第38話 有銘の意識

 救急車で運ばれた小波有銘さざなみあるめは救命救急室で治療を受けていた。

 医者と看護師の声が飛び交う中に運ばれて三〇分程度が経過しようとしていたが、あわただしさが落ち着くことはない。

――ふわふわとした感覚が体全体をおおっている。ここは夢なのか現実なのか、それとも天国なのか地獄なのか……自分が今どこにいるのか、全く分からない。確か、何か大事な目的を果たすために動いてきたのだが……駄目だ。そこから先が思い出せない。記憶が曖昧あいまいだ。薄れゆく意識の中、誰かが、何かを耳元で言っていたのは覚えているが、詳細は分からない。私はこれからどうなるんだろうか……。

 小波有銘の意識はちゅうを舞っていた。

 自分が死んでいるのか、生きているのかの区別さえも曖昧だった。

 頭の中で様々な情報や言葉、動画や画像が縦横無尽じゅうおうむじんに飛び交うが、いくら手を伸ばしても有銘がそれらを捕まえることは出来ない。

 そうしているうちにそれらは風船やシャボン玉が割れてしまうかのようにパチンという音を立てて霧散むさんしてしまう。

――パチン、パチン、パチン…………。

 焦れば焦るほど割れる速度は早くなり、ついに最後の一つも割れてしまった。

 残されたのはただただ呆然ぼうぜんと無重力の空間に身を任せている自分だった。

 何かをやろうとしていたことは分かるが、それが何か分からない。……というよりもっと正確に言うのであれば思い出せなかった。

――…………私は誰で何者なんだろう。

 そんな中で有銘の目に映ったのは両親と瑠璃るりの後ろ姿であった。

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