043.冒険者ギルドで夕ご飯を

 途中でルトと別れた後、俺はそのままの足で冒険者ギルドへ向かった。

 時間は四つの鐘が鳴ったばかり。

 何だかんだで、夕飯には丁度良い時間帯だ。


 今日は下級回復ポーションの調薬に集中して取り組んでいたからか、そこまで動いたわけでも無いのに大分お腹が減っている。

 冒険者として手伝い級の依頼を受けていた時に比べると、あんまり動いた感覚は無いんだけど。


 俺はあちこちで見かける屋台から流れてくる美味しそうな匂いに意識を持っていかれそうになりながらも、何とか強い意志で冒険者ギルドを目指す。

 町人の多いこの辺りの屋台では、それなりに安い価格で売られているとはいえ、やはり冒険者ギルドの手伝い級限定おまかせ定食に比べると高い。

 今日は屋台で一個買うだけじゃ、少し足りない気がするし、お金を貯めるためにも我慢、我慢。



 冒険者ギルドの建物に入ると、受付カウンター前に数人の冒険者が並んでいた。

 と言っても、全員が俺と同じ手伝い級の子供たちだ。

 案の定、大人の冒険者の姿はまだ無い。

 本当はすぐにでも酒場に向かい、夕飯にありつきたいところだけれど、その前に俺も用事を済ませておこう。


「あれ、ショーゴくん。どうしたんだい。今日は依頼、受けてないよね?」


 今日の受付担当は狼人族の優しいお兄さん、ビスタだ。


「うん。今朝、受け取った素材の代金の支払いと、明日に受け取る素材を伝えておこうと思って」


「ああ、例のお願いの件か。早速、調薬してくれたんだね。ありがとう」


「うん。それで、代金は」


「あー。ちょっと待ってね」


 そう言うとビスタは受付カウンターの奥に引っ込むと、一枚の紙を手に戻ってきた。


「えーと、今回の代金がこれだね。払えるかい?」


 差し出された紙には、今朝受け取った薬草の種類とそれぞれの値段。そして、合計額が記されていた。

 合計額は銀貨一枚、大銅貨二枚。

 俺はズボンのポケットに手を突っ込むと、『無限財布』から書かれた金額を取り出して、受付カウンターの上に置いた。


「うん。確かに。それで、次は明日受け取る素材だったね。こっちはどうするんだい?」


 頼まれた薬は一通り調薬する予定である。そして、今日は下級回復ポーションの調薬を行った。時間が掛かる割に儲けの少ない自然薬系は後回しにする予定だから、明日は魔力ポーションか、活力ポーション、解毒ポーションのどれかの調薬を行いたい。

 この中だと、次は魔力ポーションが気になるかな。


「リラの葉を三枚と、ミスールの枝を一本を」


「リラの葉を三枚にミスールの枝を一本ね。分かった、残しておくよ」


「うん、お願い」


 復唱しつつ、紙にメモを取るビスタに頷くと、俺は受付カウンターを離れた。

 さあ、ようやく夕ご飯が食べられる。


 俺はそのままの足で、冒険者ギルドに併設された酒場へと向かう。

 すると、あるテーブルから声が掛かった。


「ショーゴ。今から夕飯か?」


 そちらに視線を向けると、獅子人族の少年ロダンがいる。どうやら、ロダンもこれから夕ご飯を食べようとしているらしい。


「うん」


「他で約束が無いのなら、ここで食べるか?」


 どうやらロダンは今、一人のようだ。俺はそれに頷き了承すると、ロダンの隣の椅子に座った。

 そして、酒場の店員に注文を頼む。注文したのはもちろん、鉄貨五枚でお腹いっぱい食べられる手伝い級限定おまかせ定食だ。

 注文をした後、食事が来るのを待っている間に、ロダンが話しかけてきた。


「ショーゴ、調子はどうだ?」


 こちらに向けらえたロダンの視線には、心配が浮かんでいる。

『魔力感知』で倒れた件では、ロダンにも散々、迷惑をかけた。

 ただでさえ、ロダンは今、大事な時期だというのに。


「もう、大丈夫だよ。それより、ロダンさんの方は大丈夫? その、見習い級への昇格試験がもうすぐあるんだよね?」


「ああ、知っていたのか」


 本人から直接聞いた訳では無いが、他の宿舎組のメンバーの会話から何となく察していた。ロダンのこの反応からして、正しかったようだ。


「確かに昇格試験は近々行われる、はずだったんだが」


 ん? あれ、はずだった?


「延期になってしまったんだ。ああ、ショーゴとは関係ないぞ。今朝、話しただろう? 最近、外部から冒険者が多くやってきてると。冒険者に根無し草は多いから、別に他所からやってくる冒険者というのが特別という訳では無いんだが、今回は少し数が多くてな。中には問題を起こす冒険者もいるようで、その対応に冒険者ギルドは今、人手を割いているんだ。だから、少し試験を延期することにした。――まあ、それだけが理由という訳では無いようだが」


「それは、残念」


「ああ、いや。残念ではあるが、仕方のない事でもあるからな。それに時間が出来たと思えば、完全に悪い事でもない。せいぜい、今のうちに見習い級へ昇格した後の為に、鍛えておくことにするさ――まあ、これはシグラフじいちゃんの受け売りだがな」


 笑顔で告げるロダンの表情からは、無理をしている様子は感じられない。どうやら、思ったよりも大丈夫そう。


「今は何をしているの?」


「そうだな。たまに手伝い級の依頼も受けているが、殆どの時間は先輩冒険者たちと戦闘の訓練をしている。スキルは習得出来たが、実戦で問題無く使う為にはまだまだ育てる必要があるからな」


 育てる。そっか、この世界では一般的にスキルを使い続ければ、スキルレベルが上がってくんだもんね。


「うまくいってる?」


「ああ、順調だ。とりあえず『短剣術』のスキルが三まで上がった。これで、街の周辺に出る魔物くらいなら一人で対処可能だ」


 おお、それはすごい。見習い級の依頼は幾つか見たけど、殆どは街の周辺にある草原で行う依頼だった。冒険者というのは基本的にパーティーを組んで依頼を受けるという話だし、だったらロダンはもうすでに見習い級として十分な実力を持っているということになる。


「なら、次の薬草採取は安全だね」


「そうだな。今度は俺だけで対処できるだろう。と言っても、相手は魔物だ。油断は禁物だがな」


「うん、気を付ける」


「ああ、そうしてくれ。そういえば、ショーゴは今、どんな依頼を受けてるんだ?」


「えっと、冒険者ギルドからの頼み事かな」


「ああ、冒険者ギルドからの依頼か。なら、ショーゴも訓練中ってことだな」


「うん、そんな感じ」


 本当は依頼じゃ無いんだけど、それを説明するには調薬の事とか、ルトの事とかまで説明しなきゃいけない。それに冒険者ギルドからの優遇は、ルトのおまけとはいえ、ちょっと特別なことの気がする。相手がロダンとはいえ、あんまり、口外しない方が良さそう。


「そうか、あんまり無理はするなよ」


「うん」


 そうこう話している内に、夕ご飯が運ばれてきた。

 ロダンと俺の二人分。


 今日の手伝い級限定おまかせ定食は、ウイーゼルの薄切り肉を焼いたものとスープ。スープの方は透明感があるけれど、良い匂いが漂ってくる。


「さあ、食べよう」


 そうして俺たちは、夕ご飯に手を付けた。




「今日は随分と食べたな」


「う、うん」


 ちょっと食べ過ぎたかもしれない。あまりにもお腹が空いていたので、いつもとは違って、そのままの量で頼んだのだ。何とか全部食べることが出来たけど、お腹がパンパン。やっぱり、この身体だとちょっと減らして貰った方が良かったな。


 隣を見ると、ロダンは俺以上の大盛をあっさりと平らげている。

 身体の大きさの違いかな? それとも、運動をしているから?

 ちょっと羨ましい。


 そう言えば、スキル一覧の中に、『大食い』とか『暴食』ってスキルがあった。

 これを取ったら、沢山食べられるようになるのかな?

 いや、そんなことでスキルポイントを消費したりはしないけど。


「帰るか」


 ちょっと口を開けられそうにないんで、俺はロダンに頷きで返した。



 明日はまた、調薬だ。

 下級魔力ポーションを調薬する。そしたら次は、下級活力ポーション辺りがいいかな。

 それで、その後に下級解毒ポーションを調薬する。

 それが終わったら、造血丸を調薬して、ミメアの所で止血帯の調薬方法を習う。


 それが終わったら、次はどうしようかな。

 儲けを考えれば、ポーション類の調薬をしていきたい。

 そうだ。今度、止血帯の調薬を習う時に、早く調薬するコツをミメアに聞いてみよう。

 教えてくれるかは分からないけど、もし『調薬』のスキルレベルが関係しているんだったら、その時は稼いだお金を『調薬』のスキルレベル上げにつぎ込む。

 それで、ポーションの調薬でもっと稼ぐんだ。


 そしたら次は、どうしよう?

 ずっと調薬だけを磨いていたって、借金が全て返せるかは分からない。

 どれだけ『調薬』のスキルを磨いても、自分で調薬を行う以上は、稼げる額も決まってくる。

 きっとそうやって、人一人が稼ぐお金じゃ、あの莫大な借金は返せない。


 あの借金の返済へ本格的に手を付けるのであれば、もっと効率的に稼げる方法を探さないと。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る