第3章

第13話 田所の過去

 田所静江たどころしずえはこの世界をにくんでいた。

 自分を他の人と違うように産んだ親をうらんでいた。

――人と少し違うってだけで、どうして私だけ仲間外れにされなきゃいけないの? こんな体質じゃなければ私にも友達がたくさん出来たのに……どうしてこんな世界のこんな時代に私を産んだの? こんなことなら最初から産まれてこなければよかったのに……。

 それは田所が図書館で小説を読んでいる時だった。

「お姉ちゃん、ねえ、お姉ちゃん」

「ん? どうしたの?」

「この本、読んで」

「うん、いいぞ。でも、ここだと迷惑になるから、あっちに行くぞ」

「うん!」

 歳に似合にあわぬ物言ものいいをする少女の元から片時かたときも離れずに無邪気むじゃきに笑う少年。

 田所の前に現れた姉弟と思われる少年少女。

 純粋無垢じゅんすいむくな笑顔を浮かべるその少年と歳は四歳か五歳くらいなのに驚くほど落ち着いている少女に田所は羨望せんぼう眼差まなざしを送っていた。

――私にもあんな頃があったのかしら?

 図書館独特の匂いとページをめくる紙の触感、時折ときおり誰かがする咳払せきばらいと空調の音。

 現実を生きていながら、今となっては何を思い出すことも出来ない闇の中に田所の意識はあった。

 二時間ほど時間を潰し図書館を後にすると、その門の前には先程さきほどの仲の良い姉弟が誰かを待っているのか、本を抱えて立っていた。

 その姉弟は、無論、小波有銘さざなみあるめ小波瑠璃さざなみるりであった。

 二人は何をするわけでもなくただただ立ち暮れる夕焼けをながめていた。

 田所がそんな二人を尻目しりめに立ち去ろうとする。

 すると、後ろから唐突とうとつに声をかけられた。

「お姉さん!」

 声をかけたのは有銘だった。

 後ろを振り向くと、二人ともが田所をじっと見ていた。

「……わ、私?」

「うん。そうだ」

 金髪碧眼へきがんの少女が田所を見据みすえる。

 その碧眼は見ていたら吸い込まれそうになるほど綺麗でいて、そしてどこか悲しさに満ちていた。

「……な、何かしら?」

 若干の戸惑いを感じながら田所がくと、有銘と瑠璃が何の前触まえぶれもなく答える。

「この世界はあなたが思うほどよごれてはいないぞ」

「……!」

「だからね、僕達と一緒にこの世界を変えていこうよ」

「…………!」

 一瞬何を言われているのか理解できなかったが、頭で理解した瞬間、驚きで声が出せないとはまさにこのことだ、と田所は実感する。

 当時の田所はこの少女と少年が小波有銘と小波瑠璃であることを知らなかった。

 当然、初対面であり、一緒に何かを話したわけでも何かをしたわけでもない。

 そんな少年少女にいきなり己の中にある核心かくしんを突かれたような衝撃しょうげきが襲ったのだ。

 それゆえ、驚きは一入ひとしおであった。

 それが田所静江と小波有銘、小波瑠璃の出会いであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る