第11話 彼方の決断

 彼方かなたがポケットティッシュで鼻をかむ。

 泣きらしたまぶたと充血した瞳はそのままに、改めて有銘あるめに向き合う。

「……お見苦しいところをお見せしました」

「いえいえ。どういたしまして」

 有銘の笑顔に彼方は少し恥ずかしい気持ちになる。

 暗く音のない世界に沈んでいた彼方の心はすでに晴れていた。

 本当であればこんな場所で言うことではないのかもしれないが、ここで言わなくては一生言えない気が彼方はしていた。

「…………僕は弱くてずるい人間です。窮地きゅうちに立たされればきびすを返して逃げるかもしれませんし、簡単にあなたを裏切るかもしれません」

「うん」

「僕にはあなたみたいに壮大そうだいな目標もなければ、そんなことを成し遂げられるだけの気概きがいもありません」

「うんうん」

 有銘が相槌あいづちを打つ。

 柔らかく温かな毛布に包み込まれるような感覚。

 そんな母性に満ちた温もりが彼方にとってたまらなくいとおしく、そしてとうといものだった。


「でも……そんな僕でも、あなたの……有銘さんの力になれるのであれば、僕はなりたい!」


 彼方が無意識に閉じ込めていた感情をさらけ出す。

 心の奥底に押しとどめておくのが正解だと信じていた。

 実際そうしてきたことで余計なことに巻き込まれずにここまで生きてこれたのだ。

 それが当たり前だと思っていた。

 しかし、この人を前にするとその当たり前がくつがえされる。

 こうだと信じていたものが、実は全く違いもっと開けた可能性を見せられる。

「うん!」

 有銘が力強く頷く。

不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、よろしく!」

 彼方と有銘がお互いに横を向き、頭を深々と下げる。

 そして、同時に頭を上げ、目を合わせる。

 夜空に一等星のように輝く碧眼へきがんとその周りで弱弱しくも健気に光る紅玉こうぎょく

 その二つが互いに並び立ち、手を取って歩み始める。

 そんな瞬間であった。

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