020.薬師の練習を見学し

 机の上には、二種類の薬草が置かれている。

 その薬草には見覚えがあった。

 ヒエラとトーラだ。


「今日作るのは、薬師が一番最初に練習する薬。初級回復ポーションだよ。この二つは、この辺りで初級回復ポーションを作る時に使う素材だ」


「この辺り?」


 いつでも質問していいと言われているので、気になったことはどんどん質問していく。


「うん。よく使われる薬っていうのは、大体その地域で手に入りやすい素材を使って作る方法があるんだ。だから、薬のレシピっていうのは、同じ薬でも地域によって変わってくるんだよ。ヒエラとトーラはパンドラの森周辺でよく採取できる薬草だから、この辺りのレシピにはヒエラとトーラがよく使われる」


 なるほど。

 でもそれだと、地域によって同じ薬でも、違う効果になったりするんじゃないかな?

 たとえ、近い薬効の薬を作ろうとしても。


「使い素材が違っても、薬の効果は同じなの?」


「えーと。それは、どうなんだろ?」


 悩んだルトの視線が宙を彷徨った末に、祖母であり、薬師の師匠でもあるミメアへと向かう。


「少しずつ違う場合はあるね。薬の名前の定義は、その薬の対象となる症状に対して一定の効果が発揮されることだ。勿論、薬効は症状に対して最適となるように調節されているから、発熱対策の薬なのに、実は傷に使う方が効果が大きい、なんて事にはならないよ。精々が、微弱な効果の有無程度さ」


 ふんふん、と頷きながら、ミメアの話をルトと二人で聞く。

 さすがはその道の大ベテランだ。

 その回答には一切の淀みが無く、そして分かりやすい。


 そんな俺たち二人の姿を見て、ミメアは何故か楽しそうに笑う。

 なんだろ?

 嫌な感じはしないけど。


「ついでに言うと、『薬草知識』のスキルレベルが上がれば、初見の薬草であっても大体の効能は見れば分かるようになるし、『薬物知識』と『調薬』のスキルが合わされば、似たような薬のレシピは簡単に思いつく。だから、薬師が旅をする時は、最初にその地域で手に入りやすいものを確認しておくのさ。でも、そこから薬効を最大限に発揮させるには色々と手探りでやっていく必要があるからね。一番いいのは、薬師ギルドに行って、その地域で一般化されてる薬のレシピを調べることだよ。まあ、調べられるのは、公開されてるレシピだけだがね」


 それは誰に対して、言った言葉なのだろう?


 冒険者として、自分で採取から行うことを目指しているルトか。

 それとも、何れは更なる儲けを探して、この町を出ていこうと考えている俺にか。


 順当に言ったら、ルトなんだろうけど。

 何となく、ミメアは二人に向けて言っているような気がした。


 なんだろうね。あの、全てを見透かすような視線は。

 年の功ってやつかね?


「さあさあ、続きにかかりな。ルト」


「はい、師匠」


 ミメアの言葉で、ルトがもう一度机に向かう。


「えーと。何処まで話したんだっけ? あ、そうだ。下処理のことも話しておかないと。薬草にはそれぞれ、必要な下処理があってね。例えば僕が昨日、採取した薬草で言うと。あそこにあるミストラは干して乾燥させておくと薬効が高まるし、この瓶に入っているパルガは、油に付けておかないと数日で薬効が消えちゃうんだ」


 ミストラは天井に吊るされた少し青みを帯びた楕円形の葉っぱを付けた植物だろう。

 瓶の中に入ったパルガは、油でちょっと見にくいが細くて短い緑の葉っぱをしている。

 どちらも昨日、ルトが採取してきたってことは、南門の近くに生えてたはずだけど、全く記憶にない。


 それ以外にも下処理の方法は多岐に渡るらしく、ルトは代表的な方法を幾つか、現物を示しながら教えてくれた。


 ちなみに、今回使うヒエラとトーラも、暫く保管しておく場合はしっかりとした下処理を行う必要があるらしいけど、すぐ使うのであればしてなくても大丈夫なのだそうだ。



「じゃあ、いよいよ初級回復ポーションの調薬をしていくよ。自分で採取してきた薬草は、まず水で良く洗うこと。この時、葉を傷つけると薬効が逃げちゃうから、丁寧に洗っていくんだ」


 そう言うとルトは、『生活魔法』により出した水で、ヒエラとトーラを丁寧に洗い始めた。



「次は主素材として使う、ヒエラの処理をしていくよ。今回使うヒエラの数は二束。ヒエラはまず茎から葉っぱを摘んだ後、刻んだものを煮込んでいくんだ。この時に注意することは、ヒエラをあんまり潰さないように、しっかり研いだ刃物で一気に刻んでいくこと」


 ルトは説明しながらも、丁寧な手つきでヒエラを刻んでいく。

 それは良いんだけど。


「主素材?」


「ああ。主素材っていうのはね、その薬の中心となる薬効を受け持つ素材のことだよ。初級回復ポーションは、生命力を高めて傷を癒す為の薬だからね。生命力を高める効果のあるヒエラをそのまま主素材として使ってるんだ。ちなみにトーラは副素材って言うよ。副素材は主素材の効果を高めるめに使うんだ。今回のトーラはヒエラの生命力を高める効果を増強するのに使ってる。ヒエラの持つ効果は、あんまり高くはないからね」


「もしかして、主素材になる素材は薬の効果を持ってないこともあるの?」


「うん。薬の素材には毒草を使ったりすることもあるから。そう言う時は、毒草と毒草の毒を薬に変質させる素材を二つ合わせて主素材にするんだ」


 ヒエラを刻み終わったルトは、水を張った小さな鍋にそれらを入れていく。


「水の量はヒエラを二束に対して、小鍋一杯分。この水は裏の井戸から汲んだこの辺りの地下水を使う」


「『生活魔法』の水じゃいけないの?」


「絶対にダメって訳じゃないけど、地下水を使った方が出来上がったときに薬の効果が高まる。薬師なら、安全に薬の効果を高める方法があるなら、出来る限り実践しないと」


 そう言いながらルトは、チラリと先ほどからこちらを見守るミメアへ視線を送る。

 視線を送られたミメアは満足そうに笑顔で頷いた。


 薬師の矜持って奴かな。

 きっと、こういう一つ一つの事が、薬師となるためには重要なんだろう。


 ルトは小鍋を竈で火にかけて、煮出していく。


「次はトーラの処理をしていくよ。使うのは一束。トーラはまず、この薬研で磨り潰しながら、少しずつ水を足していく。水の量は最終的にトーラの重さの三倍になるまで入れる。ヒエラの方は、そこまでしっかり計らなくてもいいんだけど、トーラはトーラの重さと水の重さはしっかりと計っておかないと、薬効が正しく現れないから気を付けないといけない。ちなみにこの水も井戸の地下水を使ってるよ」


 一束のトーラを秤でしっかりと量った後、今度は井戸水を秤で計って、トーラを薬研で潰しつつ、そこに量った水を少しずつ足していった。


「トーラがしっかり磨り潰されたら、水を全部入れて軽く混ぜた後、布で濾していく」


 ルトは綺麗な布を器の上に被せて止めると、ゆっくりと薬研の中に溜まった液体をそこへ流し入れていく。


「こっちはこれで良し、と。じゃあまたヒエラの方に移ろう。ヒエラを煮出してる小鍋の火から離すタイミングは、水の色を見るんだ。水が元のヒエラと同じ色になったところで、火を止める。ここは少しでも煮出し過ぎると、薬効以外の不要な効果がヒエラから出てきちゃうから気を付けないといけない」


 ルトの手元には加工前のヒエラ。

 ルトはそれと小鍋の中の水の色を慎重に見比べていた。


 暫く、小鍋の湧く音だけが部屋の中に流れ。

 そして、


「今っ!」


 声に出すと共に、小鍋を火から離した。


「火から離したら、こっちも布で濾した後、さっきのトーラの水と混ぜる。それを火にかけて、暫く混ぜたら初級回復ポーションの完成だよ」


 ヒエラを煮出した熱湯を布を張った器に流し入れたルトは、その間に小鍋を『生活魔法』の水で洗い、しっかり水をふき取った後に、小鍋へそれぞれに濾した液体を混ぜ入れていく。

 そうして、その混合液をまた火のついた竈へと戻した。


「この時の注意点は、絶対に沸騰させない事。ここで沸騰させちゃうと、トーラの薬効が変質しちゃうんだ。だから火の強さを調節して、沸騰だけは絶対にしないよう気を付けないといけない」


 竈の火は暫く薪を足してなかった事で、先ほどよりも弱くなっている。

 その火に小さな薪を足しつつ、ルトは竈の火力を慎重に調整しながら、小鍋をかき混ぜていた。


 その姿は真剣そのもの。

 恐らくルトは今日一番、集中している。


 これで完成という話だし、きっとここが最も重要な部分なのだろう。


「うん、良さそう」


 暫くして、ルトが小鍋を火から外し、竈の火を消した。


「ふう。これで初級回復ポーションは完成。あとは冷まして、この専用の薬瓶入れてくだけ」


 緊張を解いたルトが、空のガラス瓶を振りながら言う。


「専用の薬瓶?」


「そうだよ。この薬瓶にはね、薬の劣化を防ぐ為に特殊な製法で作られているんだ。まあ、これでも完全に防げるわけじゃないけどね」


 薬の劣化、特殊な製法、完全には防げない。

 色々と気になる言葉が出てきた。

 俺がそれらについて、さらに質問を重ねると、ルトはそれら一つ一つに応えていく。

 たまに答えに詰まったときなどもあったが、そんな時は隣からミメアが補足を入れて、それを俺とルトの二人で真剣に聞いた。


 専用の薬瓶はガラス瓶に見えて、実はガラスでは無く、どちらかというとクリスタルに近い材質だということや、劣化を防ぐ為に行われる術式の付与は高度なものほど劣化が遅くなっていくけれど、反面、かかる費用も上がっていくということ。


 ポーションは基本的に効果が低いものほど劣化が緩やかなことや、保管に使う薬瓶の品質は、ポーションのランクによって変えていること。


 あとは専用の薬瓶は、自作することも可能だが、施設や道具、素材などの関係で、基本的には薬師ギルドで購入した方が良いということも教えてくれた。


 ただ、薬師ギルドのそういったサービスを利用するためには、薬師として登録した人間の協力が必要らしい。

 その為、ルトも薬瓶の購入や初級回復ポーションの売却は、ミメアに行ってもらっているそうだ。


 それ以外にも、薬師ギルドには様々なサービスがあると教えてもらった。聞くだけなら登録の必要は無いようだし、今度ちょっと覗いてみようかな?


 なんてことを考えていたら。


「さあ、次はショーゴの番だ。ルトのやり方を見て、大体は分かっただろう? 分からないことがあればルトの助けを借りてもいいから、――やってみな」


 唐突に、ミメアは俺に対してそう告げた。




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