第14話 三人の日常

 彼方かなた有銘あるめに協力することを決めてから一ヶ月が経過した。

 その間、彼方が特別何かをすることはなかった。

 また有銘から指示が与えられることもなかった。

 会議としょうして小波さざなみ家に行くことはしばしばあったが、それでも話が先に進むことはなく、大体無為むいな時間をついやして解散になってしまう。

――こんな悠長ゆうちょうにしていていいのだろうか。こうしている間にも瑠璃に先を越されてしまうのではないか。

 幸い、この間みたいに接触してくることはなかったが、彼方は若干のあせりを感じていた。

 二一××年、六月某日ぼうじつ

 太陽光線によって熱せられたアスファルトが湯気ゆげを上げている。

 湿度が高くじめじめとした空気がより熱気を助長じょちょうさせる。

 シャツ一枚でもじわりと汗をかいてしまう季節にさしかかっていた。

「なんで一緒に来ないんだ! ここは一気呵成いっきかせいに攻めるところだろ!」

「いいえ、まずはこちらの体力を回復させてから、少しずつ削っていく方が安全です」

「そう思わせるのが相手の作戦なのが、どうして分からない!」

「有銘さんこそ、そうやって誘われてるのが、どうして分からないんですか」

「…………あんた達、よく一緒にやれてるわね」

 彼方と有銘は今、今後のことを話し合うため連日小波さざなみ家に来ていた。

 そして、彼方達はその休憩時間にとあるゲームに興じていた。

 三人一組になり日本刀や銃、爆弾、戦車、爆撃機など多彩に渡る武器をたくみに用いて敵を掃討そうとうし、最後の一組に残れたら勝ちというサバイバルゲームだ。

「……ああ、もう、やめやめ! 君と一緒だと全然勝てないじゃないか! もうもうもう!」

 有銘がコントローラーを投げ、ソファーの背に背中を預ける。

 彼方ともう一人の女性が顔を見合わせ、苦笑にがわらいを浮かべる。

――いつもこんな調子で大変ですね。

――まあ、もう慣れたわよ。

 言外げんがいにこんなやり取りがされている、と彼方は想像する。

 女性が、よいしょ、と腰を上げる。

「じゃあ、私は昼ご飯を作るわね。あーめは何が食べたい?」

「大大オムライス! 硬め、濃いめ、ニンニクマシマシ、野菜マシマシで!」

 小波が目をきらきらと輝かせ即答そくとうする。

「はいはい。特盛オムライスの卵硬め、味濃いめ、ニンニクマシマシ、シーザーサラダ五〇〇グラムね。彼方君は?」

「僕もオムライスで大丈夫ですよ」

「分かったわ。すぐ作るわね。彼方君、悪いけどテーブル片付けといてくれる? あーめは先にお風呂入ってきなさい。どうせまた四日くらい入ってないんでしょう?」

「あー、ひどい! ちゃんと入ってるぞ。……三日前だけど」

「三日も四日も変わらないわよ。入らないとオムライス食べさせませんからね」

 女性が腰に手を当て有銘をにらむ。

 その様はまさに母親と子供のそれであった。

「…………むー、分かったー」

 有銘が頬をふくらませながら、渋々しぶしぶといった様子で風呂場に足をばす。

 その様子を横目で見ながら、女性がひとつ息を吐く。

「田所さんがいないと有銘さんは今頃、廃人になっているでしょうね」

「……あーめに助けられた身として全力で否定したいところだけど…………どうポジティブに考えてもそれが出来ないところが悔しいわね」

 そう言って田所と呼ばれた女性が、ふふふ、と笑う。

 田所静江たどころしずえ

 同じような体質の子がいる、と有銘の言うその子がまさに田所静江であった。

 本職は教師であり、高校で生物を教えているという。その合間あいまに有銘を手伝い、もとい家事などの生活のサポート全般をしているという。

 身長は彼方と同じくらいか、もしくはそれよりも高く、腰まで伸びたつやのある長い黒髪を一つにまとめている。目尻めじりが若干垂れており、笑うと出来る笑窪えくぼと浅いほうれい線が彼女の優しさと温かい雰囲気を演出している。また、出るところは出て締まるところは締まっている、その理想的とも見えるそのスタイルとほのかに香る香水の匂いが人を魅了するのだろう、と彼方は推察すいさつする。まるで近寄る人全てに媚薬効果のある鱗粉りんぷんかれているのではないか、と錯覚さっかくしてしまうほどの中毒性が彼女の外見にはあった。

 一緒に事を進めていく仲間として田所は自身の体質の詳細を彼方に教えてくれた。

 田所が持つ体質は夢で翌日起きることの断片だんぺんを見ることが出来る力、つまり一種の未来予知みらいよちである。

 眠りにつき夢を見なければ未来を見ることが出来ない点、翌日のどの時間のどの出来事が見えるかは未知である点、どれだけ変えようとも結果は決して変わらないという点などその制限は多いが、有銘の目標を果たす上でこれ以上にない強力な仲間であることは間違いなかった。

 彼女自身も言うように、彼方同様、有銘に助けられ有銘の手伝いをしようと集まった仲間である。終始しゅうし落ち着いており、物事を客観的にとらえることが出来るため、有銘の足りない部分を十分におぎなう存在である。

 そんな彼女もまた過去に闇を抱えている女性であることは想像にかたくなかった。

 以前、他愛たあいもない話の流れからいたことがある。

「田所さんはいつからここにいるんですか?」

「んー、もう、かれこれ五年くらいにはなるかしらね」

「結構長いんですね」

「そうね。最初はここまで長くいるつもりじゃなかったんだけど、あーめを放っておくと……ほら、心配でしょ?」

「それ、ここに来てから凄い感じてます」

 田所と彼方が笑い合う。

「田所さんはどうして有銘さんを手伝うことになったんですか?」

「どうしてかしらね……まあ、成り行きみたいなものかしら」

 田所が洗濯物をたたみながら言う。

「田所さんも有銘さんに強引に誘われたくちですか?」

「そうよ。あの子、こうと決めたら絶対に曲げない子だから、結局、根負けした感じね」

「じゃあ、僕と同じようなものですね」

 再度笑い合う。

「ちなみに、いつ頃、自覚したんですか?」

「……この体質のこと?」

「はい」

 その瞬間、田所は邂逅かいこうするように宙に視線を彷徨さまよわせる。同時に薄くはあったが、彼女の瞳に影が差す。

「そうね、確か……あれは小学生の頃だったと思うけど」

「そうなんですか。じゃあ、その時は」

「はいはい! 私の話はここで終わり! 彼方君、乙女には秘密の一つや二つはあるものよ。それくらいミステリアスな方がいいの……それに……聞いても楽しいものじゃないわ……」

 彼方の口をさえぎり、田所が打ち切る。

 その表情は優しく見守るような柔和にゅうわな表情ではなく、辛く悲しい物事を追体験ついたいけんするかのごとく沈んだ表情であった。

 それからというもの、田所に過去のことを訊くことは彼方の中で一種のタブーに昇華しょうかされており、それは今や時間が経てば経つほど大きくふくれ上がるパンドラの箱であった。

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