第47話 有銘の告白
テーブルに乗せられた料理をつまみながら、酒を
何十本とあったビールはいつの間にかなくなり、今はウイスキーのボトルと一升瓶が置かれていた。
「だーかーらー、結局、彼氏は出来ないわ、仕事にも就けないわで、わらしに出来ることなんてなくて……結局、あーめさんに言われないと何も動けないクソ人間なんですよ。わらしらんて、わらしなんて……って、聞いてんのか、
「はいはい、聞いてますよ。とりあえずこれ飲んでください。水です、水」
椅子からソファーに移り酔いつぶれ泣きながら話しまくる
まさに子供をあやす母親であった。
田所も笠倉と同じ量を飲んでいるにも関わらず、顔色一つ変わらない。
――この人は……一体何者なんだ。
コップ一杯のビールで顔が真っ赤になる
「……彼方君、ちょっといい?」
それから数分間、料理をつまみ時に話を振られながら田所と笠倉の様子を見ていた彼方に
「は、はい。いいですよ」
彼方がそう返事をするや否や、有銘が席を立つ。
何かを察した彼方もその背中を追う。
二人が来たのは裏庭にあるウッドデッキであった。
有銘がそこに腰をかけたのを見て、彼方も隣に腰をかける。
当然、二人で話すことはあったが、あの事件以来初めてだった。
そのため、その場には重く湿った空気が流れていた。
――……何から話した方がいいのだろうか。
――……何から話した方がいいのかな。
話すことを
最初に
「何か、
「そ、そうですね……」
彼方と有銘が夜空を見上げるとそこには綺麗な満月があった。
「有銘さん、退院おめでとうございます」
「……ありがとう」
「もう体は大丈夫なんですか?」
「うん。とりあえずは、でもまだ定期的に通院しないといけないけどね」
有銘が
「……有銘さん、何か言いたいことがあれば、言ってくださいね。僕……というか、僕達はそれで何か
彼方が
その言葉に有銘の心臓が
思い切り
しかし、不思議とその痛みは不快なものではなかった。
「…………」
有銘は
――……彼方君は知っているのだろうか。それとも知らないのだろうか。どちらにせよ、心配させていることは確かだし、それならばいっそのこと話してしまった方がいいのだろうか。しかし、それでまたいらない心配をかけてしまうのではないのだろうか……。
「……ふふふ……」
その逡巡を見て彼方が笑う。
「ん? 何? どうしたの?」
「いや、おかしいかもしれませんが、やっぱり有銘さんは有銘さんだな、と思いまして」
「それはどういう意味?」
有銘が
「いやいや、悪い意味じゃないですよ。ただ、今回の事件以降、何か自分を隠しているというか、必死に周りに合わせている感じがしてたんで……今みたいな素の表情が見れると安心するんですよ」
彼方が有銘から満月に視線を戻す。
その表情を横から見ていた有銘が思う。
――私は記憶を失っているかもしれない。でも、同時に忘れていないこともある。私が私であるその
彼方の言葉が有銘の中の
「……彼方君」
有銘が意を決して口を開く。
「実はね、私、事件のせいで記憶を失ったんだ」
満月を
有銘はそれに気づいていながら夜空を見上げながら続ける。
「だからね、この事件のことは勿論、体質のこと、それに関わること全て……田所静江、笠倉由美、坂田彼方についても、私は忘れてしまった」
気づくと有銘の体は
――私を認めてくれるはずだ。大丈夫、大丈夫……。
そう確信しながらも、有銘の心のどこかでは否定される未来を恐れていた。
「……そうなんですね。やっと
彼方が胸を
「驚かないの?」
「驚いてますよ。でも、起きてからちょっと口調が変わったし、
彼方が苦笑いを浮かべながら言葉を
「ただ、記憶を失っても有銘さんは有銘さんじゃないですか。また、これから楽しいことも辛いことも一緒に経験していけばいいんじゃないですか?」
彼方は有銘に起きていることの詳細を知らなかった。
しかし、事件以降、どこか前とは違う様子を見せることが彼方は気になっていた。
そこに言葉では言い
『記憶喪失』
彼方の中に驚きがなかったわけではないし、その症状がどの程度なのか、どこまで忘れてしまったのか、これから思い出すことはあるのか……疑問は多く不安になる気持ちもあった。
しかし、それ以上に打ち明けてくれた嬉しさの方が大きかったのだ。
彼方が有銘の方を向き笑う。
以前の彼方であればこうして割り切ることは出来なかったかもしれない。
いつまでもうじうじと考えては
それをしなくなったのはまさに有銘の影響だった。
「詳細は覚えてないから分からないから本当かどうかも確かめようもないけど」
彼方の言葉と笑顔に有銘がひとつ息を吐き、
「多分、私はあそこで死んでもいいと思ってたんだと思う。姉弟の縁を切ったあいつを殺して自分も死のう、それでこの戦いを終わりにしよう、とそう思ったんだと思うんだよ」
ぽつぽつと静かに
指先が触れただけでも壊れてしまうのではないか、と思ってしまうほど
「私ね、眠っている時、夢か現実か分からない空間で、両親と
しかし、不思議と有銘は回想しながらどこか
「最初は、私を連れて行こうとしているのかな、と思ったんだけど、でもそれは全然違ってね」
宙に視線を
「父さんには〝有銘、お前はこっちに来てはいけないよ。まだそっちでやらなきゃいけないことがあるのだろう〟って言われて、母さんには〝そうね、残念だけど、あなたは私たちの分までやりたいことを思い切りやってちょうだい、それが終わって落ち着いたら、今度は家族四人で行きましょう〟って言われて、瑠璃には〝お姉ちゃん……ごめん、俺が言えた義理じゃないけど、幸せになって〟って言われたんだ」
語る有銘の
その碧眼はどこまでも澄んでいて、どこまでも輝いていた。
「そう言う両親と瑠璃は皆、笑顔でね……それは、もう、何の後悔もないような……そんな顔をしてたんだ。それが……私は……たまらなく嬉しくて、嬉しくて……私のしたことは、意味の無いことじゃ無かったんだって、言ってもらえた気がして……そう思ったら、良かったな、って……うぐっ」
話しながら溜まっていた大粒の涙を零す。
一粒、二粒……。
それからは
その間、彼方は何を言うわけでもなくただただ優しく微笑んでいた。
彼方には何を言わなくても分かっていたのだ。
有銘が落ち着き、改めて彼方を見る。
「……あの、なんか……とりあえず……ただいま」
有銘が涙を流したまま無理やり笑顔を作り言う。
「お帰りなさい、有銘さん」
有銘が遠く離れた現から現実世界に帰ってきた瞬間だった。
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