side.ミメア
ルトの祖母である薬師ミメアは、イストールの薬師ギルドに登録している薬師の中でも数少ない古株の一人である。
ミメアは若い頃、自らの薬師としての腕を磨こうと、植物の宝庫であるパンドラの森にほど近いイストールにやってきた。
魔境と呼ばれる地の一つであるパンドラの森は、常に危険と隣り合わせの地だ。それ故に、いくら良質な素材の宝庫とはいえ、パンドラの森に近いイストールを拠点とすることには誰もが二の足を踏む。
薬師として成功し、ある程度の地位と金を得た薬師であれば、尚更に。
だが、まだ薬師として未熟な若者たちは違う。
薬に懸ける情熱を胸に、若き薬師たちはイストールの地を目指した。
当時のイストールにはまだ、そんな若い薬師が多く在籍しており、至高と呼ばれる薬の調薬を目指して互いに切磋琢磨していたのだ。
しかし、それも歳を経るごとに次第と数を減らしていく。
危険に挑戦できるのは、若者の特権だ。
だがそんな若者も、当然のことながら、時が経てば歳をとる。
年を経るごとに、ミメアと同世代の薬師たちはその住処を安全な町へと移していく。
またその流れは、商人ギルドがイストールとクレッセンの間の道を整備して両町の流通がよくなったことで、さらに加速していった。
流通がよくなれば、わざわざ危険なイストールまで行かずとも、クレッセンで薬の素材を待てばよい。
その結果、危険を冒す必要が無くなったことで、イストールに住む薬師は一気に減ってしまった。
ミメアもその例に漏れず、道が整備された時期に一度は引っ越すことも考えたが、薬師の減った薬師ギルドからどうか留まってほしいと泣きつかれ、また息子夫婦が冒険者としてイストールで暮らしていたこともあり、なあなあとこんな歳までイストールで薬師をやることになってしまったのだ。
歳を取ったことで若い頃にはあった薬師としての情熱は静まり、自分の腕の限界も見えてきた。そんなミメアの最近の楽しみは、孫であるルトの成長だ。
冒険者として戦いに明け暮れる息子と違い、薬師に興味を持ってくれたルトは、その興味を原動力として、薬師としての訓練へひたむきに取り組んでいる。
その姿は、若い頃の自身を彷彿とさせた。
この子が薬師として成長すれば、ようやく私もお役御免となりそうだね。
ルトの成長を見守りながら、ミメアは心の内でそんなことを考えていた。
そんな孫のルトが楽しそうに、新しく出来た仲間の事を話している。
ルトはミメアの孫らしく、薬に興味を持ってくれたが、同時に息子夫婦の子供らしく、冒険者という生き方にも興味があるらしい。
本音を言えば、危険にわざわざ跳び込むなど辞めてほしいと思うミメアだが、その理由が大好きな祖母に希少な薬草を自分の手で採取してくるためとなれば、注意するのも憚られる。
そんな複雑な思いを抱いていたのだが、こうして仲間の事を嬉しそうに話すルトを見ていると、間違いでは無かったのかもしれない。
そんな風に考えていたミメアに、ルトが明日その友達を家に連れて来たいと言う。
どうやらその子は、薬に興味があるらしい。
ルトの仲間と言うことは十中八九、手伝い級の冒険者。
そう思い、同年代を想像していたら、どうやら相手はずっと年下の子だという。
どうなんだろうね?
前に一度、ルトが息巻いて連れてきた女の子は、薬に全く興味が無いようだった。
あの子が興味を持ってたのは、ルト自身だ。
なのにルトは、その事に全く気が付いていないんだから、全く。
あの鈍感な部分は、一体誰に似たのやら。
ミメアはその時のことを思いだし、溜息をついた。
さて、今度はどんな子が来るのやら。
願わくば、ルトと話の合う子だといいんだがねえ。
そうして次の日、やってきたのはこの辺りでは珍しい黒髪黒目の男の子。
聞いていた通り、年齢は孫のルトよりも遥かに幼いように見えた。
手伝い級の冒険者だというのが、不思議なくらいだ。
その年齢は、なんと六歳。
なんとまあ、これでは手伝い級の雑用依頼さえ、満足にできるのやら。
まあ、冒険者ギルドに登録出来たっていうのなら、そこは問題無いんだろうけど。
冒険者ギルドの登録は依頼という仕事が絡むため、非常に厳格だ。
冒険者ギルドが登録を許可した以上、依頼が出来ないということは無い。
しかし、細かい作業の多い調薬だと、さすがに途中で飽きてしまうんじゃないかね。
そんな風に思ってたミメアだったが、実際にルトの調薬が始まってみると、ミメアが予想していた状況とは真逆になった。
ショーゴと名乗った男の子は、踏み台代わりの箱の上で、じっとルトの手元を観察している。
さらに時折、ルトへ的確な質問をしていく。
どうやら、ショーゴという子は、見た目以上に大人びた賢い子供のようだね。
ルトの調薬が一通り終わった後、ミメアはショーゴに調薬をやってみないかと尋ねた。
その言葉に最初は驚いていたショーゴだったが、どうやらそのやる気は隠せていない。
まあ、あれほどルトの調薬を熱心に観察していたらね。
自分でもやってみたいと思うもんさ。
そうして調薬を始めたショーゴだったが。
その結果は、明らかな失敗。
まあ、当然の結果さね。
調薬というのは繊細な作業だ。
それがたとえ初級のポーションであっても、調薬というのは細かな作業の全てに意味がある。
それを一回見ただけで、いきなり出来るわけがない。
でも、その一つ一つの作業には、光るものを感じる。
それに拙いながらも、ショーゴの調薬には熱意があった。
あの年頃でここまでできるのは、はっきり言って異常だ。
久しぶりに、薬師としての腕が疼く。
当人も悔しそうにしてたし、こりゃ嵌ったかもしれないね。
「いつでも調薬を見に来るといい。調薬は見るだけでも勉強になるからね」
「それに、薬草を持ってきたら、ここを使っても構わないよ」
「もしそれで薬がうまく出来たなら、あたしが薬師ギルドで売ってきてやってもいい」
だから、ミメアはショーゴにそう伝えておいた。
ショーゴがこの様子であれば、ルトもまたショーゴを誘うことだろう。
しかし、ミメアからこうしてはっきりと伝えておいた方が、ショーゴも遠慮せずに来ることが出来るだろうから。
ショーゴはきっと、ルトの調薬仲間になる。
互いに切磋琢磨して、上を目指せる良きライバルに。
それに最近、薬の需要が上がったみたいで、薬師ギルドが積極的に薬の買取を行っている。なにやら冒険者ギルドの方で何か厄介なことがあったらしい。
そんなわけで、今なら見習い未満の弟子が作った初級回復ポーションでも、有難がられることだろう。
ミメアの言葉には、そんな理由もあった。
次にミメアは、ルトとショーゴの二人で調薬を行わせる。
先ほどは結果的に殆どショーゴ一人で調薬を行ってしまったが、次は敢えてルトとショーゴの二人で調薬をしてもらうのだ。
今まではミメアがルトに教えるだけだったが、これからショーゴが来るようになれば、ルトが教える側に回ることになるだろう。
そうなればショーゴはルトに細かな部分を色々と教わることが出来るし、ルトはルトでショーゴに教えながら一つ一つの作業を見直すことが出来る。
二人で行う作業というのは、教える側、教わる側共に、どちらもよい経験となるのだ。
そうして二人の協力で作られた初級回復ポーションは、悪くない出来だった。
ルトも手伝ったとはいえ、ショーゴも先ほどより手際よく動けている。
これなら、ショーゴもすぐに初級回復ポーションを作れるようになりそうだ。
ルトを褒めるとともに、ショーゴにも同じように褒めてやる。
すると何故かショーゴは涙を流して、次の瞬間には倒れちまった。
驚きすぐに身体を調べたが、どうやら疲れが貯まっていた所に、何やら精神的な衝撃を受けて倒れちまったらしい。
何にそんな驚いたのかは知らないが、まあいいさ。
ルトにショーゴの症状を伝え、ルトの部屋のベッドへ寝かせてやるように言った。
これなら、暫くしたら起きるだろう。
あの子たちが成長したら、あたしもようやくここを離れることが出来そうだ。
ここは薬師にとって、夢のような環境ではあるけれど、あたしのような年寄りには、さすがにもう危険すぎるからね。
ショーゴを運ぶルトを眺めながら、ミメアはそんなことを考えていた。
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