第12話 瑠璃の思惑

 暗闇の中、廃校はいこうになった学校に一人の男性が入る。

 取れた右腕を左手に持ち、ふんふん、と鼻歌を歌う男はまさに狂気きょうきであった。

――――ガラガラガラ。

 二階の教室の一つの扉を開ける。

「また右腕かい? 今度は左の脚とかにしてもらったらどうかね?」

 机の上に座る女性が爪の手入れをしながら視線を向けることなく言う。

「あいつは僕の右腕が相当好きみたいだから、まあ、いいんじゃない」

 そう言って、男、小波瑠璃さざなみるりは机や椅子を乱暴にどかし床に座る。

 そして、取れた腕に自分の唾液だえきをつける。

――――ジュー、ブクブクブク……。

 冷たい水に熱した石を入れるがごとく、取れた右腕の断面から湯気が上がる。

 そして、それを何の躊躇ちゅうちょも無くくっつける。

 十秒ほど押し当てたと思ったら、右腕はすでにくっついていた。

 瑠璃が感触を確かめるように右腕をぐるぐる回したり、グーパーグーパー握ったり開いたりする。

「それより、どうだったんだい、坂田彼方君の方は?」

 髪の手入れを始めた女性が片手間で訊く。

「んー、そうだなー……表では何も興味ない風をよそおっているけど、その実、裏では消え去れない正義感が満ち満ちてる子だね。……僕が一番嫌いなタイプだ」

「ふーん。でも、あんたも回りくどいやり方するね。わざわざ警戒されるようなことしてさ。手段を選ばなけりゃもっと簡単に事は進むのに」

 女性が腰まで伸びた黒髪に丁寧ていねいにオイルをっていく。

 月明かりに照らされたその髪一本一本が綺麗に透き通る。

 女性が触る度につややかな髪がおどる。

 そんな彼女を尻目しりめに瑠璃が小さく溜息ためいきを吐く。

「分かってないな、君は。あいつらに僕らのことを分からせて、警戒させて、色々な準備をさせる。そうした上でひとつ残らず何もかも奪い去る。情報も肉体も、全て。……その時の絶望に満ちた表情が見たいんじゃないか、くっくっくっ……」

 瑠璃が胸ポケットから一枚の写真を取り出す。

 それは幼い頃の有銘と瑠璃であった。

「この顔がどうゆがむのかと想像すると……もう……ぞくぞくして興奮しちゃうよ」

 そして、左手につけられたミサンガを思い切り千切ちぎる。

「…………変態シスコン野郎」

「何とでも言え。若作りババア」

「ほう。やるのかい?」

「僕はここで決着つけても構わないよ」

 瑠璃と女性がにらみ合う。

「またやってんの? いい加減にしなよ。俺たち一応仲間なんだからさ」

 外の窓から教室に入ってきた少年があきれた顔で言う。

 その言葉で瑠璃と女性がお互いに、ふん、と鼻を鳴らし目をらす。

――俺、選択を間違えたかもしれない……。

 その思いを抱きながら、少年は深い溜息を吐く。

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