001.転生しましたよね?

 何だか頬がチクチクする。


「ん、んん~~~」


 手で振り払おうとすると、手にもチクチク。

 薄っすら目を開けた所で、直前の記憶を思い出した。


 ガバッと身体を起こすと、目に映るのは一面の木々と鬱蒼と生い茂る草花。

 どうやら俺は森のど真ん中にある草の上で倒れていたようだ。


 慌てて身体を確かめてみると、特に傷らしい傷は見当たらない。

 あんなに痛かったはずなのに、嘘のように綺麗な身体だ。

 それに、何だか違和感がある。

 ただ、何処がおかしいのかまでは分からなかった。


 一先ず、身体は無事らしいと結論付けて、今度は周囲を確認する。

 森だ。それしか情報が無い。

 いや、草木の茂り具合から考えて、かなり自然豊かな場所のようだ。

 というか、人が踏み入った形跡が欠片も見当たらない。

 まさに人跡未踏の地といった感じ。


 ならば、俺は一体どうやって、ここに来たのか。

 ここに倒れていたということは、俺は誰かにここまで連れてこられたと考えるべきだろう。

 それとも、ヘリでも使って空から降ろされてきたとか?

 あの狂った富豪連中ならやりかねない。


 つまり俺はあの場で死にきれず、また奴らの新しい遊びに使われているということか。

 絶望が俺を襲う。


 そんな次の瞬間、近くの茂みがガサゴソと動く。

 咄嗟に身構えた俺だが、そこから出てきたのは俺の想像もしないモノだった。


 それはでっかい人間。

 俺の目線より遥かに高い背をした、身長にして三メートル以上はありそうな巨人だった。


「おい、坊主。なんでこんな森の中にいるんだ」


 少々、ぶっきらぼうな物言い。けれど、不思議と危険な感じはしない。

 少なくとも、あの富豪どもや、運営の黒服たちのような怖さは無かった。


「おーい、レクスっ、ちょっと来てくれー」


 巨人は背後を振り返ると、誰かを呼ぶ。

 そうしてもう一度こちらに向き直ると、こちらを落ち着かせるようにゆっくりと近づいてきた。


「大丈夫か、坊主。怪我は? 他に人はいないのか?」


 茂みから現れたその身体は、何処かのスポーツマンかと思うような筋肉質。

 その上、その身体に革製の鎧のような服を纏っている。


 そしてその手には、明らかに使われた形跡のある鋭い剣が握られていた。


「ひぃっ」


 思わず、悲鳴が漏れる。

 どう考えても、普通じゃない。明らかに危ない人間だ。

 そう思ったのもつかの間、茂みの奥からぞろぞろと数人の巨人が現れた。


「バーン、どうした? って、なんだその子供は」

「こんな森の中に子供?」


 彼らも最初の巨人と同様に、それぞれ武具を持っている。


 それを認識した俺が、思わず泣き喚いてしまったとしても、それは無理からぬことだろう。

 だって、あの円形舞台からいきなりこれである。

 うん。仕方がないな。




「あー、でだ。坊主、落ち着いたか?」


「……はい」


 散々泣きじゃくって、巨人たちに慰められたことにより、俺はようやく落ち着くことが出来た。

 思い切り感情を吐き出したせいか、随分と思考が冷静になってくる。

 すると、色々と見えてくるものがあった。


 まず、彼らは巨人では無い。

 恐らく、ごく普通の身長の人間である。

 俺は大きな勘違いをしていた。

 彼らが殊更に大きいのではなく、俺が小さくなってしまったのだ。

 そう、今の俺は子供の姿になってしまっていた。

 何故、そうなっているのかは分からない。

 一瞬だけ、あの富豪たちや狂ったギャンブルの運営たちが思い浮かんだけれど、さすがにそれはありえないんじゃないかと思い直す。

 大人を子供にするとか、どんなファンタジーだ。


 そこで次なる問題。

 一体、ここは何処なのか。

 それは彼らの話を聞いている内に、薄っすらと分かってきた。


 まさか、とは思ったよ。

 そんなことがあり得るのか、って。

 なまじ、大富豪たちや、狂ったギャンブルの運営なんて、非現実的な状況にあったためか、逆にもっと非現実的な状況が信じられない。

 それでもあの時、俺が実はしっかりと死んでいたのだとしたら、もしかしたらありうるのかとも思えてくる。


 なんてったって、彼らから聞いた話を総合すると、彼らは冒険者であり、凶悪な魔物を討伐するために、この森へやってきた、というのだから。

 これはもう、異世界に転生したとしか思えない。


 異世界転生という言葉に関しては、俺にもそれなりに知識がある。

 ネットに繋がることでいつでも読むことのできる異世界系の小説は、現世に疲れた俺の心の支えだったから。


 もしくは、あそこにいた富豪たちすら越える大富豪たちによる超科学を使った娯楽に使われているか。

 あいつらともう一度関わることを考えたら、異世界転生であってくれと思わずにはいられない。


 いや、もうきっとこれは、異世界転生だろう。


 何処かに仕掛けられた極小のカメラで、驚く俺の姿を愉し気に鑑賞する富豪たちなんているはずがない。


 …………いないったら、いない。




「その、えっと、助けて頂、あ、いや、たすけてくれてありがとう。おにいさん、おねえさん」


 俺は現在の肉体年齢を考慮した話し方を意識して、冒険者たちに話しかけてみる。

 具体的に何歳くらいなのかは不明なので、出来る限り、幼さを意識して。


「はっ、気にすんな。どうせ、討伐依頼のついでだ」


「それにしてもこんな危険な場所で、よく無事だったな」


「そうよ。すぐに安全な場所まで連れてってあげるからね」


「そうそう。お姉さんたちに任せなさい」


「………………」


 一人、非常に無口な男がいるが、それぞれに話しかけてくれる彼らは、一流級というランクの冒険者たちで、天陽の光という名のパーティーだそうだ。

 一流級? と首を傾げつつ、俺は彼らの話を聞く。

 名前はそれぞれ、リーダーで剣士のレクス、俺を見つけた斥候のバーン、盾士のグルセド、魔術師のエルリカに神官のマーリア。


 俺も彼らに、名字を省いた自らの名前、ショウゴを名乗った。名字をあえて省いたのは、彼らが名前だけしか名乗らなかったから。半端な知識からの推測だけど、家名を持っているのは貴族だけとか、そんな事情があるんじゃないか。何となく、そう思ったのだ。


 ただ、それ以外に関しては、何も応えられない。

 どうしてここにいるのかとか、何処から来たのかとか、親御さんはいるのかとか。

 今の状況を一からしっかりと説明はできないし、半端に異世界転生の事を説明したところで、どういう反応をされるのか、予測できなくて怖かったから。


 彼らも泣いている子供相手に、その辺りを執拗に聞くつもりは無いようで、一通りの質問に俺が答えられないと分かると、俺のことはそっとしておいてくれている。

 そんなところからも、彼らの優しさが滲み出ていた。


「一先ずここを離れて、本隊と合流するか」


 リーダーの一言で、彼らは立ち上がり、歩き始める。

 当然のことながら、俺もその後についていく。


 その途中で、彼らが受けた討伐依頼についても少し教えてもらった。


 討伐対象は闇帝竜グロウノウズ。


 何やら聞いただけでも恐ろしい名前の魔物だが、実際その強さも半端ないという。

 そのため、今回この討伐依頼の為に、名のある冒険者たちが多く集まったそうだ。

 彼ら、天陽の光は、そんな一団から先行して、辺りを偵察していたらしい。


 彼らが名のある冒険者たちというのは本当なのだろう。

 実際、彼らは非常に強い。

 この森はどうやらかなりの危険地帯らしく、森の中を歩く傍ら、幾度となく魔物が襲ってきたが、彼らはそんな魔物たちをあっさりと倒してしまったのだ。


 その手際は見事の一言。

 彼らの数倍はあろうかという巨大な熊や狼、巨大昆虫の群れや、空から急降下してくる巨大な鳥も、彼らにかかれば瞬殺だ。

 それはまさに、俺の憧れた剣と魔法の世界に生きる冒険者たちの姿そのもの。

 冒険者、めっちゃかっこいい。


 そこで俺は思い出した。

 そう言えば、この世界ってステータスとか見れるのかな、と。

 何だかんだでまだ一回も試していない。

 何せ、あの異世界転生なのだ。


 もしかしたら、すごいチートスキルとか覚えているかも。

 もしそうだったら、それを使って冒険者を目指してみるのもいいな。

 ダンジョンとか潜って、お宝とか見つけて一攫千金、なんて。

 そのお金で豪邸を建てて、愉快に暮らすのだ。


 仲間とか、彼女とかは……もう、いいかな。

 色々あって、誰かを信じたいって気持ちはもう欠片も残っていない。


 それよりも、色々な場所を冒険して、未知なるものをその目で見て。

 魔法とかも使ってみたい。

 この冒険者の人たちが使ってるようなすっごい魔法も覚えたりして。


 皮算用が進む進む。


 とはいえ、まずはステータスを確認してからだ。

 ステータスが表示されない世界という可能性もある訳だし。


 なんて新たな決意を固めた直後、それはやってきた。





 それを一言で表すとしたら――――絶望。








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