第27話 有銘と田所の思い

 獅堂しどう総理に真実を告げられてから、一週間が経過した。

 彼方かなた達が知りたかった体質の原理について知ることが出来た。不確実なことは多いが、その治し方も……。

 後は実際に小波瑠璃さざなみるりを止めて、この体質で苦しむ人たちを救うこと。

 やるべきこと、いな、やらなければいけないことはすでに決まっている。

 しかし、それゆえ、三人は行動できずにいた。

――小波瑠璃はこの体質で世界を変えようとしている。人の犠牲などかいさず自分の思うように動かせる世界に変えようとしている。人の体質を奪う体質で具体的にどんな体質なのかは不明である。それをどうやって止めるというのだ。仮に止められたとして、この体質を治すことで死んでしまうのであれば、それはその人を救うことにはならない。何か体質を消してかつ死なないような方法を見つけなくてはいけないが……。

 彼方はそのことをこの一週間考え続けていた。しかし、良案りょうあんは思いつかずただただ時間だけが無駄に過ぎていった。

「さて、これからどうしたもんかな」

 低声ていせいで問いかける有銘あるめ眉間みけんしわを寄せブラックコーヒーでも飲んでいれば少しはさまになったのだが、エクレアを頬張ほおばっていることと手に持っているゲームのコントローラーが緊張感を台無しにしている。

「とりあえずその手に持ってるコントローラーを離しなさいよ」

「断る! だって、あと三〇〇ダメージで生卵が取れるんだからな!」

「……生卵?」

 田所たどころの疑問に彼方が答える。

「これだけダメージ与えたっていう称号みたいなものですよ」

「……なぜ生卵?」

「理由は分かりませんが、ダメージ量によって変化するみたいですよ。ゆで卵とか卵焼きとかオムライスとか」

「…………面白いの、これ?」

「割と人気ですよ」

 いておきながら、ふーん、と田所は興味を持たず、雑誌に目を移す。

 この一週間、こんなことを繰り返しており、話が前に進むことはなかった。

 突然、息が苦しくなって心臓が止まってしまうことだってありうるというのに、有銘も田所も全くそれを恐れていない様子で一日を過ごしている。

 彼方にはそれが不思議で仕方なかった。

――僕がその立場だったら……そう考えると恐怖で逃げ出したくなるのに、どうしてそんなに平気でいられるんだろう?

 しかし、不死身の彼方がそれを訊くにはハードルが高かった。

 彼方はスマホをいじりながら二人の顔色をうかがう。

 その様子を見た田所が肩をすくめ訊く。

「いい加減まどろっこしいから訊くけど……彼方君、何か訊きたい事でもあるの?」

「えっ、どうしてですか?」

「だって、この一週間、落ち着きのない様子で私とあーめをちらちら見てれば誰でも分かるでしょう」

「そうなのか? 私は全然分からなかったが」

「あーめがおかしいのよ」

 そう言って、恒例こうれいの言い争いを始める。

 そこで彼方がひとつ息を吐き口を開く。

「――では、つかぬ事を訊きますが」

「ん? 何だ? 遠慮なく言っていいぞ」

 彼方が唾を飲み込む。

「その、二人は怖くないんですか?」

「ん? どういうことだ?」

 有銘が心底分からないように首をかしげる。

 彼方が言葉をぐ。

「今、この瞬間に息が止まってもおかしくない状況じゃないですか……それなのに、怖くないんですか?」

 田所が立ち上がり何かを言おうとすることを制し、有銘が言う。


「怖いに決まってるだろう!」


 彼方の目を見据みすえる碧眼へきがんには静かな炎がともっていた。

「どうして私なんだよ! どうして私はこんな体質に産まれたんだよ! 何も悪いことなんかしてないのに、どうして、どうして、どうして! って、後のことなんか考えないで泣きわめいて人とか物とかに当たり散らしたい!」

 有銘が語気を強め、相好そうごうくずす。

 せきを切ったように出てくる言葉ひとつひとつの重みが彼方に降りかかる。油断すると受け止めきれないほどの質と量に圧倒される。

「今すぐこんなことなんか投げ出して、死ぬ前にやりたいことをしたい! まだまだやりたいことだっていっぱいあるんだから! しーちゃんだって同じだ!」

「…………」

 田所は顔を伏せたまま口を閉じる。

 言葉がなくてもその反応だけで十分だった。

「でも、今、私が逃げ出したら、誰があいつを止めるんだ? 誰がこの体質で苦しむ人たちを救うんだ? 誰かがやってくれるのか? 誰もやってはくれないだろう!」

 有銘が悲しそうな顔で問う。

 その表情に彼方は、はっ、とする。

――興味本位で訊いてしまったが、怖くないわけないじゃないか。本心では恐怖に震えながら悲哀ひあいで泣きそうになっているはずなのに、有銘さんも田所さんもそれを僕に気取けどらせないように、気丈きじょうに振る舞ってくれていたんだ。それなのに、僕は……なんてバカなんだ!

 彼方は自分のおろかさに気づき軽率けいそつおのれが心底恥ずかしかった。

 唇をみしめると、鋭い痛みが襲い口の中に鉄の味が広がる。

「…………すみませんでした」

「いや、分かってくれれば、それで大丈夫だ。気にする事はないぞ」

 そう言って有銘が言葉を継ぐ。

「私はな、この体質で産まれてきたことを憎んでいないぞ。むしろ感謝してるくらいだ。私にしか出来ないことが出来るんだから……だから、しーちゃんにもしーちゃんにしか出来ないことがあるし、彼方君にも彼方君にしか出来ないことがあると思ってる。だから……えっと、なんだっけ?」

「ったく、締まらないわね」

 田所が苦笑しながら有銘の言葉を継ぐ。

「こんな体質で産まれなければ、と彼方君が思う気持ちは分かるけど、過去はもう変えられない。だったら、それを許容した上で自分にしか出来ないことを存分にやった方がいいでしょ? 少なくとも私とあーめはそう思ってるわよ」

 うんうん、二度三度有銘が深くうなずく。

「まあ、とりあえず、今はひとりひとりが出来ることをやりましょう。それが目的への近道よ。ね、彼方君?」

「……はい。そうですね」

 彼方はそう言い、有銘と田所を見る。

――やはり、この人達と一緒でよかった。この二人のためにも一刻も早く小波瑠璃を止めて、死ななくてもこの体質が治るような方法を見つけ出さなくては。この二人を絶対に死なせたくない。

 彼方は心でそう誓い、山と積まれた資料に今一度目を通す。

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