021.ていたら、調薬体験をすることになりました

「見学って聞いてたんだけど」


 ミメアの唐突なフリに、思わず声が出てしまった。


「随分としっかり見ていたじゃないか。色々と質問もしていたようだし、気になっていると思ったんだがね。ま、別にやりたくないってんなら、無理にやる必要はないさ」


 気には、なってる。

 やれるなら、やってみたいとも思っていた。

『調薬』を習得するための練習ってことだから、きっとスキル無しでも出来ることは出来るのだろう。


 チラリと、ルトに視線を送る。

 すると、ルトは心配そうにしながらも、何かを期待するような目で、こちらを見ていた。

 大丈夫そうかな?


「やる。やりたい!」


 俺はミメアの言葉に、はっきりと応えた。




 先ほどまで机の上を眺めるのに足場としていた箱を移動させ、俺は机の前に立つ。


「はい。薬草は僕が採取してきたのを使って」


 そんな俺の目の前に、ルトがヒエラを二束、トーラを一束、置いた。


「いいの?」


「うん。練習用に採取してきた薬草はまだあるから」


 確かにルトがヒエラとトーラを取り出した麻袋は、まだ少し膨らんでいる。

 有難いけど、これはルトが採取してきた薬草だ。

 俺と違って、『薬草採取』のスキルを持っているルトが採取してきた薬草。


 確か、冒険者ギルドでの買い取り報酬は、通常品質のヒエラ一束が銅貨一枚でトーラ一束が銅貨一枚と鉄貨五枚だっけ。

 全部で銅貨三枚と鉄貨五枚分の薬草だ。


 ちなみに、ルトが完成させた初級回復ポーションは全部で十本。

 これは薬師ギルドに持っていけば、一本を銅貨二枚で買い取ってもらえるらしい。


 銅貨三枚と鉄貨五枚分というだけでも、今の俺にとってはかなりの大金だというのに、ルトがそれを使って初級回復ポーションを作れば、さらに大銅貨二枚分の価値となるのだ。

 緊張しない方がおかしいというもの。


 スキルを取得してしまおうか?


 いや。

 ミメアもルトも、俺が最初から完璧に仕上げてくるなんて思ってはいないはずだ。

 なんぜ今の俺は、単なる六歳児なのだから。

 だから、失敗したってダメなわけじゃない。


 ルトはなんて言っていた?

 薬師となるのに必要な才能は、薬に対する興味と根気。


 今は目の前のことに集中しよう。

 余計なことは何も考えず、ただ初級回復ポーションを作ることに集中するんだ。


「よしっ」


 俺は声を出して気合を入れると、ルトが先ほど行っていた行程を思い出し、目の前の薬草に手を付けた。



 薬草の洗浄。葉を傷つけぬよう丁寧に。

 俺が使う『生活魔法』の水は少なすぎるので、これにも井戸水を使わせてもらう。


 ヒエラを刻む。鋭いナイフで葉を潰さぬように切っていく。

 同じナイフを使っているのに、綺麗に刻めない。


 小鍋でヒエラを煮る。井戸の地下水を使うと尚良い。

 ここは朝食の準備で慣れている。今日は『生活魔法』があるから、いつもより簡単だ。


 トーラを磨り潰す。重さをはかって、水の量を調節。

 慎重に秤を使って重さを調べる。


 潰したトーラを布で濾していく。その間に。

 薬研を使うのは初めてで、思うように潰せず、思わぬ時間が掛かってしまった。


 小鍋を火から下ろす。水の色が元のヒエラと同じ色になったら。

 薬研に集中しすぎて、あわや水の色がヒエラの色より濃くなるところだった


 小鍋の中身を布で濾す。そうして、二つの濾した水を合わせたら。

 いよいよ最後の行程だ。


 最後は火にかけ、沸騰させないように混ぜ合わせていく。

 火が強くなるのを恐れ過ぎて、なかなか火をつけられない。



 呼吸すら忘れてしまうような慎重さで、俺は一つ一つの行程を熟していった。


 何とか出来上がった小鍋を火から下ろして、中身を冷ます。

 色々と失敗した気がするけど、果たしてうまくいったのだろうか?


 恐る恐るルトに視線を向ける。

 真剣な目で、俺を見ていた。


 それはどんな感情? 失敗してる? 成功した?


 次にミメアへ視線を向ける。

 俺を見ながら、ニヤニヤと笑っていた。


 こっちもどういう感情? 成功なの? それとも失敗?


「ど、どう?」


 俺はそんな二人にちょっと怖気づきながらも尋ねてみた。


「うーん」


 聞かれたルトは、難しい顔をしている。

 ダメなのか?


「売り物にはならんさね」


 チラリと小鍋の中を覗いたミメアが、あっさりと断言した。

 最初から分かっていた事ではあるし、作っている最中も色々と微妙な部分があったから、そんな気はしていたけど、そこまではっきりと言われるとやっぱり辛い。


 そんな俺に、ミメアはさらに言葉を続ける。


「でも、初めてにしちゃあ、上出来な部類だよ。まだまだ失敗は多いが、一つ一つの作業は丁寧だし、集中もできている。見習い薬師としては十分な成果さ」


 俺の頭をポンポンと撫でるミメア。

 その顔は何処か、優し気だった。


 そこへ、先ほどまで難しい顔をしていたルトが、すごいテンションで話しかけてくる。


「うんうんっ。ホントにすごかったよ。隣でいつでも手伝えるよう準備をしていたのに、全部一人でやっちゃうんだから。驚いちゃった」


「それは、ごめん」


 そう言えば、ルトと協力してみたいなことを最初にミメアが言っていた。

 必死になり過ぎて、すっかり忘れてたけど。


「ううんっ、全然いいんだっ! これはショーゴくんの練習なんだから。それに大まかな手順は間違って無かったし、僕の調薬をしっかり見ていてくれたんだね」


「うん。その通りには全然できなかったけど。ルトの調薬は、なんていうか、すごく、早くて、丁寧だった」


「あははっ。僕はもう何度もしてるからね。でも、ありがと」


 ルトはとても嬉しそうだ。




「さあさあ、もう一度やってみようじゃないか。次は、二人で協力して作ってみな」


 ミメアの言葉で、俺たちは再度、初級回復ポーションの調薬を始めた。

 今度はルトと一緒に、一つ一つの作業を確認し合いながら。


 何だかとても楽しい。

 先ほどはうまく出来なかった事も、ルトと一緒にやれば、うまくいく。

 きっともう一度、自分一人でやっても同じようには出来ないだろう。

 でも、この成功の感覚は、いつか必ず役に立つ。

 そんな気がした。



「出来たね。どう? 師匠」


「ああ、悪くない。二人とも、よくやったね」


 小鍋に満ちた液体を前にして、ミメアがルトの言葉に応える。

 そうして、俺とルトの二人の頭をポンポンと撫でた。


 何だかこそばゆい感じがする。

 先ほども感じたけど、これは何なんだろう?


 人に褒められることなんて、前生には殆ど無かったことだから、よく分からない。


 気が付けば、頬を熱い雫が流れ落ちた。


 ああ、二人が俺の顔を見てぎょっとしてる。

 そりゃそうだ。

 何の脈絡も無く、いきなり泣き出す子供なんて、そりゃ不気味だろう。


 ああ、なんでかな。

 気持ちが沈んでいく。

 身体には知らぬ間に疲れが満ちていて、今すぐにでも倒れてしまいそう。


「ショーゴくんっ! 大丈夫? どうしたの? ショーゴ?」


 ああ、ルトが俺の身体を揺すっている。

 俺の肩を掴むルトの手から、温もりが伝わってきた。

 何なんだろう、これ。


 そのまま俺は、温かな闇の内に沈んでいった。




 気が付けば、見知らぬベッドに寝かされている俺。


 え、何があったっけ?


 思い出そうとしたら、スルスルと記憶がよみがえっていく。


 え、めっちゃ恥ずかしいんですが。


 全部を思い出し、思わずその場で膝を抱えていると、そこへ部屋の扉を開けて、ルトが入ってきた。


「あ、ショーゴくん。起きた?」


「うん。ここは……?」


「僕の部屋だよ。ショーゴくん、急に倒れちゃったから。おばあちゃんの話だと、集中しすぎて疲れちゃったんだろうって。暫くすれば起きるだろうからって、ここに寝かせといたんだよ」


「そっか、……! 今、何時?」


「え、ああ。そろそろ、四つ目の鐘が鳴る頃かな」


 とすると、いつも雑用依頼を終える頃だ。

 俺は慌てて、ベッドから起き上がった。


「帰らないと」


「あ、そうだね。大通りまで送っていくよ」


「ありがと」


「うん。……ショーゴくん、今日は楽しかった?」


 随分と深刻そうな顔をして、ルトは尋ねてくる。

 俺は一瞬で、今日一日の事を思い出して。


「すごく、楽しかった」


 そう、口に出した。

 するとルトは、心の底から溢れるような笑顔を浮かべ。


「よかった。ね、ね、また来てよね。一緒に調薬の練習しよ」


 と、少しだけテンションを上げて言う。


「うん」


 そんなルトの言葉に俺は、心の底から頷いた。










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