第16話 三人のやる事

「……これは……」

 五日ぶりに部屋に来た田所たどころがあまりの惨状さんじょうあきれながら、ソファーで腹を出したかいびきで眠る有銘あるめと床に布団をき姿勢正しく眠る彼方かなたを見る。

「…………進捗状況しんちょくじょうきょうを整理するのは後にして、とりあえず片付けからね」

 空の段ボールと山積やまづみにされた過去の捜査資料は部屋の片隅かたすみに追いやられている。

 テーブルの上には無数にころがるエナジードリンクの空き缶とらかされたコンビニ弁当やカップラーメンの空き容器、菓子パンやお菓子の袋が散乱さんらんしている。さらに食べきれなかったのだろう。大皿にこれでもかと盛られたチョコレート、飴、ドーナッツ、菓子パン、ポテトチップスが壮絶そうぜつさを物語る。

 本来、田所も一緒に参加していればこんな惨状にはならなかったのだろうが、田所には本職があり、また近々ちかぢかにやらなきゃいけないことがあったため、捜査資料の読み込みと情報の洗い出しを有銘と彼方にまかせざるをなかった。

 二人が寝ていることなど全く気にせず足元のゴミを片付けていく。

 百歩ゆずって食べる物をコンビニに頼るのは目をつむったとしても、彼方がいればこんなことにはならないと田所は思っていたのだが……どうやら甘かったようだ。

 カーテンを開け、掃除機そうじきをかけ始めた時、ようやく有銘と彼方が起きた。

「……んー、うるさいな」

 有銘が、ふわー、と大きなあくびをしながら体をらせる。

「おはようごいます、田所さん。……そして、大変申し訳ありませんでした」

 彼方は寝起きにもかかわらず、すぐに布団をたたはしに寄せ、土下座する。

 それはもうどころがないくらい綺麗に頭を床につける。

「彼方君、あなたには失望したわよ」

 心底しんそこ冷たいをして田所が言う。

「…………すみません」

 彼方が出来ることはただただ平謝りすることだけだった。

「……ぷ、冗談よ、冗談。ほら、早く顔を洗ってきなさい。あーめは二度寝しないで起きなさい」

 その後、彼方も片付けに参加し粗方あらかた終わったところで、風呂から上がりさらに朝飯をしこたま食べて上機嫌になった有銘がホワイトボードの前に立つ。

諸君しょくん、それではこの五日で分かったことの確認とこれから何をするべきかについて話そうではないか!」

 ホワイトボードを伸縮自在しんしゅくじざいの棒でぱしぱし叩きながらたからかに宣言する。

「いつも思うけど、なんであんたはそんなに偉そうなのよ」

「だって、こっちの方が威厳いげんが出るだろう。上に立つ者に威厳は必須だ。なんだ、しーちゃんはそんなことも知らなかったのか?」

 有銘が、がっはっはっはっ、と腰に手を当て笑う。

「もう、いつものことで慣れてもいるけど……今日はなんか一段いちだんとムカつくわね」

「…………全力で否定したいところですが、激しく同意します」

 二人はそう思いながらもそれを正式にとがめることはしない。

 有銘が尊大そんだい我儘わがままで自分勝手なことはもはや自明じめいであるし、今更いまさらそれを言ったところで何かが変わることもないことを分かっていたからだ。

「まあ、それは少し冗談として……とりあえず私と彼方君の方から結果報告をするぞ」

 そう言って有銘が改めてホワイトボードを指す。

数多あまたある事件から私達が気になった事件はこの三つ」


『川崎駅爆破ばくは事件』

『茅ヶ崎一家惨殺ざんさつ事件』

『品川小学校全焼事件』


「この三つとも未解決事件としてお蔵入りしている。そのどれもが不可解な手口で犯行がなされているというのが共通点。まさに超能力か魔法じゃないと説明できないと揶揄やゆされたほどにだ。だから気になったんだが、しーちゃんの方はどうだった?」

 呼ばれた田所が胸の前で腕を組み、うーん、とうなり声を上げる。

「ん? あんまりいい結果じゃなかったか?」

 有銘が考え込む田所を見るが、うーん、と唸りながら田所が姿勢をくずすことはない。

「いや、そういうわけじゃないんだけど……というより、何の偶然か、私が見た夢でも候補に挙がったのが、この三つの事件だったのよね」

 有銘が瞳を見開みひらき言う。

「えっ、そうなのか⁉ それじゃあ、絶対この三つの事件の中に何かあるってことじゃないか。なんでそんなに悩むことがあるんだ?」

 目を輝かせく有銘に田所が溜息ためいきを吐く。

「よく考えて見なさい。私達が調べようと思って本腰ほんごしを入れた途端とたんしめし合わせたようにこの三つの事件がりになった。無数にある中でこの三つがピンポイントにかぶったのよ。こんな奇跡みたいな偶然ってあるのかしら、と思ってね」

「裏で誰かに誘導ゆうどうされているとか、ですか?」

「そうね、その可能性も頭に入れといた方がいいわね」

――もし誰かが裏で手を引いているのであれば、それは誰なのか。その目的は何なのか。僕たちに何をさせようとしているのか……。

 ここで彼方が考えても分からないことだらけだったが、考えてもらちが明かないことだけは間違いない事実だった。

「でも、いずれにせよ、今はこの三つの事件を調べてみないと何とも言えないことは確かだろう?」

 彼方と田所が思慮しりょを深める中、有銘がテーブルの上のドーナッツに手をつけながら言う。

 一つ、二つ、三つ……。

 物凄ものすごい速度で体内に取り入れていく有銘はまさに圧巻あっかんであった。

 若干のあきれとあきらめを込めて田所が有銘を見るが、有銘の言うことも最もであった。

「……まあ、それもそうね。考えるのはそれからにしましょう。じゃあ、各自助け合うのは前提として、ざっと担当を決めておきましょうか。たぶんそっちの方が効率がいいわ」

 田所がそう言ってホワイトボードに書き込んでいく。


『川崎駅爆破事件:小波有銘』

『茅ヶ崎一家惨殺事件:田所静江』

『品川小学校全焼事件:坂田彼方』


「とりあえず各自で調べてみて、一週間後のこの時間にまた報告しましょう」

「オッケー!」

「了解しました」

 そして、各々が各々の方法で調査に乗り出していった。

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