第30話 最悪の事態
「……どうして、ここが分かった?」
「どうしてって、そんなの決まっているじゃないか。僕のお姉ちゃんに対する愛の力ってやつだよ」
「ふざけるな!」
周囲五キロくらいには届きそうなほどの大声で有銘が
それを意に介さないように薄い笑みを浮かべたままの
「冗談だよ、冗談。本当の理由は不死身君、君だね」
しかし、当の彼方は何のことか、
「あれっ、覚えてないの?
そう言われ彼方が鞄の中をまさぐる。
ノートや筆箱、小説にフェイスペーパーといつも持ち歩いている物の中に、見覚えのない物を見つける。
手に取り、彼方はようやく思い出した。
それはいつかの
「そう、それだよ。その中に発信機が入ってるから、それで
彼方は唇を
思い返してみると不自然だった。
老婆はホテルの場所を知りたがっていたのに、ホテルのある方向から歩いてきた。そして、周りにはあんなに人がいっぱいいたのに、きょろきょろと待ち合わせ場所を探し明らかによそ者の彼方に声をかけてきたのだ。
自分の
「でも、じゃあ、どうしてそこまで知っていながら、すぐに攻め込んでこなかったのかしら?」
――今すぐに離脱しなければ! こいつはやばい!
圧倒的な実力差に田所の脳内が回避命令を下すが、
やばい、と感じていながらすでに判断能力は麻痺していた。
「どうしてって、そんなの……面白いからに決まってるじゃないか」
何を言っているのか
「不意打ちですぐに倒しちゃったら、ゲームとしてつまらないでしょ。だから、君たちの戦闘準備が出来るのを待ってたんだよ」
瑠璃が腕時計で時間を確認する。
「もうこんな時間か。今日は帰ってドラマを見ないといけないんだから、そろそろ片付けないとね」
緊張感の
「相変わらず嘘が下手だな、瑠璃」
何かを悟ったように急に優しくなる口調に瑠璃の目が細くなる。
「他の人は
「…………どういうことかな?」
「『こういう体質を持つ人は短命である。それは普通であれば使わない脳の部分を異常に活性化させているからである』っておじさんに教えてもらった。こそこそ聞いてたんだから、お前も知ってるだろう? ……で、お前は体質を取り込みすぎてただでさえ短い寿命がもっと短くなってる。違うか? それと具体的には分からないけど、その様子だと、持って三〇分ってところじゃないか?」
瑠璃の
それが何よりの答えだった。
「……ふふ、良く分かったね。うん。その通り。僕の命は明日を待たずに尽きる。だから、早く不死身君のDNAを取り入れなくてはいけない。そうしないと死んじゃうからね」
瑠璃は両手を
「でも、それも今この時をもってお終いかな」
そう言って瑠璃が右手の人差し指を前に突き出す。
そのことに気づいた彼方はすぐに服を脱ぎ、二度三度、床にたたきつける。幸い、軽い火傷程度で済んだが、瑠璃の目的はその後だった。
「おやおや、ダメじゃないか。ちゃんと止血して冷やさないと」
いつの間にか、顔を歪め左肩を抑える彼方の隣に移動していた瑠璃が火傷で赤くなったところに手を伸ばす。
瑠璃への警戒を
それ以上に瑠璃の移動速度が速く、目で追えなかったのだ。
有銘と田所が一瞬驚きを見せるが、すぐに彼方と瑠璃の方に向かおうとする。
「お嬢様方」
「それ以上は動かない方がいいと思うがね」
有銘の首にナイフを当てる男と田所の頭に拳銃を突き付ける老婆が言う。
瑠璃といいこの二人といい、相手は気配を完全に消す
「……っく! 彼方君、動け!」
有銘が叫ぶが、いまだ痛みに
瑠璃が彼方の
そして、それをゆっくり
その瞬間、彼方の心臓が大きく悲鳴を上げる。
――――バクンッ、バクンッ、バクンッ、バクンッ…………。
次に気が飛びそうなくらい激しい頭痛が襲う。
――――ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ…………。
脈拍を早め体温を上げることで彼方の体の変化に適応しようとするが、痛みが
「あ、ああ、ああああああああ‼」
彼方が頭を
想像を絶する痛みに意識を保つのがやっとである。
特に頭の上前方辺りに溶けるように広がるどろどろとした熱が彼方の痛みと気持ち悪さを
それは血液を
誰かに首を
「彼方君!」
有銘が叫びながら男の腹に肘を入れ拘束を解くと、痛む彼方の元に
「おい、彼方君! しっかりしろ! 彼方君!」
「……有銘、さん」
有銘の声が
あんなに辛かった痛みはいつの間にか引いており
「大丈夫か?」
「……はい。もう大丈夫です」
「それならよかった」
有銘がひとまず
しかし、彼方の左肩を見て
「か、彼方君……左肩、痛くないか?」
「左肩ですか? 言われてみれば、少し痛みが残っていますが……どうしました?」
「そう。じゃあ……最悪の事態かもしれないな」
そう言う有銘の
表情自体は大きく変わらないが、体は正直に反応していた。
そう言われ彼方は、はっ、とする。
――僕の体質であればこのくらいの傷、一瞬で治ってしまう。しかし、待っても待っても左肩の痛みは消えることがなく、それどころか傷口に空気が触れる度にまるで刃物で刺されているかのような痛みが襲うではないか……。
彼方が瑠璃を見る。
瑠璃は自分の体を確認するようにあちこちを触っては
「良かったね、不死身君。ああ、もう不死身君じゃないのか。何て呼べばいいかな……うーん、凡人君? 凡人君でいいか。これで晴れて君も一般人の仲間入りだよ」
笑みを浮かべたまま拍手をする様は、手の届かないところから高みの見物を決め込むどこぞの会長そのものだった。
――不死身の体質を奪われてしまった。……一番恐れていたことを、やられてしまった。
彼方の顔が絶望に
どんな体質を手に入れているか分からないため、相手の手の
それ故、瑠璃の寿命が尽きるまで時間稼ぎをする以外に瑠璃を止める方法は考えつかなかった。
しかし、不死身の体質を得た今。
それは叶わない夢だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます