017.秘密の依頼の報酬は如何ほど?
南門から離れる程、薬草は見つかりやすくなるらしい。
反面、南門から離れる程に、魔物に襲われた時の危険度は増していく。
まだ俺はこの依頼が初めてだし、今回は様子見がてら、あまり遠くには行かない方がいいだろう。
そう思った俺は、南門のすぐ側でしゃがみ込み、先日の薬草仕分けの時に教えられた記憶を何とか頭から引っ張り出して、似たような薬草を探し始めた。
しゃがみ込んでよく探してみると、意外にたくさんの薬草が見つけられる。
事前に聞いていた薬草採取の報酬は、歩合制。
これだけ簡単に見つかるなら、思った以上に稼げそうだ。
そうしてルンルン気分で薬草を摘んでいたら、何故かルトも俺の隣に座って、薬草を探し始めた。
「ほらここ見て。形はヒエラみたいだけど、裏側に白い産毛みたいなのが生えてるでしょ。これが生えているのは、ニセヒエラ。それからこっちの葉っぱ。トゲトゲしてるみたいに見えるけど、本物と比べると葉っぱの先がちょっと丸いよね。こっちはエセヒエラ。どっちも薬効の無いヒエラの偽物だよ」
「そうなんだ」
そうして見つけた植物の幾つかを見せ、俺にその違いを教えてくれる。
改めて俺が摘んだヒエラと、ルトの差し出してきた偽物のヒエラを見比べてみれば、俺が摘んだヒエラの殆どがニセヒエラとエセヒエラだとはっきりわかった。
やっぱり、そうそう簡単に稼げるなんてことはありえないか。
「ちなみにエセヒエラは全然別の草だけど、ニセヒエラは元々ヒエラと同じ植物なんだって。人の住む場所の近くでヒエラを育てると、自然の魔力をうまく吸収し切れずに、薬効の無いヒエラになるんだ。そうすると、葉っぱの裏に白い産毛みたいな毛が生えるんだよ」
ほうほう。自然の魔力が足りないと薬草の薬効が消えてしまう、と。
それで、町中で薬草を育てたりしていないのか。
あ、こっちの細長い葉っぱは確か、トーラだっけ?
「それはトーラモドキだね。ほら、葉っぱは細長いけど、緑が濃いでしょ。こっちが本物のトーラ。見比べてみて」
手渡された本物のトーラと、俺が採取しようとしたトーラモドキを見比べてみると、確かに微妙に色合いが違う。
む、難しい。
確かに違うと言われれば違う、気がする。
でも、言われてみれば分かるという程度だ。
たとえ見比べてみても、言われなければ分からなかっただろう。
これは、ちょっと俺には難しすぎる。
俺も薬草採取を続けていれば、違いが分かるようになるのだろうか?
それともこれが、『薬草知識』のスキルの力?
いや、ルトはこちらの世界の住人だし、相応の知識があるからこそ『薬草知識』のスキルを得られただろう。
だったらこれを、一概にスキルの力と言うのはあまりにも愚かだ。
それはルトの努力の成果なのだから。
まあ、それはともかく、『薬草知識』がちょっと気になってきた。
薬草採取の報酬次第だけど、もし雑用依頼の報酬よりもこちらの方が遥かに儲かるようなら、スキルを取ってみるのもアリかも。
とはいえ、今回はスキル無しで、何処まで出来るか試してみよう。
ヒエラの採取は中心となる太い茎から生える細い茎を手負っていく。
一方でトーラの採取は根元から小指ほどの長さを残して刈り取る。
これが基本の採取方法。
ただ、薬草の採取は他にも気を付ける点が多くあるらしく、『薬草採取』のスキルを習得出来るまでは、どれだけ慎重に採取しても、報酬は下がってしまうらしい。
ヒエラは茎を五つでまとめて一束で、トーラは細長い葉を十本集めて一束。
集めた薬草はルトがくれた紐でまとめておく。
この紐は雑貨屋で、まとまったものを安く売ってるそうだ。
薬草採取を続けるようなら、買いに行こうかな。
たまにルトの知識を借りながら、俺は必死に薬草の採取を続ける。
そのせいで三回ほど周囲を見張っていたロダンに、南門から遠ざかり過ぎだと注意されてしまったが、幸いなことに今回は、途中で魔物が襲ってくることは無かったようだ。
やっぱり、集中しすぎると碌な事にならない。
でも、何とかヒエラとトーラを一束ずつ採取することが出来た。
その間に周りのみんなも幾つかの薬草を採取している。
大体、五、六束だろうか。
ロダンも見張りのついでに、少し採取をしたようだ。
その手に三束の薬草を手にしている。
それに比べてルトは、手持ちの麻袋が薬草でパンパンに膨らむほど採取していた。
元々、片手で持てるくらいの小さな麻袋だったけど、それにしてもすごい。
どうやらルトは、ヒエラとトーラ以外の薬草も採取していたようだ。
さすがは、子供たちの中でも一番『薬草知識』のレベルが高いだけはある。
確か、冒険者ギルドの資料室に薬草の図鑑があると聞いた。
俺は他の人たちと違って、どれだけ知識を高めても『薬草知識』のスキルを習得することは出来ないけれど、それでも得られるものはあるだろう。
今度、休みを取って、調べてみようかな。
町から四つ目の鐘が聞こえる頃。
「気を付けて帰れよ」
南門を守る兵士のハッタムに見送られながら、俺たちは南門を抜けて、イストールの中へと戻っていくと、そのまま冒険者ギルドに入った。
そして、まだ時間的に空いている冒険者ギルドの受付カウンターに並ぶ。
薬草採取の完了報告を行う為だ。
暫くして俺の番がやってきた。
受付カウンターに立つのは、肩口まである黒灰色の髪に、透き通るような青い瞳を持った男の人。頭に上に生えた髪色と同じ三角耳は、彼が獣人であることを示している。
彼の名はビスタ。受付担当で種族は確か、狼人族だったかな。
何度か依頼を受付してもらったことがある。
いつも穏やかな笑顔で迎えてくれる優しいお兄さん。
でもそんな彼が、今はちょっとだけ難しい顔をしている。
「まさか……ショーゴくんも、薬草を?」
「う、うん」
色々な感情が混じり合ったビスタの声音。
俺はその言葉に若干怯みつつ、おずおずと採取してきた薬草二束にギルドカードを加えて、受付カウンターの上に置いた。
何だろう。怒ってる、とは少し違うみたいだけど。
ビスタは差し出された薬草を前にして、暫く何かを言おうと口を開きかけ、閉じるを繰り返した後、最終的に溜息を一つ吐き出した。
「気を付けるんだよ。門の前だとしても、外はホントに危ないんだから」
「うん」
ビスタの優しさを感じさせるその言葉に、今度こそ俺はしっかりとした頷きで返す。
危ないっていうのは十分に分かってるつもりだ。
今回は大丈夫だったけど、次も同じとは限らない。
どれだけ安全そうに見えていても、危険というものは、ある日、唐突に訪れるものだから。
そんな俺の返答に、ビスタはまだ何か言いたそうに俺をじっと見ていたが、結局何も言うことなく、渡された薬草の確認に入った。
「ヒエラとトーラが一束ずつ。うん、間違った物は混じって無いね。ただ、ちょっと状態が良くないから、その分を引いて。ヒエラが一束で鉄貨五枚、トーラが一束で鉄貨六枚。合わせて鉄貨十一枚。これで良ければ、こちらで引き取らせてもらうよ?」
「大丈夫」
引き取りの値段が下がるって話は、ルトから聞いている。
問題は無い。
ただちょっと、聞いておきたいこともある。
「状態がいいと幾らになるの?」
「ヒエラとトーラはそこまで珍しい薬草でも無いから、あまり高くはならないよ。通常品質でヒエラが一束、銅貨一枚。トーラが一束、銅貨一枚と鉄貨五枚。良質だったらもうすこし高くなる事もあるけどね」
俺が手にした報酬は通常の半分くらいということだろうか?
それでも、一日の報酬としては悪くない。
他の子たちだと、五、六束は採取が出来ていた。
だとすると、俺と同じ品質でも、報酬は鉄貨二十五枚から鉄貨三十六枚。
通常品質だと、鉄貨で五十枚から九十枚。
確かに他の雑用依頼と比べたら、大きな稼ぎだ。
危険に見合うかは分からないけれど。
「それじゃ、これが報酬ね」
ギルドカードと共に受付カウンターに鉄貨十一枚が置かれた。
俺はそれを受け取ると、ポケットに入れるふりをして、『無限財布』へと収納しておく。
俺が列から離れると、ルトも丁度隣の列で報酬の清算を終えたらしく、列から離れるところだった。
その手に持つ麻袋は、持ち込んだ時よりは減っているけれど、未だ多くの薬草が入っているようだ。
「その薬草はどうするの?」
「ん、これ? これはね、『調薬』の練習に使うんだ」
「あー、薬師の勉強」
「そうそう。自分で素材を用意してきたら、おばあちゃんに教えてもらえるの」
ルトには薬師ギルドに所属するという祖母がいるんだっけ。
身近にそういう人がいるっていうのは、心強いよな。
スキルの習得とか研鑽についてはともかく、どんな薬が売れるのかだとか、売るためのルートだとかも、教えてくれるのだろうし。
「……ショーゴくんはさ、薬師になりたいとか思う?」
薬草の入った麻袋を眺めながら考えていたら、ルトが唐突にポツリと呟く。
「え?」
「もし、薬師に興味があるなら、今度、僕の『調薬』の練習を見に来る?」
「いいの?」
俺が思わずそう尋ねると、ルトは少し照れくさそうな表情を浮かべながらも、コクリと頷いた。
「いいよ。ショーゴくんは薬草の仕分けや採取に熱心だったから」
熱心だったから、何なんだろう?
でも、これは正直、有難い申し出だ。
実際に薬師をやっている人と話すことが出来れば、薬師のスキルで稼ぐ方法に関して色々と分かるかもしれない。
もし、俺でも稼ぐことが出来るようなら、いよいよ本格的に稼ぐためのスキルを取得してみよう。
でもその前に、やっぱりそろそろ一つぐらい試しにスキルを取得してみるべきだろう。
いい加減、ポイントの高いスキルに夢を見るのは一旦置いといて。
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