第31話 有銘の思い

 依然いぜんとしてうずくま彼方かなたの背中に手を当てながら瑠璃るりにら有銘あるめ、そして頭に拳銃を突き付けられたまま身動きが取れない田所たどころ

 照明の消えた部屋に月明つきあかりが差し込み、そこに瑠璃が立つ。

 まるでスポットライトが当てられているかのように輝く瑠璃はこの場の支配者であった。

「お姉ちゃんも……うん、ほんと、よくやったと思うよ。でも、やっぱり僕にはかなわなかったね。残念、残念」

 バカにしたような笑みで上擦うわずる声を響かせる。

「もういいかね。ったく、腕が疲れちまうよ」

 老婆が田所に当てていた銃口を下げ、瑠璃の隣に移動する。

 腹を抑える男も顔をゆがめながらも瑠璃の隣に立つ。

 不死身の体質を奪われた時点でもはや形勢けいせいは決まっていた。

「……で、これから、どうしよっか?」

「とりあえず、獅堂しどうを殺して日本のトップにでもなるか?」

 有銘になぐられ腹を抑えていた男が言う。

「そうだね。それもいいけど……でも、それよりも面白いことを思いついちゃった」

 瑠璃がそう言って目を閉じる。

――凡人ぼんじん君、凡人君。聞こえるかい?

 彼方の頭の中に直接声が聞こえてくる。まるで頭の中をのぞかれているかのような感覚に襲われ気持ちが悪い。

――…………はい。

 彼方は警戒しながら答える。

 その瞬間、彼方の頭から体全体に一筋ひとすじの電撃が通る。

 中枢神経ちゅうすうしんけいから抹消神経まっしょうしんけいにいたるまでの全ての神経が他人のものであるかのような感覚、自我じがを保つことは出来ていても手足を動かすことが制御せいぎょされているかのような感覚であった。

 瑠璃が目を閉じたまま、口角を上げる。

 それを見ていた男と老婆が小さく溜息ためいきく。

――今から君は僕の人形だ。特別に思考だけは出来るようにしてあげるけど、体を動かすことは出来ない。いいかい? 君は心臓が動かなくなるまでお姉ちゃんと田所静江を攻撃し続けるんだ。

――っんな! そんなこと出来るわけないだろ!

――その支配を止めるすべは僕を殺すことだけだけど、さあ、それが君に出来るかな?

――僕は絶対にやらない……やらないぞ!

――その強がりがいつまで続くかな? くっくっくっ……。

 彼方が頭の中でそう訴え実際に手足を動かそうとしてみるが、瑠璃の言う通り体の自由はかず、誰かが自分の中に入って操縦そうじゅうされているロボットの気分であった。

「さあ、始めようか? 君達に彼を救うことが、そして僕を止めることが出来るか、はたまた敗北してこの世界のちりになってしまうかのゲームを!」

 瑠璃が両手を左右に伸ばし、胸を広げる。

 何も知らない人が見れば何でも受け入れるふところの深い神父しんぷか何かの仕草しぐさ相違そういないのだろうが、彼方からするとそれは悪魔の所業しょぎょうの何物でもなかった。

 表情と光を失った彼方がゆっくりと瑠璃の元に歩き、くるりと身をひるがえし有銘と田所を向く。

「…………ちっ、悪趣味なことを」

 ことをいち早く察した有銘が唇をみ瑠璃をにらむ。

「彼方君、どうしたの? あーめ」

「……彼方君が、あいつのあやつり人形になった」

 田所が目を大きくさせ驚きをあらわにする。

「それって……」

「彼方君にまだ自我が残っていればいいんだけど……もしかしたら、もうそれもないかもしれない」

 もし仮に彼方が不死身の体であったならば、強引な手段を取って瑠璃の支配を解くことも可能だったかもしれない。

 しかし、今の彼方は普通の人に過ぎない。

 有銘がおのれの体質を存分ぞんぶん行使こうししてしまったら、それだけで息の根を止めてしまう。

 彼方の体が壊れないように瑠璃の支配を解かなくてはいけない。

 その難易度は瑠璃を止めること以上に高かった。

 彼方の紅玉こうぎょくは灰色に染まっていた。

 太陽が雲に隠れ今にも雨を降らしそうなほどにごった瞳に、少し何かをしたからといって変えられるほど甘い支配ではなさそうだった。

 彼方が有銘に向かって右拳みぎこぶしを振るう。

 有銘は素人しろうと同然の攻撃を軽くいなすが、自ら手を出すことが出来ない苦しさが有銘の行動をにぶらせていた。

――瑠璃を気絶させ戦闘不能にすればおそらく彼方君も正気しょうきに戻る。それが理想だが、一対一でも止められるかどうか分からないのに、その状況になることを隣の男と老婆が許してくれるとは思えない。かといって彼方君を攻撃してしまえば、彼のもろい体はすぐに壊れてしまう。その加減をしながら彼を拘束できるほどの余裕はないし……どうしたらいい? ……私にできることはないのか? ……ここまでなのか?

 有銘が必死に考えるが、妙案みょうあんは浮かばない。

「あーめ。彼方君は私が止めておくから、その間にあなたはあいつを何とかしなさい」

 彼方の出鱈目でたらめな攻撃を避けながら田所が言う。

「いや、しーちゃんは」

「戦闘力は皆無だけど、今の彼方君を止めるくらいの心得こころえはあるわ。何年あなたと一緒にいると思ってるのよ。それと」

 そう言い目をくばる。


?」


「っんな⁉」

 間違いなく相応ふさわしくないタイミングと言葉に有銘が不意打ちを食らう。

 一瞬にして頬は上気じょうきし、目は泳ぐ。

 明らかな動揺が言葉以上の回答を物語っていた。

「な、なんで、知ってるんだ⁉」

「バカね。彼方君を見るあなたを見れば一目瞭然じゃない」

「…………そうなのか?」

「そうよ。だから」

 彼方の右拳を田所が避けて言う。

「諦める前にやることは……分かるわね」

「……うん。分かった。でも、無理はするな」

「分かってるわ。私もここで死ぬつもりはないから」

 何ら状況が好転しているわけではなく、絶体絶命であることに変わりはない。

 しかし、それでも田所は諦めていなかった。

 ここで瑠璃に屈してしまったら取り返しのつかないことになる、という思いからであることは間違いないが、親友としてそれ以上に幼い頃から一途いちずに思い続ける有銘の力になりたかったのだ。

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