002.絶望ですよ
チラチラと雪のように降り出した漆黒の輝き。
それは闇でありながら、光のように黒く輝いていた。
ありえないその光景。
何処か幻想的で、何処か冷たい。
俺がその光景に抱いた感想はその程度。
しかし、俺を連れた天陽の光の冒険者たちは、全く違う感想を抱いていた。
「闇帝竜だ! グロウノウズが出たぞっ!!」
大声を上げたのは、斥候のバーン。
それに応えるよりも先に、他のパーティーメンバーは俺を守るようにして、既に陣形を組んでいる。
「凍て付く氷よ、氷柱となりて我が敵を貫け――アイスランス」
エルリカが呪文を唱え、魔法を放ったその先には、夜の闇を身に纏ったかのような漆黒の竜が飛んでいた。
あれが、闇帝竜グロウノウズ。
エルリカの魔法は空中に巨大な氷の杭を生み出し、高速で漆黒の竜へと向かう。小型のトラック程もある巨大な氷だ。それがミサイルのような速度で飛んでいく。
だが、氷の杭はグロウノウズの尻尾の一振りで容易く破壊されてしまった。
あまりにも、あっさりと。
そのお返しとばかりに、グロウノウズが牙をむき、鋭い爪を構えて飛来する。
そんなグロウノウズに対して、グルセドがパーティーの最前に立ち、盾を構えて迎え撃つ。
突撃してきたグロウノウズの爪による一撃を受けたグルセドは、その身体を数メートルも後退させたが、なんとか衝撃全てを受けきって見せた。
しかし、安心したのもつかの間、グロウノウズが大きく口を開き、そこに漆黒の闇が集中していく。
さながら蜃気楼でも見ているかのように、集う闇の周辺で空間が歪んでいる。その現象が、これから発せられようとしている攻撃の威力の強さを物語っていた。
グロウノウズは明らかに、何か恐ろしい事をしようとしている。
「させるかぁ――っ!」
レクスは咆哮を上げると、剣を構えてグロウノウズに突進していった。
目にも止まらぬ速さを持ったレクスによる渾身の斬撃が、グロウノウズの身体に無数の傷を付けていく。さらにバーンも何処からか取り出した無数のナイフをグロウノウズの顔目掛けて投げつけた。
だが、グロウノウズは怯むことすらない。
そうして次の瞬間、グロウノウズの口から、凶悪なる闇のブレスが放たれた。
もうダメだ。
俺がその威力に死を覚悟したその時、マーリアが祈りを捧げると、それに呼応するように周囲へ輝く透明な壁が展開された。
まるでガラスのような透明感。しかし、その強度はガラスなんぞとは比較にならぬほど頑強だった。
光の壁に闇のブレスが触れると、両者から激しい音が鳴り響く。
光の壁が、あの必殺とも思える闇のブレスを防ぎ続けているのだ。
あれ。なんとか、なった?
俺が心の内でそう考えた瞬間、それをフラグとしたかのように、光の壁に亀裂が入る。
光の壁は、闇のブレスを防ぎ切れなかったのだ。
その証拠に闇のブレスはまだまだ、威力を残している。
このままでは、不味い。
そして光の壁が砕け散ったその瞬間、なんと盾を構えたグルセドが、闇のブレスを正面から受け止めた。
が、しかし、グルセドの盾は闇のブレスに触れた瞬間、軋みを上げてあっさりと砕け散ってしまう。
それでも、グルセドは引かない。
背後にいるパーティーメンバーを守るため、そして何よりも腰を抜かして動けぬ俺を守るため、その身でもって闇のブレスを受け止め続けた。
「逃げろっ!」
ずっと無言であったグルセドが、震える声で叫ぶ。
それを受けたバーンが俺の身体を掴んで、その場から離れた瞬間、闇のブレスがその場を貫く。他のパーティーメンバーもグルセドの叫びを受けて即座に逃げたおかげで、被害はゼロ。
いや、一人。
グルセドの身体には黒い大きな穴が空いていた。
そのまま倒れ込むグルセド。
盾役が消えたことで、グロウノウズの攻撃を防ぐ手段は無くなってしまった。
天陽の光の冒険者たちは、必死にグロウノウズを攻撃するが、グロウノウズはそれを防ごうともせず、反撃を放つ。
こちらの攻撃は殆ど効かず、あちらの攻撃は一撃必殺。
結果は目に見えていた。
一人、また一人と倒れていく、冒険者たち。
そうして最後の一人、リーダーのレクスの半身が俺の目の前に落ちてきた。
下半身は既にグロウノウズの口の中だ。
「逃げ……ろ、ショー、ゴ」
上半身だけとなったレクスは、それでも俺の身を案じ、苦し気にそれだけ告げると、その目から光が消えていく。
全滅。
あんなに強い冒険者たちが、こんなにもあっさりと死んでしまった。
あれが、この世界の魔物?
あんなものに、人間が立ち向かえるのか?
恐怖が俺の足をすくませる。
逃げろと言われたのに。
逃げろと言ってくれたのに。
死の瞬間まで、赤の他人である俺の身を案じてくれたレクスの最後の言葉を、俺の身体は叶えられそうにない。
気が付けば、俺の隣には短剣が突き刺さっていた。
これは確か、バーンが最後に手にしていた短剣だ。
震える手を動かして、俺は何とかその柄を握りしめる。
そうしてグロウノウズがいる方向へ、震える短剣の先を突き付けた。
グロウノウズが俺を見る。
そして、ゆっくりと近づいてきた。
ああ、死んでしまう。
また、死んでしまう。
せっかく異世界に転生したのに。
何も知らぬまま、何も成せぬまま。
怖い。嫌だ。
怖い。逃げたい。
怖い。苦しい。
怖い。死にたくない。
「あ、ああ。ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああ――――っ」
叫び声。振り絞った叫び声だけが、俺に出来た唯一のこと。
そうしてグロウノウズが、その鋭い爪を振り下ろし――。
――その一撃が届くよりも先に、グロウノウズの身体が爆発した。
グロウノウズは無傷。
ただ、それでも気には障ったらしい。
グロウノウズは魔法が飛んできた方向に首を向けた。
そこには、無数の人間たちの姿。
あれは多分、レクスたちの言っていた本隊だ。
複数の高ランク冒険者パーティーで組まれたという闇帝竜グロウノウズの討伐隊。
戦闘音を聞きつけて、やってきたのだろう。
意識はぼんやりとしたまま、思考の何処かが高速で動き、そんな結論を導き出した。
多分、間違ってはいないだろう。
その後の戦いもまた、死闘と呼ぶにふさわしいものだった。
恐ろしい速度で動き、超巨大な魔法を放ち、冒険者たちはグロウノウズに挑み続ける。
一人、また一人と冒険者がやられていく中で、それでも諦めることなく彼らは戦い続けていた。
その姿は俺が小説を読む時に憧れた英雄たちそのもの。死を覚悟して、それでも突き進むその様は、まさに勇者と呼ぶべき行いだ。
だというのに、それを目の前にした俺は心底、恐ろしかった。
狂ってる。
あの狂気のギャンブラーたちと、冒険者たちの姿が重なった。
命を賭け金として、勝利と栄誉、そして莫大な富を手に入れる。
あの狂ったギャンブラーたちと。
その姿は、俺の思い描いた輝ける栄光とはかけ離れていた。
こんな恐ろしい想いをするのであれば、俺は魔物となんて戦いたくはない。
英雄たちの死闘は、俺の心に深い恐怖を刻み込んだ。
「あぁ? なんでこんなところにガキがいやがる」
近づいてきた男が、俺の首根っこを乱暴に掴んで吊るす。
「おおい、これのこと知ってるやついるかぁ?」
そうして、俺の身体を掲げると、生き残った冒険者たちに見せつけた。
「知らん」
「知らねえ」
「知らんが、一応、連れてけば?」
何だか酷くぞんざいな扱いをされている。
でも、今の俺にはそこへ反論出来る気力も無い。
色々ありすぎて、心がいっぱいいっぱいだった。
俺は荷物のように、彼らの持ってきた荷車に投げ込まれ、そのままグロウノウズの身体の一部と共に運ばれていく。
血の匂いが、酷い。
吐き気がする。
これは、どちらから来る、吐き気だろう?
心がいっぱいいっぱいで、思考がグルグルと空回りを続けている。
益体も無い事ばかり思いつき、どうでもいい結論へと帰結した。
この感覚、何かに似ている。
そう思った時、俺は理解した。
そうだ。
これは、あの円形舞台に上げられた時と同じ。
なるようにしかならない。
どうしようもない。
もう、どうにでもなってしまえ。
溢れた想いは空虚へと変わり、全てが無駄に思えてくる。
結局のところ、俺は死んでもまた、同じ場所に戻ってきてしまったのだ。
空虚なる絶望の底に。
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