040.もう一つの調薬を教わろう
「四つのポーションの調薬については、これで大丈夫だね。お次は造血丸と止血帯の調薬方法だ」
「うん」
「これらの薬は魔法薬との対比で、自然薬って呼ばれている。まあひと昔前までは、普通に薬と呼ばれていたけどね」
「自然薬?」
「ああ。その辺りの由来に興味があれば、あとは自分で調べな。あたしはあんまり興味が無かったからね。よく知らないんだ。そんなことよりも今は、自然薬を調薬するときの特徴のほうが重要だろ。さあ、しっかり覚えるんだよ」
「――うん」
俺は気合を入れ直して、真剣に頷いた。
「さて、自然薬の特徴は何と言っても、魔力があまり関与しないところだね。だから、魔法薬と違って、『魔力感知』は然程、必要じゃない。その代わり、自然薬の調薬で重要なのは、何よりも『調薬』の技術だと言われている。でもね、あたしはそれ以上に、自然薬の調薬では薬師としての才能が大切になってくると思ってる」
薬師としての才能。
確か、それは。
「薬師の才能。即ち、薬への興味と根気だ。特にこういった下級の自然薬の場合、まだ『調薬』の技術もそこまで重要じゃあない。むしろ、興味と根気さえあれば、『調薬』のスキルが無くても調薬できるくらいだ。実際、下級に分類される自然薬の中には、薬師ではない一般人がレシピのみで作っている場合もある」
「薬師ではない一般人?」
「そうさ。まあ、『調薬』を持つ薬師が作った薬と比べれば、その薬効は随分と落ちるし、効く効かないもマチマチ。それに薬師ギルドに登録していないものが作った薬は、個人で使う分には良いが、他人に売ることは出来んがね」
「レシピはどうやって?」
「ああ。彼らのレシピの入手先かね? そうさな、自分で試してみつけたり、先祖伝来の知識を両親から習ったり、有名な薬であれば書物で伝えられてあることもあるな。あとは、薬師から漏れたレシピなどもあるらしいと聞く。まあ、どちらにせよ、『調薬』を持たぬような者たちでは、調薬が出来ても簡単な下級の自然薬くらいさ。それでもし、『調薬』のスキルが育つほどに調薬を続けるようなものがあれば、そういった者たちはさらなるレシピを求めて、薬師ギルドへ所属することになるからな」
幼い頃からずっと、初級薬の調薬を行っていたルトでも、最近になってようやく『調薬』のスキルを身につけることが出来た。
きっと『調薬』のスキルを覚えるのは、それくらい長い時間が必要なのだろう。
薬への興味と根気が続けば、『調薬』のスキルが手に入る。
それが薬師としての才能の証拠ってことか。
「今から調薬する造血丸と止血帯も、そんな下級の自然薬の一つさ。だから、レシピ自体もそこまで難しいものじゃない。『調薬』や『魔力感知』のスキルよりも、根気が大切になってくる。まあ、あたしはショーゴなら問題無いとは思うがね。ふふ」
そう言って笑うミメアの表情は何処か、俺を試しているようだ。
「それじゃ、まずは造血丸からいこうかね」
そうしてミメアは使う素材を机の上に用意すると、一つ一つ調薬を行いながら、レシピの説明を始めた。
「さて、魔法薬の調薬が魔力の変化だとすれば、自然薬の調薬は薬効の足し算だ。基本的には似たような薬効を持つ素材を足していくことで薬へと変えていく。そこを踏まえてあたしが作る造血丸の場合は、カラバミの種とハスピリの木の実、エルトラーンの樹液にビックグリーンリーチの内臓、そしてブラッドバッドの血を使う。大体、この量で百粒の造血丸が作れるね」
俺は頭の中の薬草辞典と見比べつつ、一つ一つ素材を確認していく。
まずはカラバミの種。
これはゴマのような小さく丸い黒っぽい種で、カラバミという赤い花の種らしい。
それが十粒。
続いてハスピリの木の実。
これはちょっと大きめの硬い殻に覆われた木の実だ。
クルミっぽいけど、殻の色は紫色。
それが五つ。
それとエルトラーンの樹液。
エルトラーンという木から採れる樹液で、中瓶一杯に詰められた状態で置かれている。
色は少し緑に近い黄色、かな?
それが瓶一つ分。
あとはビッググリーンリーチの内臓。
ミメアが言うには巨大な蛭の魔物の内臓らしいけど、さすがに薬草辞典には書かれていないようだ。
濃い赤色でカラカラに乾いている。
それが三つ。
最後にブラッドバットの血。
こちらは、小瓶一杯に詰められている。
赤黒い色で、いかにもな色合いだ。
これは赤黒い色の吸血蝙蝠の魔物の血らしい。
「カラバミの種とビックグリーンリーチの内臓はそのまま、ハスピリの木の実は割って中身を取り出して、一種類ずつ磨り潰して粉にする。それが出来たら、粉にした素材を均等に混ぜ合わせ、エルトラーンの樹液を器に移して、そこへ混ぜ合わせた粉とブラッドバットの血を少しずつ加えていく。そして全てを混ぜ入れたら、あとはひたすらに捏ね上げるだけだ。気を付ける点をあげるなら、素材を磨り潰す際に一種類ずつ丁寧に行うことと、素材が均等に行き渡るよう混ぜ続けることかね。さあ、自然薬の調薬は身体で覚えてもらうよ。ショーゴの分も素材を用意したから、あたしの隣で調薬してみな」
ミメアが先に告げていたように、言葉として聞く分には難しいところは特にない。
実際、作業自体で難しいと感じるようなところは無かった。
ただこの作業、確かにかなり根気がいる。
この調薬では素材を完全に粉の状態にする必要があるらしい。
少しでも形が残っていると、出来上がった自然薬の薬効に偏りが出てしまうのだ。
俺はまず、カラバミの種を磨り潰す作業から始めたのだが……これがまた、難しい。
種が小さいうえ、ほどほどに硬いため、丁寧に力を入れて潰していかないとうまく潰れてくれないのだ。
俺は必至で、全ての素材を磨り潰すことに集中し続けた。
そうして、暫くの時間が過ぎ。
俺がカラバミの種を粉にし終わった頃には、もう帰宅しなければいけない時間がすぐ傍まで迫っていた。
これ以上時間をかけると、また冒険者ギルドでの夕食を逃す。
「よし。カラバミの種はこれでいいだろう。しかし、このまま調薬を続けるには時間が足りないね。まあ、始めた時間が遅かったから、これは仕方のないことさ。ショーゴ、明日もここに来れるかい?」
「うん、大丈夫」
「そうかい。なら、続きの作業と、止血帯の調薬は明日にしようかね」
ミメアにそう言われ、俺は後ろ髪を引かれる思いを残しながらも、宿舎へと帰っていた。
そして、翌日。
俺は宿舎で皆と朝食を食べた後、急く心のままにミメアの元を訪れていた。
「さあ、説明したレシピは覚えているね? 早速、昨日の続きから始めるよ」
ミメアは俺の行動を察していたらしく、既に調薬室の準備は整っている。
俺はミメアに感謝しつつ、続きの作業へ取り掛かった。
そこから先は特筆すべき点も無い、とても地味な作業だ。
前日に行ったカラバミの種を磨り潰す作業に比べれば、残った他の素材を磨り潰す作業に難しい部分は無い。
まあ、昨日の作業にしたって、時間を掛ければ誰でもできる作業だったけど。
丁寧に行うにはとにかく時間が掛かる。
俺が残る素材を粉にし終わったのは、昼を告げる三つの鐘が鳴った頃だった。
そこから粉にした素材を全て合わせ、ブラッドバットの血と共にエルトラーンの樹液に混ぜ合わせていく。
最後に混ぜ合わせた塊を、捏ね続ける。
捏ねるのを終える目安は、素材の色が安定すること。
全ての素材が均等に混ぜ合わさったら、あとは小さく千切って丸め、丸薬のサイズに整える。
それを暫く風通しの良い日陰で乾燥させたら、造血丸の完成だ。
今度の作業は体力を使う。
エルトラーンの樹液は空気に触れると、次第に硬くなってくるそうだ。
混ぜ続ければ、混ぜられなくなるほどに硬くなり過ぎることは無いけれど、それでも俺が全体重をかけて、ようやく形を変えられる程には硬い。
もうちょっとレベルを上げるべきか?
いや、もうすこし頑張ってみよう。
ミメアだって、そこまで力があるようには見えないけれど、うまく素材を練り続けている。
きっと、コツがあるのだ。
そしてそのコツは『調薬』のスキルの内にある。
そんな気がした。
それさえうまく使えるようになれば、もうすこし楽になる、かも?
それから俺は、『調薬』のスキルが示す動きを意識しながら、素材を練り混ぜ続け、なんとかミメアから合格を貰った。
最後の方は少し、力に頼らない練り混ぜ方っていうのが、分かってきた気がする。
あとは、練り上げた塊を小さく千切って、丸めていけば完成だ。
丸薬の大きさは、ミメアが千切ったものを参考にする。
そうして、百個の造血丸を千切り終える頃には、その大きさをしっかりと覚えていた。
「ふう」
「終わったようだね。うんうん、悪くない出来だ。これなら、売り物としても問題無いだろうさ」
俺の練り上げた造血丸を一つ一つ手に取って確かめたミメアは、満足そうな笑顔でそう告げる。
ようやく、終わった。
随分と長い調薬だったように思う。
もう一度調薬すれば、もうすこし早く出来るとは思うけれど、それでもやっぱりこれは一日仕事になりそうだ。
今回と同じように。
ああ、今日も四つの鐘が鳴る。
そろそろ、帰る時間だ。
どうしようかな?
まだ止血帯の調薬方法を教えてもらっていない。
同じ下級の自然薬ということは、こちらもきっと同じくらい時間が掛かるんじゃないだろうか?
「ミメアさん。止血帯の調薬も同じくらい時間がかかるかな?」
「そうさね。あちらはあちらで、時間が掛かる作業が多いよ」
「なら、止血帯の調薬レシピを教えてもらうのはまた今度にするよ。早く教えてもらった他の薬を調薬して、納品しておきたいから」
「そうかい? まあ、好きにするといいさ。前にも言ったように、あたしは大抵ここにいるからね。いつでも尋ねて来な」
「うん。その、いろいろとありがとう。ミメア師匠」
薬師ギルドのギルドカードを手に俺がそう呼ぶと、ミメアは少し驚いた表情をした後、楽しそうに笑っていた。
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