第6章

第37話 坂田彼方と小波有銘

 坂田彼方さかたかなたは人を好きになったことがなかった。

 そもそも〝好き〟という感情自体がどのようなものであるかを把握していなかったことも大きな要因の一つである。

 彼方はある少女が気になっていた。

 短髪で透けるほど綺麗な金髪。

 吸い込まれそうなほど純粋な碧眼へきがん

 筋の通った鼻梁びりょう

 ぷっくりと張りのある唇。

 およそ一三〇センチ程度しかない身長。

 小振りな胸。

 どれか一つが欠けたとしても少女が少女足りえない。

 それほどに見事なバランスを保つ少女。

 面倒くさいことを嫌がりかなり雑な部分はあるが、こうと決めたら真っ直ぐに突き進む信念を持ち合わせている少女。

 気づけば彼方はその少女、小波有銘さざなみあるめのことが好きになっていた。

 

 小波有銘は幼い頃からある男性がずっと好きだった。

 そもそも生きてきてその人のことしか好きになったことがなかった。

 目に入りそうなほど長い前髪。

 顔の半分以上を占める大きな黒縁くろぶち眼鏡。

 華奢きゃしゃな体に陰気な空気をまとう背中。

 人に無関心でいて関わりを持とうとしないくせに困っている人を見捨てることが出来ない優しい男の子。

 その実、紅玉こうぎょくに輝く瞳に隠された情熱を宿す男の子。

 気づけば有銘の瞳はその男の子、坂田彼方のことを無意識の内に追っていた。

 彼方のことを一番に考えるようになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る