第15話 三人の第一歩

 有銘あるめが風呂から上がり、そのタイミングを見計みはからったかのようにオムライスが完成した。

 彼方かなた田所たどころのオムライスは極一般的なサイズだが、有銘のだけ賞金のかかっている大食い挑戦なのか、と思ってしまうほど大きかった。それに加えこれでもかと盛られたシーザーサラダがわきを固めている。

 見ただけでお腹いっぱいになりそうな量だが、有銘はそれをものの十分程でたいらげてしまった。彼方にはこの小さな体のどこに入っているのか、考えても全く分からなかったが、有銘はそんな思いなど歯牙しがにもかけず満足そうな表情を浮かべていた。

 これが日常だった。

 今は昼食も食べ終わり、リビングでくつろいでいる。

 今日は今後のことについて話し合うはずなのだが、その気配は微塵みじんも感じない。

「あの、ひとついいですか?」

 そんな空気の中、彼方が声を上げる。

「ん? トイレか? トイレだったら扉を出て右手に」

「いや、そんなことじゃなくて……大丈夫なんですか?」

「ん? 何が?」

「早く何かやらないとまたあの人に何かされるんじゃないですか?」

「…………あっ、やば、伝え忘れてた」

 その言葉に田所が鋭い視線を送り、それに有銘が冷や汗を流す。

「彼方君、悪い。言い忘れてたけど、そのことは順調に進んでるんだ。だから、そんなに心配しなくてもとりあえずは大丈夫なんだ……でも、最近、君の表情が硬いな、と思っていたら……なるほど、それを心配してくれてたんだな。ありがとう」

 そう言って有銘が笑みを浮かべる。

「いえ、そんなことは……」

 なぜか有銘にめられると少し照れてしまう。

 単に褒められ慣れていないだけなのだろう、と彼方は思っていたが、田所に褒められてもここまで照れることはない。

 彼方が有銘を見つめる。

「……ん? どうしたんだ?」

「いえ、別に……」

「そうか? 何か、言いたいことあったら言うんだぞ。遠慮えんりょしなくていいからな」

「はい。分かりました」

 彼方はこの感情がどこから来るものなのか、まだ自覚していなかった。

「でも、それにしても遅いわね。本当は昨日来る予定だったんでしょう?」

「そう言ってたはずだけど、確かに遅いな……」

 ――――ピーンポーン。

「おっ、グッドタイミング!」

 来訪を告げるベルが鳴り、有銘が玄関へ急ぐ。

 そして、足早に戻ってきた有銘が持っていたのは自身の体を隠さんばかりに大きな段ボールであった。

「――よいしょっと」

 それをリビングの空いたスペースに置く。

「えっと、これは……」

 彼方が戸惑いを隠せない中、田所が口を開く。

「私達の最終的な目的は主に二つ。この体質を治す方法を見つけること。私達と同じような体質を持つ子を小波瑠璃さざなみるりより先に見つけて助けること。そのためにまずはこの体質がなぜ出現したのかを調べなくてはいけないでしょう」

 有銘が次々と段ボールを運び、合計八個の段ボールがリビングに運び込まれた。広いリビングを埋め尽くす段ボールに彼方はただただ呆然ぼうぜんとしていた。

「それを知るとっかかりとして、定期的に過去の奇妙きみょうな出来事や事件をひとつひとつ調べてるのよ。だから」

「それを知り合いの刑事に頼んで、特別に資料を送ってもらったんだ。すごいだろう! もっと褒めてもいいんだぞ。がっはっはっはっ」

 田所の言葉をさえぎって有銘が言う。

 それ、私の知り合いに私が頭を下げて頼んだのよ、と田所が軽くほおふくらませるが、有銘に悪気わるぎは一切ない。

「データで保存されてれば楽だったんだが、何せ昭和初期くらいからの資料を送ってもらったからな……うん、仕方ない」

 有銘が段ボールの口を開けていく。

 彼方がその中のひとつを覗くと、そこには確かに○○事件等と書かれたファイルが隙間すきまなく入れられていた。中には赤のスタンプで極秘と書かれたものもあった。

「……あの、これ、大丈夫なんですか?」

「ん? 全然大丈夫だぞ」

 彼方が不安になり訊くが、有銘は事も無げに言う。

 段ボールの開封を進めていくと、封印、とか、開けるな危険、とかの言葉が物々しい字体と色で書かれているのに遭遇そうぐうする。

 有銘の軽口かるくちとその文字が彼方の不安を余計にあおる。

「…………本当に大丈夫なんでしょうか⁉ 僕、知らないうちに前科持ちになるとか、呪いにかかってるとかは嫌ですよ」

「彼方君は心配しなくても大丈夫よ。何かあればあーめに責任取ってもらうから」

「うわっ、しーちゃん、酷い! 人でなし! 鬼! 悪魔! 腹黒! おっぱい星人!」

「黙りなさい! この脳筋娘のうきんむすめ! 余計なことがしゃべれないように口をふさいでやろうかしら!」

 段ボールの開封作業もそこそこに有銘と田所が、ガルルル、と互いに牽制けんせいしながらにらみ合う。二人の背後に虎と龍が見えるのは彼方の見間違みまちがいではないだろう。

 彼方は深い溜息ためいきを吐き、段ボールを開封していく。

――乗り越えないといけない障害がまだまだたくさんあるのに、こんな調子で本当に大丈夫なのだろうか……。

 前途多難ぜんとたなん

 この先の行くすえが本気で心配になる坂田彼方であった。

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