019.ルトの家にお呼ばれした日
翌朝、宿舎の皆と朝食を食べた後、俺は皆について冒険者ギルドへと向かった。
ルトとの約束は、朝の時間に冒険者ギルド前で待ち合わせ。
いつもの掲示板を素通りして、冒険者ギルドの表側から外に出ると、既にルトは待っていた。
「おはよっ、ショーゴくん」
「うん。おはよう、ルトさん。今日は一日よろしく」
「任せて!」
一通りの挨拶を終えると、俺とルトは連れだって大通りを北に向けて歩き出す。
事前に聞いていた話だと、これから行くルトの家は冒険者地区の北、町人地区にあるそうだ。
「急に僕が行っても大丈夫なの? その、ルトさんのお婆ちゃんは」
歩きながら、俺は気になっていたことをルトに改めて尋ねてみた。
ルトは良いと言ったけど、ルトの祖母の意見も気になる。
これから顔を合わせるわけだから、自分がどういう立ち位置で居ればいいのかは事前に知っておきたい。
「うん。全然大丈夫だよ。そもそもおばあちゃんが言ってたんだ。薬師の仕事に興味のある子がいたら、連れてきてもいいって」
「そうなの? なんで?」
「うーんと。薬師ってね、実はそんなに多く無いんだ。特にこの町では」
おや?
聴いていた話とちょっと違う気がする。
ルトはこの町が薬師にとって理想的な環境だって言っていたはずだけど。
そんな俺の想いが伝わったのか、ルトは慌てて被りを振る。
「この町が薬師にとって良い場所っていうのは本当だよ。ただ、何と言おうとここがアルステム王国の辺境であることは間違いないことなんだよね。危険なパンドラの森も近くにあるし。それに最近は道が整備されてクレッセンとの行き来も安定して出来るようになってきたから、そっちで素材を待てばいいって考える薬師が多くなってきたらしいよ?」
ルトの言葉が次第に疑問形へと変わっていくのは、聞きかじりの情報だからかな?
クレッセンは確か、この町の北にある商業が盛んな町だっけ。
朝食の席で、誰かがちらっと話していたのを聞いた気がする。
興味はあるんだけど、この世界での町間の移動っていうのは、かなり危険って話だから、今のところ、イストールを離れることは考えていない。
せっかくこの町で地盤を築き始めてるのに、あちらに行ったからって、ここより状況が改善するとも限らないし。
たとえ、イストールよりも安全だとしても。
「この町は薬師が少ないの?」
「らしいよ。それに薬師になれる人も、あまり多くないんだ。薬師になるには才能が必要だから」
「才能?」
『調薬』や『薬草知識』、『薬物知識』といったスキルを覚えるための才能だろうか?
「うん。薬に対する興味と根気」
「それって、才能なの?」
「大切なことなんだよ。薬の調薬ってすごく細かいことばかりで、その細かいことがすごく大事になってくるんだ。『調薬』のスキルを覚えたら、その辺りもある程度、感覚でわかるようになるらしいけど、しっかりと量った方がいい薬が出来る。だから、薬に興味があって、細かい作業を続けられる根気が無いと、優秀な薬師にはなれないんだよ」
何だか少し落ち込んだ様子でルトは言う。
「何かあったの?」
「うん、まあね。おばあちゃんが言ってたからっていうのもあるけど、僕も同じように薬師の事を話せる友達が欲しくて、色々な子たちを誘ってるんだ。でも、皆が興味あるのは『薬草知識』や『薬草採取』ばっかりで。そりゃ、冒険者なんだから当たり前だよね。だから、今まで家に来てくれたのも、一人だけなんだ」
あー。
誘われてるの、俺だけじゃなかった。
そりゃそうか。そうだよな。
こんなちびっこを誘う前に、他の子たちを誘うさ。
まあ、俺としては助かるんで、問題は無いんだけど。
「その一人っていうのが僕の幼馴染でね、マリイって女の子。ほら、秘密の依頼の時にもいたでしょ」
よく冒険者ギルドでルトと一緒にいる女の子か。
確か、薬草仕分けの依頼でも一緒だったはずだ。
「マリイはそこまで熱心だったわけじゃないけど、誘ったら行くって言ってくれてね。でも、薬師の練習が始まって、ちょっとしたら、もうダメ。最後には完全に興味を失くして、外の庭で木剣の素振りしてたよ」
あんまり話したこと無いから詳しくは知らないけど。
結構、武闘派なのかな?
そんなことを話している内に、町人地区までやってきた。
ルトの家はそこから東にあるらしい。
確かこちらには、生産ギルドの中でも薬師ギルドや鍛冶ギルドがあるんだっけ。
大通りから逸れて、中くらいの道に入っていく。
そこからさらに細かい道に入って、暫くルトの後をついていくと。
ルトが一軒の家の前で立ち止まった。
「ここだよ」
それは町人地区ではよく見かける木造の一軒家だ。
端には庭が付いていて、宿舎の前にもあるような小さな畑が耕されている。
もしかして、薬草を育てているんだろうか?
俺が畑をじっと見つめていた事に気が付いて、ルトがそれについて説明してくれる。
「ああ。あそこの畑に本格的な調薬で使う薬草は無いよ。いくらイストールが魔境の近くだからって、さすがに町中で薬草は育たないから。あそこで育ててるのは、香草とか野菜だよ。まあ、調薬に使えないわけじゃ無いみたいだけど」
「そうなの?」
「うん。調薬に使う素材は薬草だけじゃ無いからね。『調薬』のレベルが上がると薬草以外の植物や鉱石、魔物の身体の一部なんかも使うみたい。って、詳しい事はおばあちゃんの方が詳しいよ。早く行こう?」
ルトに促されて、家の中へと入っていく。
『調薬』の練習は、ルトの祖母が仕事で使う専用の部屋で行うそうだ。
案内された部屋に入ると、草の匂いが鼻一杯に広がった。
色々な植物の匂いが混じり合って、独特な匂いになっている。
癖はあるけど、嫌いじゃない。
『調薬』の為に用意された部屋は、魔法の明かりで満たされていた。
部屋の天井には無数の縄が張り巡らされており、そこには様々な種類の植物が吊るされている。
部屋の中には長細かったり丸かったりするガラス瓶や秤、真っ白な乳鉢や見た目からは何に使うのかも分からないような器具がたくさん乗った机。壁の一面には棚が所狭しと並んでおり、窓は小さいものが一つあるのみ。
それから何よりも目を引くのは、竈の上に乗った大釜。
まさに、薬師の作業場。
むしろ、魔女の住処!
そんな部屋の一角に、肘掛け椅子に座った老婆が一人。
重ねた歳を象徴するかのような白髪と、ルトによく似たこげ茶色の瞳。
背筋はピンッと伸びており、その表情はこちらを試すかのような挑発的な笑顔。
あれがルトの祖母かな?
「その子がルトの友達かい?」
「うん、そうだよ」
頷いて、こちらに視線を向けたルトは、少し立つ位置をずらして、俺がルトの祖母から見えるようにした。
そこで俺は一歩前に進み出て、ルトの祖母へと自己紹介をする。
「手伝い級の冒険者で人族のショーゴ。六歳だよ。今日はよろしく」
「はっ。今度はまた随分とちっちゃい子を連れてきたね。まあ、薬に興味があるなら大歓迎さ。あたしは匠級の薬師で人族のミメア。歳は今年で六十八になる。ルトの祖母だよ」
年齢まで告げたら、そのまま返ってきた。
名前はミメア。匠級?
「匠級って?」
「ああ。冒険者ギルドにもランクがあるだろ? それと同じで、薬師ギルドにも所属する薬師の位を示すランクがあるのさ」
ミメアに教えてもらった所によると。
薬師ギルドのランクは下から、見習い級、三流級、二流級、一流級、熟練者級、匠級、到達者級、達人級、創造者級、神級と上がっていくらしい。
ちなみに、薬師ギルドに現存する最上位のランクは到達者級まで。
達人級は薬師ギルドに所属する者たちの中には存在せず、創造者級は歴史を遡って稀にその存在が確認できる程度。
神級に至っては、その存在すら定かではないという。
それでもランクが存在しているのは、そのランクの薬師が作ったとされる薬が極稀に発見されるから、だそうだ。
例えばそれは、どんな難病も癒すことが出来る薬だったり、死人すら復活させることが出来る薬だったり、はたまた飲めば無敵の力を得られる薬だったり。
なんとまあ、随分とそそられる話である。
スキルのレベルを購入できる俺ならば、何れはそこにも辿り着けるのかな?
いやむしろ、あの借金を返すには、そのくらいは出来ないとダメだ。
そのくらい、当たり前に作れるようにならないと。
「まあそんな夢のような薬の話はさておいて、今は基本から始めないとねえ」
俺を見て楽し気に笑ったミメアは、ルトに視線を移すとそう告げる。
自己紹介はそろそろお終い。
いよいよ、今日の本題であるルトの練習が始まるのだ。
「ルト。今日はショーゴに分かるよう、一つ一つの手順を説明しながら行いなさい。手順をしっかりと説明するのは、自分自身の理解力を高めるのにも役立つからね」
「はい、師匠」
一転して真剣な表情で告げるミメアに対して、ルトも真剣な表情で頷いた。
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