第29話 開戦

 それから有銘あるめの言う情報筋からの情報を聞き、その上で乗りこむための作戦を練った……というよりは、有銘がすでに練っていたもの彼方かなた達は聞かされた。

「これはちょっと、危険じゃないかしら? それに、これは作戦と言えるのかしら?」

「うーん、そうか?」

 田所たどころの疑問に有銘が首をかしげる。

 有銘が立てた作戦はこうだった。

 ・小波瑠璃さざなみるりは誰も住んでいなく管理もしていない廃墟はいきょと化したアパートの一室にいる。

 ・気づかれずに接近して素早く捕らえることは現実的に難しいので、最初に煙幕えんまく閃光弾せんこうだんを使って相手の目と耳を一時的に奪う。

 ・その間に有銘が瑠璃の足を攻撃し機動力を奪う。

 ・足を奪い拘束こうそくすることが出来ればそれに越したことはないが、おそらく仲間の一人がそれを阻止そししようとするので、そうなったら有銘はその仲間との戦闘となる。

 ・有銘が瑠璃の仲間を倒すまで瑠璃が何もしないよう彼方が時間を稼ぎ、その後、二人で瑠璃を拘束して作戦終了。

 このような流れだった。

 田所が昨日幸運にも見た夢の内容によると、彼方の不死身と有銘の怪力を活用することで瑠璃を拘束することが出来る、という。

 田所が眉間みけんしわを寄せたまま、疑問をていする。

「まず、ひとつ。小波瑠璃の仲間の力が未知であり、あーめが勝てる相手かどうか、分からないこと」

「それは、何とかしてだな」

「そして、ふたつ。私は確かに彼方君が小波瑠璃を拘束する画を見たわ。でも、それは一瞬を切り取っただけで、その後も拘束し続けられるかどうかは分からないこと」

「それは、そうかもしれないが」

「さらに、みっつ。万が一、小波瑠璃に彼方君のDNAが取り込まれ、体質を奪われてしまったら、いよいよ太刀打たちうちできなくなるわよ」

「…………」

 突きつけられる正論に有銘がだまる。

 その様子を彼方は見守ることしか出来なかった。

 穴のある作戦とは言え、有銘が有銘なりに考えてくれた作戦だけにこれ以上何かを言う気持ちにはなれなかったのだ。

「結局、一種の賭けみたいなものね」

「むー……でも、あいつとやり合うこと自体が危険なことだし、確実なことなんて一つもないんだから、仕方ないと言えば仕方ないんじゃないか?」

 有銘がほおふくらませながら言う。

「まあ、確かにそうかもしれないけど、それでも確率を上げられるような策を少なくとも何パターンかは考えておくべきよ」

「……ぐう、おっしゃる通りだ」

 その後、あらためて田所主導の元、急ごしらえであるものの、いくつかのパターンを想定して策をり上げた。やはり分からないことも多く、どれもこれも確実なことは言えないし、有銘じゃないが、やってみないと分からない、当たってくだけろ、の精神は案外必要なのかもしれない。

「――こんなところかしらね?」

「そうだな。いいと思うぞ」

 有銘が緊張感のない声で言う。

「不本意だけど、後のことはその場で考えて各々が行動するしかないわね」

「そうだな……って、あ! ひとつ、言い忘れてた!」

「ん? 何よ?」

「そういえば、さっき連絡してくれた子から――」

 有銘がその続きを話そうとした時。

――こんばんは。いい夜だね。

 耳を通してではなく、直接頭に問いかけられているかのような声が脳に響くと同時に、窓が開いた。

 そして、風でなびくカーテンを手でおさえながら窓枠まどわくに足をかけゆっくりと部屋の中に入ってきたのは、彼方達が今から向かい取り押さえようとしていた張本人ちょうほんにん、小波瑠璃であった。

 肩までかかる銀髪に細い双眸そうぼうが特徴の少年はどう見ても中学生かそこらの体躯たいくであった。上げた口角のそばに出来た笑窪えくぼが可愛らしさを演出しているが、その双眸は笑ってはいなく、ただただ小波有銘を見ていた。

 どこかで見張っていたとしか思えないタイミングでの登場に彼方と田所は目を大きく見開き、息をのむ。

 実際に目の当たりにして小波瑠璃という人物のかかえる暗さと深さは想像をぜっしていた。

 電話で話した時には感じなかった圧力に彼方の肺が押しつぶされる。少しでも気を抜くと卒倒そっとうしてしまうようなすさまじい空気感に彼方は身動き一つとることが出来なかった。

 しかし、そんな中、有銘だけは瞬時に体を動かしていた。というよりも反射的に動いていたと言う方が適切だろう。

 有銘は瑠璃を視界に入れるやいなや、迷わず右のこぶしを振り抜いた。

 しかし、その拳を瑠璃は器用に体をひねりかわす。

――――ズドン!

 ハンマーで叩いたかのような音と衝撃が部屋全体を襲う。

 有銘の拳は壁をつらぬいていた。

「前と同じやり方じゃ僕は殺せないよ」

 くっくっくっ、と不気味に笑う瑠璃を視界にとらえたまま、有銘は血だらけの右拳を引っこ抜く。

 大きな穴が開いた部屋に勢いよく風が入ってくる。

 一気に戦場と化した家の中に漂う緊張感が彼方の筋肉をしばっていた。

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