの中古品ではあるけれど、前の所有者は入念な手入れを欠かしていなかったらしく、その状態は良好。

 購入した武器屋の主人曰く、大切に使えば、数年は使い続けることが出来るそうだ。


 これこそが、今回の依頼の安心を高める材料である。



 そんなロダンを先頭にして、皆で南門を潜っていく。

 南門の外側には、左右に同じ鎧姿をした兵士たちが立っていた。


「おはようございます、ハッタムさん」


 そんな兵士の片方に、ロダンが挨拶をする。


「よお、ロダン。と、またお前たちか。止めはしねえが、あんま無茶するなよ」


 ロダンにハッタムと呼ばれた兵士は、その後ろについていく俺たちに視線を移すと、苦笑いを浮かべつつ、そう忠告してきた。


「はーい。ハッタムさん、危なくなったら、またよろしくお願いしまーす」


「はいはい。見える範囲より遠くに行くんじゃねえぞ」


 元気なルトの言葉に、ハッタムは面倒くさそうに手を振って応えている。


「あの人はハッタムさんっていってね。この町を治める代官直属の兵士さんだよ。ああ見えて、手伝い級の子供たちのことをよく気に掛けてくれる人なんだよね。だから、僕たちも秘密の依頼をする時は、あの人がここの門番をしている時にするんだ。ショーゴくんも覚えておくといいよ」


 隣を歩くルトが、声を潜めて教えてくれた。



 俺が南門の外を目にしたのは、これが初めてのことだ。

 パンドラの森で拾われたということは、きっと俺もここを通ってきたんだろうけど。

 やっぱりその時、俺は意識が無かったから。


 南門の外は見晴らしの良い草原だった。

 そこを門から続く踏み固められた細い道が、先の先まで続いている。

 そして、遠くには木々の茂る森が見えた。

 多分あれが、パンドラの森なんだろう。


 イストールはパンドラの森に近いため、町の外は危険。

 そう聞いていたんだけど、周囲を見回してみても危険は感じられない。

 ごく普通の草原といった感じ。


 でも、そんなわけないよな。

 多分、背丈の高い茂みや藪、所々に生えた木の影にでも潜んでいるのだろう。

 よく肉として出てくるグラスウイーゼルは、丁度、小型犬と同じくらいの大きさだという話だから。

 しかし、そんな大きさであっても、人の手足くらいなら簡単に食い千切れる力は持っているというんだから、恐ろしい。


 うん、やっぱり恐ろしいな。



 さて。

 この恐ろしい草原にわざわざ俺たちがやってきた理由は、まさに足元へ生えている草にある。

 つまるところ、俺たちが今から行う秘密の依頼とは、薬草採取のことなのだ。


 例えば、先日の薬草の仕分け依頼で仕分けた薬草の中でも、ミーリという薬草はパンドラの森の中にしか生えていない。

 だが、ヒエラとトーラは、イストールの周辺にある草原でも見かけることがあるそうだ。

 他にも知識さえあれば、幾つかの薬草を発見することが出来るらしい。

 さすがにパンドラの森の中で見つかる程、たくさん生えている訳では無いけれど、頑張れば薬草採取の常設依頼で、雑用依頼を越えるくらいの報酬を得ることも可能だという。



 とはいえ、町の外での活動は魔物に襲われるという危険性がある。

 そもそも、イストールの冒険者ギルドに所属する手伝い級が町の外での依頼を受けられないのは、そういった危険から子供たちを遠ざけるためなのだから。


 では何故、ルトはこの依頼を、ちょっと危ない依頼、なんて控えめに表現したのか。

 そこには、先ほどの兵士ハッタムの言っていた言葉が関係している。


 この草原は確かに危険な場所だ。

 パンドラの森ほどでは無いにしても、人間を容易に殺傷できる力を持つ魔物たちがそこかしこに潜んでいるという。


 しかし、南門の側に限っては、少し事情が変わってくる。

 なにせ、南門の前には二人の兵士が常駐しているのだ。

 兵士たちはこの南門の外に立つだけあり、この草原で出てくる魔物くらいであれば、余裕で倒す実力は持っている。


 そう。南門の側であれば、たとえ魔物に襲われても、南門まで逃げ切ることが出来れば、あとは兵士たちが何とかしてくれるのだ。


 ただ、兵士たちに与えられた任務は、あくまで南門の守衛とパンドラの森の見張りである。

 襲われている子供を助けるのは、任務の内に入っていない。言わばそれは、任務外で行われる善意の行いなのだ。

 あまりに遠い位置で襲われていれば、南門からあまり離れることが出来ない彼らの助けは期待できないし、そもそも助けてくれるのが当たり前と思っていては、その善意すらも無くなってしまう。


 なにせ、冒険者の基本は自己責任。

 手伝い級とはいえ、冒険者として町の外に出る以上、そこはもう大人たちと変わらない。

 俺たちは少しでもお金を儲けるために、イストールの冒険者ギルドの規定を無視して、ここで薬草採取をしているのだ。

 本来の任務がある兵士たちが、それを見捨てたとしても、誰も彼らを攻めることは出来ない。


 だからこそ、少しでも安全を確保するために、南門を守る兵士たちとは、しっかりと顔なじみになっておく必要があるそうだ。

 今回はロダンやルトとも顔なじみらしき兵士、ハッタムがいる。


 それに加えて今回は、ランクこそ俺たちと同じ手伝い級とはいえ、短剣で武装し、近々見習い級へと昇格予定のロダンが見張りをしてくれるそうなのだ。

 さすがにここを狩場とする現役の見習い級程ではないにしても、他の手伝い級たちよりは頼りになる。



「さ、始めよっか」


 そんなルトの言葉と共に、俺たちは薬草の採取を始めた。








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