042.下級回復ポーション完成!
調薬室にある竃の火を調節して、弱火でミルカギを一本ずつ炙っていく。
調薬レシピでは、確かミルカギの全体が軽く温まるまで、だったかな。
大分あいまいだから、本来は『調薬』の感覚に任せて見極めるんだけど。
でも、俺は『魔力感知』の範囲を調節しつつ、記憶にある魔力の感じを頼りに行う。
ミメアは淡々とやっていたけれど、俺がやると時間が掛かる。
本当はもう少し火力を上げた方がいいんだろうけれど、それだと魔力の微妙な違いを追えずに、失敗してしまいかねない。
今の俺にとっては、この素材の一つ一つが高価なんだ。
失敗しないためにも、時間をかけて確実にしていく方がいいだろう。
それから暫く時間をかけて、俺は全てのミルカギを火で炙り終えた。
魔力はいい具合に変化している。
次は小鍋に水を満たし、そこへミルカギを入れていく。
くるくると鍋一杯に丸めて入れたら、ここから中火にかける、んだけど、その前に主素材のメヒエラの処理をしておこう。
メヒエラ。これは初級回復ポーションの素材となるヒエラと似た葉っぱだ。
楕円形で淵がギザギザとしている所は一緒。
しかし、こちらは葉っぱの色が濃い緑色だ。
実際、『薬草辞典』で調べてみると、ヒエラとメヒエラは元々、同じ植物らしい。
違いは育った場所の魔力の濃さ。
魔力が濃い場所で育つと葉っぱの色が深くなり、メヒエラと呼ばれるようになるそうだ。
メヒエラの処理は、まず葉っぱを綺麗な水で丁寧に洗い、それを鋭い刃物で刻んでいく。
この辺りはヒエラの処理と同じだな。
ただ、刻む時に葉脈を意識して、それをなぞるように切っていく必要がある。
また、その時に出来るだけ冷えた刃物で切ると、より魔力が安定するそうだ。
その為、先にナイフを以前も使った冷たい鉱石、水冷石へ当てておく。
そろそろいいかな。
冷えたナイフを使って、慎重にメヒエラを刻む。
そうして三束のメヒエラを全部刻み終えたら、止めていた小鍋に火をかける。
そこへ刻んだメヒエラを入れていくんだけど、入れる頃合いに気を付けないと。
調薬レシピでは、ミルカギの焦げた橙色が薄くなったらだけど、それだと『調薬』の感覚に頼る部分が多くなって、薬効へ僅かに影響が出る。
だから、俺はここもミメアが調薬した時の魔力を思い出し、『魔力感知』で小鍋から感じる魔力が、その時の魔力に近づくのを待つ。
よし、今だ。
俺は一気に刻んだメヒエラを小鍋に入れる。
次はこの小鍋をゆっくりと混ぜていく。
全体が混ざるように。
でも、早すぎると薬効が落ちる。
ゆっくり、ゆっくりと。
慎重に。
小鍋の中の液体が、メヒエラの色と同じ色に染まるまで。
ここも『魔力感知』の出番だ。
それが終わったら、一度火から上げて、中のメヒエラとミルカギを取り出し、液体を濾していく。
一度、小鍋を冷やして中の魔力を安定させた後、再度、小鍋を火にかける。
強火で一気に沸騰させたら、乾燥させたリルマの花弁を砕いて入れ、リルマの花弁が完全に溶けたら完成だ。
ここも一応、『魔力感知』で観察しておこう。
…………よし、魔力が安定した。
俺は火を止め、小鍋の中の液体を暫く自然に任せて冷ました後、薬師ギルドの受付カウンターで受け取った下級ポーション用の専用薬瓶へ、注いでいく。
うん、うまくいったんじゃないかな?
「ふう」
「出来たみたいだね」
気が付くと、ルトが隣に立っていた。
ルトが調薬していた机の上に視線を向けると、片付けまで完全に終わっている。
いつ、終わったんだろう?
「もしかして、待っててくれたの?」
「ううん。調薬が気になったから見せてもらってたんだよ。不味かった?」
「不味くは無いよ」
不安そうに尋ねるルトへ、俺は首を振って応えた。
「よかった。ねえ、片づけが終わるの待ってるからさ。途中まで一緒に帰ろうよ」
いつから待っていたのか分からないけれど、これ以上待ってもらうのは気が引ける。
とはいえ、ルトとはもう少し話したいことがあった。
新しく習った調薬レシピの事とか、最近の調薬の進み具合の事とか。
「うん、ありがと」
俺はルトに対して頷いた後、急ぎ机の片づけを始めた。
「ルトさんはあれからどのくらいの薬を作ったの?」
帰り道。
俺はルトにそう尋ねた。
「うーんと、回復と活力、解毒に、今日の魔力ポーションで下級ポーションの四つは一通り作り終えたところかな。だから明日からは、いよいよ造血丸と止血帯の調薬を始めるつもりだよ」
「やっぱり、一日に一種類ずつ?」
「うん。おばあちゃんは一日で四種類全部調薬してたけど、僕にはそれが精一杯だったよ」
「ボクも見せてもらったよ。すごく丁寧で、でも早かった」
俺はミメアに魔法薬の調薬を見せてもらった時のことを思い出す。
俺が今日、一日かけて行った調薬を、ミメアはあっという間に終わらせていた。
しかも、重要な点はゆっくりと俺に確認させながら、だ。
他の三種の下級ポーションの調薬も、今日行った下級回復ポーションの調薬と同じくらい難しい。
それでも尚、その四つの薬の調薬を、ミメアは僅か半日ほどで終わらせていた。
さすがは匠級の薬師。
俺も『調薬』のスキルレベルを上げていけば、いつかはあのくらいの速度で調薬が出来るようになるのだろうか?
もしもそうなら、それだけでもスキルレベルを上げる価値は十分にある。
もう一つくらい、『調薬』のスキルレベルを上げてみようか?
前回、スキルレベルを上げた時の感覚からして、『調薬』のスキルレベルを上げたとしても『魔力感知』のようなことにはならないだろう。
だから問題は、スキルレベルの上昇に必要なお金。
『調薬』スキルのレベルを二から三へ上げるための代金は、銀貨一枚なんだよな。
今、調薬している下級ポーションの売却額は大よそ銀貨一枚から三枚。
それだけを見れば、十分に払える額なんだけど。
調薬を行う為には、当然のことながら素材の代金が必要になる。
自分で採取できれば別だけど。
今、使っている素材は、間違っても手伝い級が気軽に散策できる場所には無い。
殆どがイストールの街とパンドラの森の境界にある草原のパンドラの森側に近い場所か、もしくはパンドラの森の外縁で採取できる素材だ。
つまりそこは、完全な危険地帯。
まあ、まず無理な話だ。
素材代や場所代、薬瓶代などを差し引くと、儲けは下級回復ポーション十本で大銅貨七枚。
これでも冒険者ギルドで素材を融通してもらっている分、大分儲けてはいるほうだ。
と言っても、今のように冒険者ギルドで素材を直接購入した方が、薬師ギルドで素材を買うより安いって訳じゃない。
薬師ギルドは冒険者ギルドと特殊な契約を結んでおり、毎回素材を大量に購入する代わりに、ある程度の値引きをしてもらっているそうだ。
だから、普通に使われている素材であれば、薬師は薬師ギルドを通した方が、お安く素材を購入することが出来る。
本来、冒険者ギルドから直接素材を購入しようとすれば、色々な代金が加算されて、物によっては今回の倍近くのお金が掛かることもあるのだ。
つまり、今回はそれだけ冒険者ギルド側が大幅に値下げしてくれているのだ。
それもこれも、薬師にして冒険者でもあるルトに、薬師としての腕を上げてもらう為。
本当、紹介してくれたルトには感謝してもし切れない。
勿論、そこへ俺を加えてくれた冒険者ギルドにも。
今の儲けで二度、売却すれば一応、銀貨一枚は貯まる。
でも、もしものことを考えると、暫くは貯金しておきたいんだよな。
何か不慮の事故でも起こって、素材がダメになってしまった時、その代金を即金で全額支払えるように。
もうこれ以上、借金を増やしたくないからな。
「そう言えば、ショーゴくんもポーションの調薬から始めたんだね」
「うん。自然薬の方は、時間が掛かりそうだったから。ルトさんも後回しにしてたよね」
「うん。難しそうだったから」
難しい?
思わぬ言葉に、俺は首を傾げる。
自然薬の調薬レシピには、とくに難しい部分は無かったように思うけど。
そんな俺の表情を見て、ルトは苦笑いを浮かべる。
「調薬レシピ自体は魔法薬と比べればそんなに難しくないよね。それに魔法薬は一つの失敗で全部がダメになっちゃうから気が抜けない。でも、だからこそ自然薬の調薬は魔法薬と比べて、失敗が見えにくいんだ。一つの作業で失敗しても、調薬の成否自体には影響がない。でも、確実に薬効は落ちる。それが、嫌なんだ」
表情は苦笑いのまま。
けれど、その言葉には調薬に対する真剣さが宿っていた。
薬師の才能。
薬への興味と、根気。
俺はルトの言葉に、その意味するところを垣間見た気がした。
俺は、そこまで考えてはいない。
効率を考えれば、明らかに魔法薬の方が儲かるから。
実際、考えていたのはそれだ。
まあ勿論、頼まれた以上、自然薬の方も一応作るつもりだったけど。
きっと、ルトのような奴を本物の薬師と言うのだろう。
所詮、俺は金儲けを考えるうえで、薬師をやっているだけ。
頭では分かっているのに、何故か俺はルトの言葉に衝撃を受けていた。
ああそうか、俺は本物の薬師になりたいと思っていたのか。
調薬が楽しくて、少し忘れてしまっていたのかもしれない。
これは、改めて自覚しておかなければ。
あくまで俺は、お金を稼ぐために薬師をやっている。
ルトとは目指すべき場所が違うのだ。
でも、それとミメアの弟子として、真摯に調薬と向き合うことは両立できる。
商売に信用は大切だ。
薬師としてお金を稼ごうとするならば、薬の出来には注意を払う必要がある。
だからこれは、心構えの問題だ。
俺は金を稼ぐために、薬師をする。
それが、俺の根底だ。
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