039.スキルの制御を頑張りました
周囲からの魔力を感じて、夢が薄れていく。
次の瞬間、俺は咄嗟に『魔力感知』の手綱を握り、その範囲を縮小していった。
周囲から感じる魔力はすぐに安定していく。
どうやら、薬の効果が切れたようだ。
目を開けると、まだ薄暗い。
でも、薬の効果が切れたからには、もう起きないと。
『魔力感知』を覚えてから、三日が経った。
この三日間は、死に物狂いの日々だった。
ベッドの中でひたすらに、『魔力感知』の制御を行う。
外部から齎される膨大な情報量により、常に頭痛が続く頭を抱えながら。
ミメアに持たされた薬が無かったら、きっと夜に安心して眠ることも出来なかった事だろう。
あの時、無理やりにでも薬を持たせてくれたことは、感謝してもし切れない。
さすがにこれは絶対、何らかの形でお礼をしなければいけないだろう。
ただ、薬を使っているとどうにも感覚が鈍って、しっかりとした制御の練習にならない。
その為、薬の使用は夜寝る時に限り、他の時間は薬を使わずに練習を続けた。
まあ、お高い薬を出来るだけ、使いたくなかったって言う理由も、ちょびっとだけあるのだけれど。
無理をしてでも、練習に時間を費やしたお蔭で、どうやらようやく『魔力感知』を扱うコツが掴めてきたようだ。
俺はベッドから起き上がると、意識を集中して『魔力感知』のスキルを閉ざした。
周囲から魔力の気配は感じられるが、その細かな情報は流れてこない。
よし、上手く出来てる。
これは昨夜、ようやく出来るようになったことだ。
イメージとしては、瞼を閉じて視界を封じる感じ。
これで『魔力感知』の常時発動は無くなった。
そんなことが出来るなら最初からやれって話だが、最初は出来なかったんだから仕方がない。
多分、普通は『魔力感知』のスキルレベルが一の時に、このやり方を覚えるのだ。
でも俺は、取得してすぐに『魔力感知』のスキルレベルを上げてしまった。
そのせいで、俺の制御できる範囲を越え、暴走状態になってしまい、スキルを切るに切れない状態になってしまっていたのだ。
まあ、スキルを切るって言っても、完全にスキルの効果が消えている訳では無い。今も、魔力が周囲に満ちていることくらいは分かる。
瞼を閉じていても、周囲の明るさくらいは分かる、みたいな。
ただ、まだたまに、ふとした瞬間、『魔力感知』が動き出すことがある。
特に俺の意識が無い様な時。
そう、睡眠時だ。
だからまだ、眠る時は薬を飲んでから寝るようにしている。
ミメアから聞いた話では、もっと慣れてしまえば、『魔力感知』が勝手に動き出すことも無くなるという。いや、そもそも、常時発動した時に情報量の多さで頭が痛くなることが無くなるとか。
まだまだ、練習を続けなくちゃ。
それはともかく。
これでようやく、また働くことが出来る。
稼ぐ当てが出来たとはいえ、一年間の中で三日間も無駄にしてしまったのだ。
体調不良で倒れたならば仕方がない。
休むのも、次の稼ぎに繋がる大切な行動だ。
それは別に何の問題も無い。
問題はその原因だ。
最初からスキルについて、深く知っていれば。
そうでなくても、慎重にスキルレベルを上げていけば。
今回の事態は防げたはずなのだから。
これからはスキルの事を、ただの便利なもの、と考えるのではなく、もっと気を付けて、慎重にスキルの取得や、スキルレベルの上昇を行っていこう。
そんな決意をした後、俺は部屋をそっと出る。
まだ周囲は薄暗いけれど、宿舎の中を歩くくらいなら問題は無い。
そうして俺がやってきたのは、宿舎の台所。
そこには既に先客がいることを示す明かりがついていた。
台所の中を覗いてみると、黒髪の男の子が一人、こちらに背を向けて朝食の準備をしている。
宿舎組の中で上から二番目に年齢が高い黒髪黒目の男の子、レイトだ。
「おはよう、レイトさん」
「ん。あ、ショーゴくん。おはよ、もう体調は大丈夫なの?」
俺が声をかけると、レイトは振り返って俺に挨拶を返した後、少し心配そうに俺の顔をじっと見た。
「うん、大丈夫。その、ありがとう」
俺が倒れている間、何度かレイトが部屋に尋ねてきたことを、俺は覚えている。
ある時は、その手に朝食を持って、またある時は、薬を飲むための水を持って。
あれには本当に助かった。
あれが無かったら、きっともっと大変だったことだろう。
「気にしないで、慣れてるから。それに、大変な時は助け合わないと」
その言葉に、ちょっと涙が出た。
助けてほしい時、助けてくれる人が側にいるっていうのは、本当に幸せなことだ。
「何か手伝うことある?」
「手伝ってくれるの? じゃあ、こっちで切るのをお願いしようかな」
「うん!」
俺はレイトの側まで駆け寄って、言われた作業を始める。
朝食の席にて、宿舎の皆からも回復を祝う言葉を頂いた後、俺は皆と共に久しぶりの冒険者ギルドへとやってきた。
と言っても、俺の目的地はここじゃない。
皆が冒険者ギルドで依頼を受けている横を通り過ぎて、俺は大通りへと通じる扉を抜けていく。
そうして、向かった先はルトの家。
今日の目的は、元気になったことを報告することと、薬のお礼、それからあの日に聞き逃した冒険者ギルドで必要とされている薬の作り方を聞く為だ。
時間と素材があれば、出来る事なら調薬までしてみたい。
「こんにちは、ミメアさん」
「おや、来たんだね。もう調子はいいのかい?」
「うん、大丈夫だよ。その、薬、ありがとう」
「ちょっとこっちへおいで」
ミメアに呼ばれ、側に近寄ると、頭を掴まれてじっと目を合わされた。
「まあ、悪くは無いようだね。でも、無理はするんじゃないよ。命に係わることは無いだろうが、無茶をすれば怪我に繋がることもあるんだから」
「う、うん。気を付ける」
確かにまだ、本調子とはいえない。
ミメアの目はしっかりと、俺の体調を見通しているようだ。
「それで、今日は冒険者ギルドから言われた薬の作り方を聞きに来たのかい?」
「うん。お願い」
「ついといで」
俺の質問には直接答えず、ミメアは俺を調薬室へと連れていった。
「それで、『魔力感知』のスキルはどのくらい使えるようになったんだい?」
「魔力があるってところくらいは、なんとなく」
『魔力感知』に集中すれば、それぞれの魔力の違いも分かるのだけど、そうするとまた頭痛が起きて、目の前のことに集中できなくなる。
それでは元も子も無いだろう。
そんなわけで、俺は敢えてそう応えた。
「なるほどね。あれから三日にしては上出来だ。じゃあ、この間の続きからいくよ。四つのポーションの素材に関する法則は覚えているかい?」
「回復ポーションは生命力の強い薬草、魔力ポーションは水が大切、活力ポーションは根っこや木の実、解毒ポーションは毒を薬に変える、だよね」
「ああ、それだけ分かってりゃ十分だよ。なら、これからあんたたちが冒険者ギルドからお願いされたっていう四つの下級ポーションを調薬していくから、それを見て手順を覚えるんだ。その時に出来るだけ、魔力の流れを追ってみな。いいね?」
「うん」
俺は『魔力感知』の範囲に注意しつつ、ミメアの手元に集中する。
下級回復ポーション、下級魔力ポーション、下級活力ポーション。それからついでに下級解毒ポーション。
ミメアは一つずつ、丁寧に、調薬を行っていった。
俺はその一つ一つで、魔力を意識しつつ、手順を覚えていく。
感知できる魔力を最小にまで抑えていても、何となく魔力が動き、交わり、変化していく様子は分かるようだ。
熱と冷気、水と素材同士、刻み方や混ぜる動作、時間などでも微妙に違っている気がする。まあ、明確に分かった訳じゃないけれど。
この程度の『魔力感知』であっても、調薬への理解がより深まっていくのを感じる。
やっぱり、いきなり欲張るべきじゃなかった。
そうしたら、もっとスムーズに調薬の練習が出来たのだ。
しかし、理解の深まった理由は、『魔力感知』だけでは無い。
紙に書かれたレシピを確認することと、人から教えられることでは、やはり理解の深度が違ってくる。
特にミメアは重要な部分を敢えてゆっくりと、丁寧に見せてくれた。
それにしても、深く知れば知る程に、調薬というものの奥深さが見えてくる。
全ての工程、全ての作業、全ての動作に意味があり、それらが合わさってポーションに込める魔力をより洗練させていく。
さながらそれは一種の芸術のようで、俺はミメアによるポーションの調薬から目が離せなくなった。
俺が『魔力感知』を高めれば、もっとこの魔力の深い部分を知ることが出来るのだろうか?
果てしなく遠い、魔法薬の調薬という仕事。
その果てに思いをはせた俺は、自身の胸が高鳴るのを感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます