第36話 戦いの幕切れ
隣で苦しんでいた老婆はすでに動かなくなっていた。
――……おかしい。もう一人男がいたはずだが……。
「……うっ、ぐはっ!」
「有銘さん! 大丈夫ですか⁉」
倒れそうになる有銘の体をすんでのところで支える。
「有銘さん、しっかりしてください! 有銘さん!」
有銘の意識がどんどん遠くにいくのは明らかだった。
「おい、坂田彼方!」
その時、ふとかけられた声の方を振り向くと、そこには先程まで瑠璃の隣に立っていた男がいた。
「あ、あなたは」
「今、救急車を呼ぶから、それまで有銘さんに心臓マッサージをしろ! 私は
男は
何が何だか分からない状況の中、ただただ彼方は言われたことを
「…………か、なた……くん」
顎に触れた時、有銘が薄れゆく意識を何とか
「喋らないでください! もうすぐ救急車が来ますから、それまで」
「……瑠璃は、どう……なった?」
「瑠璃ですか? あの人は、もう……」
そう言って瑠璃の方に目をやるが、体を動かすことはもうなかった。
「……そうか、じゃあ……」
有銘が安心した表情を浮かべ目を閉じる。
同時に有銘の瞳から大粒の涙が
荒かった呼吸が静かになっていき、心臓の動きが
彼方の嫌な予感が確信に変わった瞬間だった。
「そうです! もう終わったんです! だから、死なないでください!」
彼方がそう叫ぶが、有銘の意識は
「……あり、がとう……す、き……」
「ダメです! もう少しで助かりますから! だから、もう少しだけ、頑張ってください! 有銘さん!」
彼方が必死に声をかけるが、その声はもう有銘の耳には届いていなかった。
顎を開け、気道を確保する。
胸骨圧迫を三〇回。人工呼吸を二回。
それを絶え間なく続ける。
いくら腕がきつくなろうが、止めることはない。
彼方はこれを機に指が動かなくなろうが、腕が動かなくなろうが一向にかまわなかった。
有銘の命が助かるのであれば、もはや自分のことなどどうでもよかった。
――――……ピーポー、ピーポー、ピーポー、ピーポー……。
救急車のサイレンが近くなってきた。
それと同時にかろうじて保っていた有銘の意識が切れる。
目を開けることはおろか、体が動くことも息を吸うこともしていない。
しかし、その顔は妙に柔らかく、全てを受け入れたかのような表情であった。
「有銘さん! しっかりしてください! まだ、言いたいことの一つも言えてないのに、僕は、僕は……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をそのままに彼方は心臓マッサージを続ける。
しかし、有銘がその場で息を吹き返すことはなかった。
有銘の手首に着けられたミサンガはいつの間にか
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