第35話 瑠璃の最期

 瑠璃るりはこの体質で苦しむ人を少しでも減らしたかった。

 自身が幼い頃から何をしたわけでもないのに迫害はくがいされしいたげられた経験を他の人に経験してほしくなかったのだ。

――この体質で苦しむ人々の力になりたい。

 しくも瑠璃の願いは有銘あるめと同じだった。

 違ったのはその方法だけ。

 この体質を持つ者と持たざる者。

 その両者の歩み寄りによる協調を望んだのが有銘。

 対してぶつかりによる支配を望んだのが瑠璃。

 両親の死は事故だった。

 父は炎を自由に作り出すことが出来る体質を持ち、母は相手の思考をあやつることが出来る体質だった。

 両親はそれを子供たちに告げていなかった。

 そして、瑠璃の体質が突然出現した。

 それは有銘が体調を崩し入院し、父、母、瑠璃の三人で食事をしている時だった。

 父と母が会話をした際、瑠璃の食べる食物か何かに唾液が付着してしまったのだろう。

 意図せず手の平に出現した炎に驚き、それを制御できないまま父と母を焼き殺し、家を全焼させた。

 両親の死をさかいに二人のすれ違いは大きくなり、決して交わることがないほどの深いみぞが出来てしまった。

 仲の良かった姉弟だっただけにもしかしたら時間をかけてゆっくりと溶かせば分かり合えたのかもしれないが、それをする前に瑠璃は姿を消してしまった。

 瑠璃は自分のしたことを思い返し絶望した。

――僕はなんてことをしてしまったんだ。……もう、死んでつぐなうしかない。

 そう思い自死を決意するが、突如とつじょとして頭の中に流れる言葉と表情が瑠璃の行動を止める。

『瑠璃、人が困っていたら助けてあげなさい。手を差し伸べなさい。常に弱い人の力になりなさい』

――せめて優しい表情を浮かべる両親の思いを果たしてから死のう。この体質で苦しむ人が減るように自分が上に立ってこの世界を変えよう。

「……まだ、やらな、くては、いけない、のに……」

 途切とぎれる言葉を必死にしぼり出し有銘の方へ手を伸ばすが、視界は少しずつかすんでいく。

 瑠璃はおのれ野望やぼうを胸に突き進んできたが、今、願いを果たすことも叶わないまま死を迎えようとしていた。

 瑠璃が一度まばたきをすると、そこは暗闇に包まれた世界だった。

 先程まで感じていた痛みや苦しさが嘘のように消えている。

 瑠璃は足に力を入れ立ち上がると、ふらふらと歩きだす。

 何をしたらいいのか、どこに向かっているのか、そもそも自分が歩けているのかさえも曖昧あいまいな世界だったが、動かずにはいられなかった。

 そこにふと前に立つ二人を見つけ、瑠璃の心臓がねる。

――…………父さん、母さん。

 それは幼い頃、瑠璃が殺してしまった両親だった。

――ごめんなさい。僕は取り返しのつかないことをしてしまった。困っている人を助けるどころか、たくさんの人の人生を奪ってしまった。許されないことをしてしまった。

 瑠璃が下唇したくちびるを強く嚙み必死にこらえるが、あふれ出す涙を止めることは出来なかった。

 瑠璃の言葉に父と母が振り返る。

――…………瑠璃、確かに、お前は決して許されないことをしてしまった。いくらこの体質で苦しむ人を助けるためとはいえ、多くの犠牲を出すような方法では救われた人も幸せにはならない。

 暗闇の中、厳しい表情で父が言う。

――……でも……それでも、俺はお前の父親で良かったと思っている。やってしまったことを変えることはできないが、心の奥は優しいお前はまだ残っている。それが俺は嬉しいんだ。一緒につぐなおう。

――お母さんも同じよ。瑠璃、一緒に償いましょう。そして、もし、来世があるのなら、そこでまた一からやり直しましょう。その時は勿論、有銘も一緒にね。

――……父さん、母さん。ありがとう。僕も父さんと母さんの子供で本当に良かったよ。

 母が涙を流す瑠璃を抱きしめ、父が瑠璃の頭を優しくでる。

――さあ、行きましょうか。

 そして、両親は瑠璃をはさむように手を握り、三人で歩き出した。

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