003.ステータスは……え

 気が付けば、気を失っていたようだ。

 喧騒がすぐ近くから聞こえてくる。


 うるさい。ちょっと、静かにしてくれ。

 そう思いながら目を開けると、俺の目に映ったのは幾つもの丸い木のテーブルを囲む屈強な老若男女の姿。


 あれは――そう、冒険者だ。


 周囲を見回すと、そこは酒場のようだった。

 だが、端の方に目を向けると、何やら受付と掲示板のようなものも見える。

 その構造には、何やら覚えがあった。

 見たわけでも、聞いたわけでも無いけれど、読んだことは何度もある。

 もしかしてここは、かの有名な冒険者ギルド?


 今度は最初から前提となる知識があったからか、俺はすんなりと状況が呑み込めてきた。

 どうやら俺はあの後、生き残った冒険者たちに運ばれて、ここに捨て置かれたらしい。


 そんな俺は今、冒険者ギルドに併設された酒場の隅に置かれた椅子の上に座らされていた。

 俺が起き出してみても、特に周りは気にしない。

 冒険者たちは酒盛りに夢中だ。

 きっと俺の事など、どうでもよいのだろう。


 だからと言って、酒を飲んで浮かれている冒険者たちに話しかけてみる気は起きない。

 酔っ払いの厄介さは、両親のせいで身に染みている。

 しかも、ここにいる奴らは屈強な冒険者たちで、こちらは何故か子供の姿。

 冗談半分で小突かれでもしたら、最悪、命にすら関わるだろう。


 俺はそっと酒場から離れ、建物の隅まで移動した。


 本当は今すぐにでもここから出ていきたい。

 冒険者たちの動作はいちいち荒々しく、話している内容も物騒なものばかり。

 なによりも血と酒の匂いが染みついた冒険者たちと一緒にいたくなかった。

 否が応でもあの光景が、殺されていく冒険者たちの姿が脳裏をよぎってしまうから。


 でも、俺の想像が正しければ、ここは剣と魔法の異世界。

 ここが安全な町中だと仮定しても、この建物の外で何が起こるかは分からない。

 ならばこそ、その前に最低限やっておきたいことがあった。

 出来るかどうかは分からないけれど、確かめてみる価値はある。


「ス、ステータス」


 俺は冒険者ギルドの端っこで壁を正面にしてしゃがみ込み、出来る限り声を潜めて、そっとその言葉をつぶやいた。

 次の瞬間、俺の目の前に文字の書かれた半透明の板が現れる。

 それは紛れも無い、ステータス画面。


「ギ、ぐぁ」


 それを目にした瞬間、俺の頭の中に直接、情報が流し込まれた。

 膨大な量の情報だ。あまりの情報量に、頭が警告を発していた。

 ふらりとよろけて、何とかその場に踏みとどまる。

 そうしてもう一度、俺がステータスを確認しようとしたとき、なんと俺の頭に流し込まれた情報が、俺に語り掛けてきた。



 やあやあやあ、初めまして木津間正午くん。

 私は君が元いた世界から見て、異世界と呼ばれる世界で神の一柱をやらせてもらっている者だ。

 気軽に商売神とでも呼んでくれたまえ。


 君はもう気が付いているね。

 そう、ここは君が元いた世界とは起源も理も違う正真正銘の異世界だ。

 我々はこの世界を、キルマレイと呼んでいる。

 まあ、神々が使う世界の呼称など、覚えた所で大した意味は無いがね。



 さて、私が君をこの世界に転生させたのには、それなりの理由がある。

 その説明をする前に、まずは君のステータス画面を確認してみてくれ。

 」



 俺は語り掛けてくる情報の言葉に従って、目の前に存在し続けている半透明の板に視線を向ける。



 名前:木津間 正午

 年齢:6歳

 種族:人族

 レベル:1(次のレベルまで、10マレ)

 ギフト:『捧金授力』

 スキル:『無限財布』『共通語翻訳』

 スキルポイント:0

 称号:【非業の死を遂げし者】【商売神の契約者】【異世界転生者】【商売神の恩寵】【生残者】

 借金:10,000,000,000,000,000マレ



 その瞬間、俺は自身の口元が引き攣るのを感じた。


 色々と気になるところはある。

 あるんだけど。

 何よりも先に、目に入ったのは借金という言葉だった。

 しかも、単位は分からんが、なんだこの頭のおかしい数字は。


 一、十、百、千、万…………一京?


 俺が前生で暮らしていた国の国家予算で大体百年分弱か。

 それが、借金? 借金というからには、返すのは金なんだろう。

 単位の価値が違うだろうから一概には言えないのだろうけれど、金銭の価値が紙切れにでもならない限り、それは絶望的な数字だ。


 死んだあとまで俺は、また金に振り回されるのか?


「ははっ」


 あまりの事実に、乾いた笑いが漏れた。

 きっとこれは、俺という存在の宿命なのだろう。

 もう、嫌味すら思い浮かばない。


 呆然とする俺に向けて、情報が再度、話しかけてくる。



 驚いたことだろう。君が今、何に視線を奪われているか、私にはわかるよ。

 借金だろう?


 君の一生は見させてもらった。


 両親の借金に踊らされ、友達に借金を背負わされ、彼女には借金を押し付けられ、会社の借金を肩代わりさせられて。


 君が君の意思でした借金なんて、全体から見れば然程の額でも無いだろう。

 君の人生は、他人の借金に塗れていた。


 だが、この借金は違うよ。

 これは正真正銘、君のための借金だ。



 そこで、今回の異世界転生へと話を戻そう。


 私はね、死した君の魂をある者から買い取ったんだ。

 まあ、正確に言えば、あれはオークションだったがね。


 その時点で君の魂の所有権は本来、私にあるのだよ。


 とはいえ、魂の所有権などと言われたところで、君にはあまりピンとこないだろう。

 そこでまず、魂というものについて大雑把に知ってもらおうか。


 魂というのはね、君という存在の根底さ。

 君という存在を形作る大本。

 君という意思も、君という心も、君という存在も、つまるところ全ては魂に集約されている。

 魂の所有権を得るというのはね、その者に己の全てを支配されるというのと同義なんだ。


 それ故に、魂の所有者はその魂を如何様にでも扱うことが出来る。

 その所有者が神ともなれば、その在り方を弄り倒して、好きな形に変えることすら出来るのだよ。


 例えばそれは。

 自身を信奉する狂信者にすることも、神に絶対服従の使徒とすることも。

 魂を破壊してエネルギーを取り出すことも、無理やり歪めて怪物とすることも。

 魂の所有権を有している以上、どんなことでも許される。


 だが、私の目的はそこには無い。

 私は商売神。司る権能は、商売に関わる全般で、その中枢に位置するのは契約と金。


 君のステータスに【商売神の契約】という称号があるね。

 そこに今回、君と私の間で成した契約の細かな条項が記されている。

 その中で、最も重要なことは一つ。


 私は私が持つ君の魂の所有権を、君に負わせた借金を対価として、君に譲り渡したということだ。


 今、君が己の意思を自由に出来るのは、この契約のおかげなのだよ。


 君は魂一つの値段として、この借金を高いと見るかね?


 前の世界での君の命の値段は、確か最終的に四十三億五千二百三十一万六千五百二十円だったかな。

 これと比べれば、今回の借金はずっと高額だよ。

 だが、先にも述べたように、魂というのは非常に多くの活用方法がある。

 活用方法に選り好みさえしなければ、莫大な価値を生み出せるのだ。

 その価値は、もはや君には計り知れないだろう。

 これでも私なりに、譲歩はしているのだよ。


 とはいえ、この契約自体は君の意思で結ばれたものでは無い。

 当然だよね。その時、君の意思は、私の手の中にあったのだから。

 これはあくまで、私が一方的に君と結んだ契約だ。

 それ故、この契約において、君に果たすべき義務というものは無い。

 それはつまり、君がこの借金を返済しなくとも構わないということだ。


 だがそれは、借金を返済しないことに何の代償も無いという訳では無いよ。

 君がもし、君に課せられた借金を返済しきれずにその命を終わらせたとき、この契約は不履行となり、君の魂の所有権は私の元へと戻る。

 言ってしまえば、これが君の借金の返済期限だな。


 それとこれも当然のことだが、君がこの借金を返し終わったならば、君の魂は今度こそ本当に君の所有物となる。

 まあ全ての結果が出るのは、死んでしまった後のことだ。

 君が気にしないというのであれば、気にする必要は無いさ。


 本当に、気にしないことが出来るのであれば、ね。

 」



 商売神はその先を言葉にすることは無かったが、前生で借金の末にあの円形舞台へ上がった俺には、借金を返せないということがどういうことか、どうしようもない程に理解できている。

 しかも、今回の相手はあの富豪たちよりもさらに恐ろしい存在。

 神が借金を返せずに終わった俺の魂を、どのように扱うか、考えるのも恐ろしい。


 気にしないなんてこと、出来る筈がないのだ。






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