第48話 不死身の彼方

 彼方かなた有銘あるめが話を終え、部屋に戻ると先程さきほど喧騒けんそうが嘘のように静まり返っていた。

「話は終わったかしら?」

 田所たどころが椅子に座ってワイングラスをかたむける。

「……えっと」

「大丈夫よ。全部知ってるから」

 言いよどむ有銘をさえぎり田所が言う。

「あんたらしくないわよ、悩むなんて。それに……」

 そう言って田所がそばに立つ有銘の頭を小突こづく。

「そういうのはすぐに言いなさい。もう家族みたいなもんなんだから、隠し事はなしよ。分かった?」

「…………うん! 分かった! ごめんね!」

 有銘が瞳に涙をめ言う。

 それを見て田所が再びワイングラスを傾ける。

「田所さんは知っていたんですか?」

「うん。まあね。ちなみにそこで寝てる奴も知ってると思うわよ」

 そう言ってソファーを見る。

 笠倉かさくらが置いてあったクッションを抱きしめ寝息ねいきを立てている。

「じゃあ、知らなかったのは僕だけだったんですね」

「まあ、そういうことになるわね。彼方君、鈍いんだもん」

「失敬な! 何を言ってるんですか! そんなことないですよ!」

 彼方が田所にいつになく強めの口調で言うが、田所はそれに対し深い溜息を吐く。

「じゃあ、そんな彼方君に問題です」

 先生よろしく田所が指を差し言う。

「あーめが君のことをどう思ってるか、君には分かりますか?」

 その言葉を聞くと同時にずきんという頭の痛みが有銘を襲う。そして、遅れて息が荒くなり全身が火照ほてってくる。

――いつも来るあの症状と同じだ。

 彼方の顔を見る。

 先程までは感じなかった高鳴たかなりが有銘の全身に響く。

 有銘はすでにこの症状の根源に気づいていた。

「えっと……仲の良い友達? 後輩? とかですか?」

 彼方が冗談を言っている様子は微塵みじんもなく、いたって真面目であった。

 その様子に田所が再度溜息を吐く。

 そして、あきれたように次の言葉を発する。

「そうですか。じゃあ、彼方君はあーめのことをどう思っていますか?」

 幼い子供にさとすかのような言い方に若干の苛立いらだちを感じながら、そう問われると答えは決まっていた。

 しかし、女性と付き合ったこともなければ、告白もしたことのない彼方にとって、それを面と向かって言葉に出すことは自分の恥部ちぶさらすことよりも恥ずかしいことであった。

「そ、それは……」

 彼方の顔は紅潮こうちょうし、耳まで真っ赤になっていた。


「私は彼方君のことが好きだよ」


 有銘がその言葉が彼方に刺さる。

 坂田彼方は物心ついた時から独りだった。

 そんな生活に何ら不満を感じていない……はずだった。

 しかし、それは間違いであった。

 今、彼方は独りではない。

 田所静江。

 笠倉由美。

 そして、小波有銘。

 彼方に愛する人が出来たのは、大学二年生の春だった。


(了)

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不死身の彼方 @yojirosato

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