038.ミメアの瞳は答えを見透かす

「ショーゴ。お前、何か知覚系のスキルを覚えたね?」


 覚悟はしていたはずなのに、その言葉を聞いた俺はドキッとした。

 言葉の響き的に、『魔力感知』の事で間違いないだろう。


 そんな俺の表情から、ミメアは何かを感じ取ったようだ。


「ふんっ、なるほどね。お前の症状は、新しい知覚系スキルを覚えた際に、稀に陥る症状と同じなんだ。有名なところで『気配察知』や『生命感知』、『霊体感知』。それから『魔力感知』。ま、普通はそこまで過敏に反応することは無いんだがね」


 そんな症状があるのか。

 スキルを覚えることに、そんな危険があったなんて。これからスキル取得する時には、周りの状況にも十分に注意しないと。

 まあ、普通はそこまで過敏に反応することは無いってことは、今回のこれは多分、取得と同時にスキルのレベルを上げたせいなんだろうけど。


「覚えたのは『魔力感知』かい?」


 またもや、正解。

 恐る恐るミメアの表情を伺うと、真剣なその瞳は俺の心の奥深くまでをも見透かしているようだった。


「もしかして、ショーゴはユニークスキルを覚えているかい?」


 ユニークスキル?


 それは、知らない。

 前生で覚えた知識から、言葉の意味は一応、分かる。

 多分だけど、世界に一つだけの特別なスキルの事だろう。

 この世界でも同じなのかは分からないけど。

 もしかして、スキルカタログにもあるのかな?

 まあ、あったとしても、きっと覚えるにはかなりのスキルポイントを消費するんだろうけど。


「それとも、ギフト持ちかい?」


 う、正解だ。

 分かって言っているのか。

 それとも、ただのあてずっぽうなのか。

 どちらにしても、その質問を俺が聞いた時点で、バレるみたい。


「やっぱり、ギフト持ちかい。ああ、別にどんなギフトか言う必要は無いよ。ユニークスキルやギフトってのは、基本的には隠しとくもんだからね。冒険者なら尚更さ」


 ミメアの言葉に思わず胸をなで下ろす。

 能力について追及されたらどうしようかと思ってしまった。


「ショーゴはギフトについてどの程度まで知ってるんだい?」


「え、ギフトについて? それはどういう……」


 言われてまた、ドキッとする。

 俺のギフトの事を聞かれたのかと思ったからだ。

 しかし、どうやら違ったようだ。


「勘違いするんじゃないよ。あたしが言っているのは、ギフトそのものについての事さ」


 ギフトのこと。

 そう言えば、あんまり知らない。

 俺は商売神からギフトを貰い、ギフト『捧金授力』の説明は受けた。

 でも、ギフトそのものが何なのかを知っている訳じゃない。


 ギフトって、何?


「それは、よく知らないです」


「ギフトってのは、神々が人間に与える力のことだよ。何らかの宿命を秘めて神から授けられる者もいれば、単なる神の戯れに与えられる場合もあるって話だ。いつ与えられるかもそれぞれ。産まれた時から与えられているって者もいれば、幼子の頃に与えられる者もいるし、修行の末に授かったなんて話や死にかけの年寄りが与えられたって記録もある」


 本当に色々なんだ。

 俺の場合は、途中で与えられたってことになるのかな?


「まあ、結局のところ、ギフトなんてものは神々の気まぐれさ。そこに意味があろうと無かろうと、神々の考えることなんてただの人間であるあたしたちには分かり様がない。だったら、意味なんかないのと同じだよ。なるようにしかならないんだから。それでもまあ、強い力ではあるからね。せいぜい気を付けて、有効に使ってやればいい」


 確かに強い力だ。

 お金が必要という制約はあるけれど、それも少しずつ解決しつつある。

 種銭が出来たなら、あとは回すだけ。

 スキルを取得して、そのスキルでお金を稼いで、そのお金でまた新たなスキルを得る。

 きっと、これからどんどん、スキルは増え、お金も稼げていく。

 このギフトは、俺の力を強めてくれる。


 まあ、俺の場合は、まず借金を返すことから始めないといけないんだけど。


「ギフトはそれを与えた神の司る力によって、その性質を変えるそうだ。お前のギフトがどんな力かは知らないが、見えている部分だけで言うなら、スキルの習得速度に関するもんだろう。お前ももう分かってるとは思うけど、スキルの中には覚えたことで自身の害になるスキルってのもある。十分に気を付けるんだよ」


 俺はミメアの言葉に力強く頷いた。



「さて、起きられるようになったなら、こいつを飲みな。それでもうすこし、体調が良くなるはずさ」


 ミメアから受け取ったのは、小さな丸薬。

『薬物知識』で調べてみると、どうやら精神を安定させるための薬のようだ。

 魔法薬の類いでは無いようだけど、調薬の難易度は高そう。

 多分、お高い薬なんだろうな。

 そう思いながらも、俺は丸薬を手に取り、口に含んだ。


 う、苦い。


 俺はミメアが手にしていたコップを受け取ると、丸薬を一気に水で喉の奥へと流し込んだ。


「うんうん、よく飲んだね」


 そう言いながらミメアは、ポンポンと俺の頭を撫でた。

 心なしか、頭の痛みが少し和らいだ気がする。


「もう暫く休んでいたら、体調も落ち着くだろうよ。そしたら、今日はもう帰りな」


「……うん」


 俺がまたベッドへ横になると、ミメアがベッドの側の椅子に座った。

 どうやら、もう暫くついていてくれるようだ。


「あの、ミメアさん。ルトさんは?」


「ん、ルトかい? ルトはまだ調薬室だよ。さっき見たら、『生活魔法』の練習をしていたねえ」


 ルトも『魔力感知』を覚えようと頑張ってるのか。

 俺とは違って、正しい方法で。


「ショーゴも『魔力感知』を覚えたからって、そこで満足するんじゃないよ。使いこなせなけりゃ意味は無いんだ。精々、精進することさ」


 ううん、確かに。

 ギフトの力で『魔力感知』を取得することは出来たけど、現状を見る限りは使いこなせてるとはとても言えない。

 こればっかりはスキルレベルを上げるだけじゃ、意味は無いようだ。

 使いこなすためには、俺も『魔力感知』に慣れていかないと。


「うん。分かった」


 俺はベッドで横になったまま、ミメアに向かってはっきりと頷いた。


 頭の痛みは大分和らいだけど、まだもう少し頭の奥で疼いている。

 もうちょっと休んどこう。



 ベッドで横になりながら、改めて『魔力感知』にちょっとずつ触れていく。

 使いこなすためには、もっとこのスキルについて知っていかなければならないから。


 恐る恐る触れてみると、多少の頭痛はするけれど、薬の影響か先ほどよりは大分マシになっている。

 どうやら、広く、深く感じようとすると、頭痛が酷くなるようだ。

 ならば、狭く、浅くを意識して、『魔力感知』を使ってみる。


 うん、入ってくる情報量が減って、ちょっとは魔力が分かるようになってきた。

 でも、少しでも集中を解いてしまうと、また情報が増えて、頭痛が始まり、頭痛のせいで集中力が削られて、集中が切れると魔力を感知する範囲が広がり、さらに情報量が増えてしまう。


 悪循環だ。


 しかも、今は薬で抑えたうえで、この状況。

 もしも薬が無い状態で、ふとした瞬間に集中が切れて、この悪循環に陥ってしまったら、戻ってくるのにはかなりの時間がいるはずだ。

 今のうちに『魔力感知』をある程度、扱えるようになっておかないと、下手したら日常生活にすら支障をきたしそう。


 薬草採取と調薬のお蔭で、今のところお金にはまだ少し余裕があるけれど、雑用依頼も薬の調合も出来なければ、最悪、仕事をしていないとして、宿舎を追い出されかねない。

 確か、やむ負えない事情がある場合は、休むことも出来るらしいけど、それでも限界はあるだろう。

 それは一体、何日くらい?


 ああ、体調が悪いと不安が加速していく。

 普段、目をそらしている現実が目の前に現れて、何もかもを否定する。


 どうしよう。

 お金をうまく稼げなかったら。


 どうしよう。

 借金を返しきれなかったら。


 どうしよう。

 ルトやミメアに見捨てられたら。


 どうしよう。

 宿舎の皆に嫌われていたら。


 どうしよう。

 俺は、どうしたら。



 下手に頭を動かすと、嫌な想像ばかりが浮かんでくる。

 すると、『魔力感知』に集中できず、また頭痛が酷くなった。


 考えてはダメだ。

 どうせ何もかもは、なるようにしかならないのだから。


 今は一刻も早く、『魔力感知』の手綱を握ることだけを考えよう。

 そうだ。ルトも調薬室で『魔力感知』を覚えるために頑張っているんだから。


 ルトの事を考えたら、自然と意識が落ち着いてきた。


『魔力感知』に集中できる。

 大分、頭痛が和らいだ。

 あとはこれを、無意識に落とし込むことが出来れば。

 その為には、反復練習あるのみだ。



 その後、時間ギリギリまでベッドの中で『魔力感知』の操作練習を繰り返した俺は、何とか独りでベッドから立ち上がることに成功した。

 けれど、出来たのはそこまで。


 結局、そのまま一人で歩くのは難しく、心配したミメアにはあの丸薬が入った小瓶を半ば無理やりに渡され、ルトには宿舎まで送ってもらうことになってしまった。


 ああ、本当に何から何まで散々だ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る