第46話 有銘の退院
「
「無事戻って来れてよかったわ、本当に、よかった……ぐすっ……」
「……
「あら? それは遠回しに老けたって言いたいのかしら?」
「い、いえいえ、そんなつもりは全くありません! なので、手に持った包丁を振りかぶらないでください!」
「あんたは常に
「冷静に分析してないで、助けてください!」
そんな状況を有銘は
長い入院生活が終わり、有銘が晴れて退院することが出来た今日、彼方と田所、笠倉の三人は有銘のために盛大なパーティーを開いていた。
彼方の方から
有銘が改めて部屋の中をぐるりと見渡す。
三〇畳はあるリビングに四メートル近くあり開放感のある天井、白く
自分の家に帰ってきたのだが、感覚は富豪の友人のパーティーに招待された平民のそれであった。
獅堂から家の住所や外装に内装、その他諸々のことも事細かに教えてはもらっていたが、実際に見て感じると覚えているような覚えていないような、曖昧な感覚に襲われある種の
――ああ、やっぱり、私は忘れているんだな。
そう感じると同時に仲間と呼ばれる人達の中にいて、
「ほら、あーめ、何突っ立てるのよ。早くこっち座って」
包丁を置き、ひとまず落ち着いた田所がドアの前で立ち尽くす有銘を椅子に促す。
「あ、ああ、うん」
有銘が座ったのを確認して、台所で洗い物をしていた笠倉と彼方も椅子に座る。
有銘が
「――ええ、こほん。それでは、これより
田所が
「まずは開催委員長である
そして、マイクを隣に座る彼方に渡す。
聞いてないですよ、と
ここ何日、何週間で彼方と田所の距離は
「
立ち上がった彼方が顔を赤くし何度か眼鏡の位置を直しながら話す。
それを見ながら笠倉が有銘に耳打ちする。
「有銘さん」
「ん? 何?」
「この茶番いつまで続けるんですかね?」
普通、四人中二人が一人のスピーチを聞いていなければ目立つものだが、彼方は話すのに一杯一杯になっており、田所はそれを楽しそうに動画撮影している。
「んー、どうだろうね。しーちゃんが満足するまでなんじゃない?」
「もう、有銘さんが主役なのに何をしてるんですかね、あの人達は」
笠倉が溜息を吐きながら割と本気で不満を漏らす。
「あははは、そうだね」
乾いた笑い声を上げながら苦笑いを浮かべる。
「――というわけで、有銘さん、おめでとうございます」
彼方がそう言って椅子に座る。そして、
有銘や田所、笠倉と関わってきて少しずつ変わってきたとはいえ、彼方の本質は人と話すのが苦手で臆病なままであった。
「続きまして、後方支援部隊長の笠倉由美さん、お願いします」
「誰が後方支援部隊だ、誰が! 私は」
「あー、そういうのはいいんで、お願いしますー」
「……あんた、なんか、私に冷たくない?」
「そんなこと、ないですよー」
田所が笠倉と目を合わせることなく言いマイクを渡す。
マイクを受け取った笠倉がひとつ咳払いをして口を開く。
「えー、改めまして、有銘さん、退院おめでとうございます。この日、この時にいれて本当に良かったです。それで」
「はい。ありがとうございます。それでは」
笠倉の言葉を強引に断ち切り、田所がグラスに手を伸ばす。
「おい! やっぱり、冷たいじゃないか!」
「いや、時間が押してるんで」
「それはお前達がつまらない茶番をしていたからだろ!」
「…………それじゃあ、乾杯!」
「……言っておくけどな、この中で私が一番年上なんだぞ!」
涙目になり頬を
目を細めながら冷たい視線を送る田所。
二人の険悪を止めようとあたふたとする彼方。
苦笑いを浮かべながら見る有銘。
現場は間違いなくカオスだった。
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