022.薬草採取の準備をしよう

「おはよう、アニアさん」


 早朝の台所に立つ、流れる金髪で背中を隠す女の子へ、朝の挨拶をする。


「ん? ショーゴくんじゃん。おはよー。随分と早起きだけど、どったの? 今日は当番じゃないよ?」


 振り返ったアニアはその青い瞳を一瞬見開き、俺に挨拶を返してきた。

 その間も手は止まることなく、朝食の支度を続けている。

 さすがだ。



 昨日は途中で少し昼寝をしてしまったせいか、何だかいつもより早く起きてしまった。

 その為、何となく起き出して、台所を覗いてみたんだけど、アニアが当番の日だったとは、丁度良い。


「手伝おうかなって」


「そ? じゃあ、そっちの野菜を切ってくれる?」


「うん」


 昨日、少し気になったことを聞いてみよう。




「アニアさんは『生活魔法』、得意だよね」


 俺はアニアの指示通りに野菜を切りながら、隣で作業を続けるアニアに話しかける。


「まあ、そうねー。魔法に適性があったっていうのもあるけど、私は優遇依頼で家事手伝いを良くしてるから、色々なとこでよく使うのよ。それで自然にって感じ。それが?」


「『生活魔法』を使う時って、詠唱があるよね」


『生活魔法』のスキルを取得した時、それらの詠唱は気が付けば記憶の中にあった。

 そしてそれを使えば、魔法が使えると理解できていたのだ。

 なのに。


「あるねー」


 そう言いながら、アニアは『生活魔法』で、詠唱も無く出した水を使って鍋を洗っている。


 使ってないじゃん。


 昨日もルトが『生活魔法』で水を出す時、詠唱無しで使っていた。

 そうして思い出してみれば、アニアもそうだった事を思い出したのだ。


 もしかして、詠唱を使わないといけないのって俺だけ?

 なんて考えたりもしてみたが、アニアの反応を見る限り、そういう訳でもなさそう。


「アニアさんはなんで詠唱無しで『生活魔法』が使えるの?」


「んー?」


 アニアは俺の疑問に、少し悩んで。


「気が付いたら出来てたって感じかなあ?」


 そんな曖昧な答えを返してきた。


 むむ。よく分からん。

 慣れたら出来るってこと?

 いや、俺とこの世界の人間じゃ、違う点がある。


「スキルレベルが関係してたりはしない?」


「スキルレベル? うーん?」


 わざわざ手を止めて、数瞬悩むアニア。


「あ、確かにスキルレベルが上がってたかも。あれは『生活魔法』のレベルが三になった頃だったかな」


 三、ていうと、俺ももう一つレベルを上げたら、詠唱無しで使えるってことか?


「あー。でも、確かその頃に『魔力操作』も覚えてたから、そっちが関係してるかも」


 む。『魔力操作』か。

『生活魔法』の調節に使われている可能性を考えてたけど、そっちにも使われる可能性があるってこと?


「うーん。感覚的には『魔力操作』の方かな? 魔力をこう、むーんって動かしながら『生活魔法』のスキルにえいって突っ込むと使えるから」


 感覚的過ぎて分からないけど、詠唱無しで『生活魔法』を使うのに、『魔力操作』が必要な可能性は高まった気がする。


「そっか。教えてくれて、ありがとう」


「あははっ。そのくらいで良ければいつでも聞いてよ。私で良ければ、色々教えてあげるからさ。ほら、新しい料理の作り方とかね」


「それは……考えとく」


 アニアの料理は美味しいんだけど、朝から凝ったものを作るから大変なんだよね。色々な調味料を使ったりしていて、覚えるのが大変だし。

 しかも、アニアはその辺りを勘でやってるみたいで、教えてもらっても同じように出来ないんだ。

『料理』のスキルがあったら、何とかなりそうだけど、それだけの為に取得するのはね。


『魔力操作』も同じだ。

 お金だけで何とかなるなら考える余地があるんだけど、新しくスキルを取得するってなると『生活魔法』の詠唱無しでの発動は暫く見送りかな。



 それから数日、俺はいつも通り冒険者ギルドで雑用依頼を熟し続け、レベルとスキルレベルを上げる為に減ったお金をもう一度貯めた。



 明日は待ちに待った二度目の秘密の依頼がある。

 南門手前での薬草採取だ。


 そんなわけで俺は今日、雑用依頼を一日休んで、明日の準備をすることにした。


 まずやってきたのは、以前ロダンに案内されて入った冒険者地区の大通りに面した雑貨屋の一つ。

 ここで購入するのは、薬草の束をまとめるための紐と束ねた薬草を入れておく袋。

 どちらも雑貨屋なら何処でも売っているって話だったけど。


 店内を見回って、どちらも見つけることが出来た。

 紐は十本が束になって、鉄貨一枚。聞いてた通り、かなり安い。


 袋は……麻袋と布の袋、革袋など幾つか種類がある。大きさも小さいものから特大のものまで色々と揃っているようだ。

 ルトが持っていたものを参考にするのであれば、一番小さい麻袋かな。

 値段的にも一番安い。


 ちなみに袋の素材と値段の関係は、麻袋が一番安くて、一番高いのが布袋。

 一番小さな袋でいうと、麻袋が鉄貨五枚。革袋が大銅貨一枚。そして布袋が大銅貨五枚。

 そして俺の今の所持金は。


 所持金:銅貨4枚、鉄貨2枚


 最初から、考えるまでも無かったな。


 俺は一番小さな麻袋を一枚と、紐をニ十束を購入する。

 これで残りは銅貨三枚と鉄貨五枚だ。


 次は、冒険者ギルドに行く。



 冒険者ギルドに行くと、受付カウンターにイザベラの姿があった。

 朝の混雑する時間は既に過ぎており、冒険者たちも出払っていて受付カウンターに並ぶ者はいない。


「こんにちわ、イザベラさん」


「あら、ショーゴくん。こんにちは。今日はいつもより遅い時間だけど、これから依頼って訳でもなさそうね」


「うん、資料室に行きたいんだ」


「資料室で勉強? それは偉いわねえ。いいわ、自由に使って。場所は分かるわよね?」


「大丈夫」


「帰る時には、また一声かけてね」


 そのまま二階に続く階段を上がり、資料室へと入っていった。

 資料室には既に入ったことがあるけれど、あの時は冒険者ギルドの雑用依頼を熟している最中で、今とは状況が違う。

 俺はじっくりと資料室の中を見回した。


 と言っても、資料室はそこまで広い部屋じゃない。

 左右の部屋の壁には本棚が置かれており、そこへ本や紙束等が少し無造作に押し込まれている。

 一方で部屋の中央には縦長の机と複数の椅子。そして、壁際には小さな机と椅子が幾つか置かれていた。


 埃が落ちているようなことは無いけれど、使われている形跡も少ない。

 以前、冒険者ギルドの職員が言っていた事は本当のようだ。



 それはそれとして。

 俺がここに来た目的は、イストールの付近に生えている薬草の事を調べる為だ。

 幸い、本棚の数はそれほど多くは無い。

 探そうと思えば、あまり時間をかけずとも探し出すことが出来るだろう。


 俺は気合を入れて、探し物に取り掛かった。



 ……。


 …………。


 ………………うーん。これ、かな?


 俺が見つけたのは、パンドラの森で採れる植物の書かれた本と、イストールの周辺に生える薬草の書かれた紙束。

 本はかなり古い物のようで、他に置かれていた本と比べ、所々がボロボロで読みづらい。

 一方で紙束の方は、古い物から比較的新しい物まで様々。

 文字の癖も紙によって違っているし、色々な人が新しい薬草を見つけるたびに情報を足しているようだ。


 その量は、どちらもかなり多い。

 しかも、写真なんて便利なものは使われてないらしく、殆どが文字だけで特徴を羅列されている。

 たまに描かれている絵もあまりうまいとは言えない。

 端的に行って、分かりづらい。


 これはやっぱり、アレを取得するべきか。


 当面の進むべき方向性は見つかったので、それに関係のあるスキルならどんどん取得していくつもりだ。


 うん、そうしよう。








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