025.初級回復ポーションを調薬しよう

 朝、目が覚めた俺は、一番に自分のステータスを確認する。


 名前:ショーゴ(木津間 正午)

 年齢:6歳

 種族:人族

 レベル:3(次のレベルまで、30マレ)

 ギフト:『捧金授力』

 スキル:『無限財布』『共通語翻訳』『生活魔法-2』『薬草知識-3』『薬草採取-3』

 スキルポイント:7

 称号:【非業の死を遂げし者】【商売神の契約者】【異世界転生者】【商売神の恩寵】【生残者】【手伝い冒険者】

 所持金:大銅貨1枚、銅貨3枚、鉄貨3枚

 借金:10,000,000,000,000,000マレ(年内返済目標:100,000マレ)


 今日、取得するスキルは『薬物知識』と『調薬』。

『薬物知識』の取得に必要なスキルポイントは、同じ知識系統の『薬草知識』を取得するのに必要なスキルポイントと同じで、一ポイント。

 一方で『調薬』の取得に必要なスキルポイントは三ポイントだ。これは、これまで取得してきたスキルの中で、一番取得に必要なスキルポイントが高い。


 しかも、今回は予め取得してから向かった昨日とは違う。

 その場でスキルの取得やスキルレベル上げを行っていく予定である。

 その方が、いきなりスキルレベルが上がっているよりも不自然にならないかな、と思ったわけだ。

 けど、実際のところは分からない。

 だからこそ、先の事を考えて今日、ミメアの前でそれを確かめてみるのである。


 さすがにスキルの取得くらいは、こちらで先にやっておいてもいいとは思うけど、本番でいきなりスキルの取得をしたらどうなるのか、っていう実験も兼ねてってことで。



 ルトとの待ち合わせ場所は、前回と同じく冒険者ギルドの前だ。

 朝食の後、冒険者ギルド前でルトと会って、そのままルトの家へと向かう。


「よう来たね。ショーゴ」


「おはよう。ミメアさん」


「ああ、おはよう。ルトから聞いたよ。昨日は随分と採取を頑張ったようだね」


「――――、うん。薬草の事、頑張って勉強したから」


「そうかい。薬草の知識は調薬の出来にも関係してくるからね。きっと今日の調薬も、前よりうまくいくはずさ」


 何だかミメアの言葉の一つ一つで、試されているような気になってくる。

 いつも浮かべている挑発的な笑顔のせいだろうか。

 多分、気のせいなんだろうけど。


 気のせいだよな?




 器材の関係で、調薬は一人ずつ行う必要がある。

 今回もミメアの指示で、まずはルトから調薬を行う。


 調薬するのはお馴染み、初級回復ポーション。

 素材は勿論、ルト自身が採取してきたもの。


 俺は調薬を行うルトの手先をしっかりと観察しながら、己のステータスを呼び出した。

 そして、スキルカタログの中から『薬物知識』と『調薬』のスキルを選んで、取得していく。

 スキルのレベルはまだ上げない。


『薬物知識』を取得したことで、意識の中に薬物大全という本が現れる。

 使い方は『薬草知識』と同じらしい。

 薬物大全のページがパラパラとめくられていき、初級回復ポーションの書かれたページが開いた。


 初級回復ポーション

 これは生命力を回復する力を持つ初級ポーションの総称だ。

 生命力を回復することで得られる効果は、軽い傷の回復や体力の回復、軽い体調不良の改善など多岐に渡る。

 初級という名が示す通り、その効果はポーションの中で最も低いが、作成方法はポーションの中で最も簡単であり、調薬には必ずしも『調薬』のスキルを必要としない。

 使用方法は飲む他、直接傷に掛けることでも効果を発揮する。

 傷を癒す際は、患部に直接掛けたほうが効果は高い。


 他にも色々と書かれているようだが、要約すると大体こんな感じ。

 軽いっていうのが、どの程度までを示しているのか分からないけど、その効果を見る限り、かなり便利な薬のようだ。

 それでいて、副作用のようなものは殆どない。


 それはまさしく、俺がポーションと聞いて思い浮かべる通りの不思議な薬だ。

 思わず、ワクワクしてしまう。

 今は、調薬に集中しなければならないのに。


 改めてルトの調薬に意識を向けてみると、つい先ほどまで見ていた光景とどこかが違う。

 ルトの調薬の正しい部分、間違っている部分。

 それらが感覚的に分かる。


 これはあれだ。

『薬草採取』の時の感覚と似ている。

 スキルにより、正しい動きへ導かれている感覚。

 人の動きを見ていても、分かるのか。


 しかも、今回はその動きがどのような意図で行われているのかも分かるような気がする。

 調薬を行う上でその作業がどのような意味を持つのか、またその結果は出来上がった薬にどのような形で反映されるのか。

 じっくりと観察を続けている内に、何となく分かってくるのだ。


 これは、面白い。


 理解が出来るということは、とても面白い事だ。

 ただ手順を覚えようとしていた時よりも、ずっと面白い。

 気が付けば俺は、ルトの調薬から目が離せなくなっていた。


 一つ一つの動きを観察して、その意味を紐解いていく。

 どうすれば、より多く薬草の薬効を抽出できるのか。

 どうすれば、より損失を減らしていけるのか。

 どうすれば、より手早く調薬が出来るのか。


 どうすれば、より効果の高い薬が作れるのか。

 どうすれば、どうすれば、どうすれば……。


 前生の学生時代に習った実験器具の使い方や料理の方法なんかが頭に浮かび、調薬の方法と混ざり合っていく。

 もっともっと、良い方法はないのか。

 違う世界の記憶を持つ俺だからこそ、考え付くような方法が。

 そうして思いつく方法を一つ一つ、現行の調薬方法と照らし合わせていった結果。


 俺は、今使われている調薬方法の完全さを知ることとなった。


 一つ一つの作業には全てに意味があり、一見して他の方法を使った方が良いような部分でも、作業を総合的に考えてみると現在の調薬方法に軍配が上がる。


 この世界に、この町に生きる薬師たちの培ってきた技術。

 その集大成がこの調薬方法なのだ。

 俺はこの初級回復ポーションの調薬方法から、そんな薬師たちが織り成す歴史の重みを感じた。


 それはきっと初級回復ポーションという、最も簡単で最も多く造られる薬だからこそ、なのだろう。


 あと俺に出来ることは、ただ一つ。

 先人たちの研鑽の集大成であるこの道を、一切間違えることなく辿っていくだけ。


『調薬』スキルの導くままに。


「さあ、次はショーゴの番だ。ショーゴも今回は、自分の採取してきた薬草を使うんだね?」


「うん。これを使う」


「じゃあ、やってみな」


 ミメアに促されて、俺は踏み台代わりの箱を移動させて、机の前に立つ。

 調薬の仕方はもう、分かっている。

『調薬』スキルの導きに加えて、ルトの調薬をじっくりと観察したことで、その意図まで性格に理解できた。


 それでも、緊張はする。

 あの時は『調薬』のスキルを取得する前だったとはいえ、一度失敗しているだけに。


「はぁー、ふぅー。よしっ」


 深呼吸を一つして、気合の声を上げると、俺は初級回復ポーションの調薬を開始する。



 薬草の洗浄。葉を傷つけぬよう丁寧に。

 井戸水を使って、優しい手つきでヒエラとトーラを洗っていく。


 ヒエラを刻む。鋭いナイフで葉を潰さぬように切っていく。

 事前にヒエラと小鍋を用意しておき、手早く切って小鍋へと入れる。


 小鍋でヒエラを煮る。井戸の地下水を使うと尚良い。

 火加減は少し弱火。思ったよりも硬いトーラを刻み潰すのにかかる時間を計算に入れて。


 トーラを刻み潰す。重さをはかって、水の量を調節。

 慎重に秤を使って重さを調べ、薬研で丁寧に刻み潰したトーラへ水を少しずつ加えていく。


 潰したトーラを布で濾していく。

 うん。前回よりもしっかりと刻み潰せている。


 水の色が元のヒエラと同じ色になったら、小鍋を火から下ろす。

 今回は弱火で行ったから、色が変わる瞬間をじっくりと待つことが出来る。

 この行程は弱火でじっくり行っても、強火でさっと行っても結果は同じなのだ。


 小鍋の中身を布で濾す。

 布で濾された液体は、見本として隣に置いておいた生のヒエラと全く同じ色だ。


 そうして、二つの濾した水を合わせたら、いよいよ最後の行程だ。


 最後は火にかけ、沸騰させないように混ぜ合わせていく。

 ここはより一層集中して、細心の注意で火加減を操る。

 火が弱すぎても構わない。火を強め過ぎなければ、どれだけ時間が掛かっても問題は無いんだから。



「ふう」


 最後に小鍋を火から下ろして、出来上がり。

 大分、時間をかけた気がする。

『調薬』のスキルがあったとしても、レベル一ではまだまだ身体がしっかりと動かない。

 その分、ゆっくりできる所は目いっぱい時間をかけて、熟していった。

 失敗だけはしないように。


「ほぉー。これをやるから、移し替えてみな。ゆっくりでいいよ」


 そう言いながら、ミメアが俺に薬瓶を渡してくる。

 それはルトが出来上がった初級回復ポーションを入れていた専用の薬瓶だ。


 俺はそれにコクリと頷くのみで返事を返し、薬瓶を受け取った。

 そして、側にあった漏斗を薬瓶の口に差して、小鍋の液体を薬瓶へと入れていく。

 ミメアの言った通りに、ゆっくりゆっくり、慎重に。


 一つの薬瓶に入れる液体の量は、ルトの薬瓶を参考にする。

 すると、十本ピッタリで小鍋の液体が無くなった。


 ミメアを見る。

 ニヤリと笑っていた。


 ルトを見る。

 嬉しそうに笑っていた。


 机の上には、液体の入った十本の薬瓶。

『薬物知識』のスキルが、俺に教えてくれる。


 俺は一人で初級回復ポーションの調薬に成功したのだ、と。









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