第28話 作戦開始の第一歩

「――とりあえず小波瑠璃さざなみるりがどんな体質を持ってるのか、調べてはいるんですが、何も分かりませんね。もうお手上げですよ」

 資料に目を通し始めて三時間ほどが経過し、気づけば外はすでに暗くなっていた。

「そうね。っていうか、体質を奪う体質なんて、もうチートじゃない? どんな体質があるかもわからなければ、いくつあるのかも分からない。これでどう戦えばいいってのよ……って、聞いてる、あーめ?」

「ん? ああ、大丈夫、大丈夫。あいつは私が止めるからな」

 よしっ、生卵ゲット、と有銘あるめはガッツポーズを決める。

「その自信はどこから来るのよ? 何か策はあるの?」

「策か、うーん……当たってくだける、とか?」

「私がいてるのよ。それに砕けてどうすんのよ」

 田所たどころが小さく溜息ためいきき、コーヒーを口に運ぶ。

 有銘は昼間からぶっ続けでゲームをしており、考えることをしない。

 考えなくてもいいからせめて参加だけでもして欲しい、とせつに願うが、彼方かなたの願いはむなしくも叶わない。そればかりか、中級者の証、生卵を一日でゲットする始末。……廃人街道まっしぐらである。

「ちなみに訊きますが、田所さんは何か夢で見たりはしませんか?」

 彼方が田所に訊く。

「そうね。見たい未来を選ぶことが出来ればいいんだけど……見ることと言えば、今日あーめが何を食べたいと言い出すとか、明日あーめが何を食べたいと言い出すとか、そんな本当にどうでもいいことばっかりだから、クソの役にも立たわないわよね」

「そんなことないだろう! 私が言わなくても用意してくれるんだから、これはすごいことじゃないか!」

「あんたは黙ってなさい!」

 田所がゲームに熱中する有銘を一蹴いっしゅうする。

 はーい、と言って有銘が画面に目を戻す。

「うーん……あー……むー……はあー……」

「ふー……ぐ―……うーむ……はあー……」

 様々な種類の感嘆かんたんを上げながらなやむ彼方と田所。

 近づいてきたと思ったらそこにいきなり大きな壁が建造される。

 目的を達成するために越えなくてはいけない壁はまだまだ高く分厚く、多い。

 彼方は現状の困難さに直面してあらためて実感していた。

「よし。一区切りついたし、そろそろ」

「遅いわよ! こっちはすでに何時間も前からずっと、あーでもない、こーでもない、って考えてるんだから!」

「ごめんごめん。でも……うん、そろそろだな」

 有銘が壁にかけられた時計を確認しつぶやく。

 時刻はすでに二〇時を回っており、窓から見える景色は一面いちめん月夜つきよに照らされている。

――――トゥルルルルル、トゥルルルルル……。

 すると、それを見計らったかのようなタイミングで有銘のスマートフォンが着信を告げる。

「はい。お疲れ……うん、うん……そうなんだな。ありがとう。でも、そっちは大丈夫か? ……うん、うん……ううん。そこまでで大丈夫だ。無理はするんじゃないぞ。……うん……後は手筈てはず通りに……はーい。ありがとう。じゃあなー」

 有銘がスマートフォンから耳を離しこちらを向く。

 自信満々に口角を上げる表情からは迷いや悩みといった感情は一切感じられない。

 こほん、と一度咳払せきばらいをして続ける。

諸君しょくん。心して聞きたまえ!」

 有銘は机の上に立ち、腰に手を当てる。

 小柄こがらではあるが机の上に立てば、当然ここにいる誰よりも高い位置に顔はくる。

「今、私が秘密裏ひみつりに依頼していた情報筋から連絡があり、ついにあいつの居場所が分かった! 所有している体質や仲間の人数も全てではないかもしれないが、把握はあくできている!」

 彼方達を見下みおろしながら有銘が張り上げなくてもいい声を張り上げる。……どうでもいいが、近所迷惑にならないだろうか、ということが彼方は不安だった。

 しかし、そんな彼方の不安などつゆとも知らない有銘は胸を張って言葉を続ける。

「私は今からそこに乗り込んで、長年の因縁いんねんに決着をつけようと思う!」

 彼方と田所は唖然あぜんとして息をすることさえも忘れてしまっていた。

 そして、頭のもやが晴れていき状況が理解出来た時、彼方は思う。

――この人はいつもいつも何もしていなかったと思えば、状況が一変するくらいの重要な情報をどこからか仕入れてきては唐突とうとつに話を進める。しかも、それを僕達に事前の相談も連絡もしないから驚かされてしまう。そして付いていけない。逐一ちくいちとまではいかないが、教えて欲しいところである。

 田所が一度深い溜息を吐き言う。

「あんたはいつもいつも後出しで物凄い情報を入れてくるんだから。振り回されるこっちの身にもなりなさいよ、ったく、もう」

 田所が彼方の気持ちを代弁だいべんする。

「あと、とりあえず机は乗るところじゃないから、今すぐ降りなさい」

「いや、でも」

「降りなさい」

「…………はい。すみませんでした」

 低い声で静かに言う田所の声に素直に有銘が従う。

 まるで母親と子供のそれであった。

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