第39話 彼方の思い

 彼方かなたは真夜中の待合室で一人祈っていた。

――神様、どうか、どうか有銘あるめさんを救ってください。助けられてばかりで、何一つとして恩返しが出来ていないんです。ちゃんとお礼だって言えてないんです。僕にそのチャンスを下さい。どうか、よろしくお願いします。どうか……。

 祈るべき神様が仏陀ぶっだなのか、キリストなのか、釈迦しゃかなのか、無宗教の彼方に明確な対象はいなかったが、祈る対象は正直どうでもよかった。

 祈るという行為そのものが自分と有銘をつなぎ止めておく唯一の手段だ、と彼方は信じていた。

 彼方は祈りながら有銘との時間を思い起こしていた。

 初めて会ったのは大学の教室だった。正確に言うと、幼い頃に一度会っているのだが、彼方にはその記憶は全くなかった。

 いきなり来た少女に机が粉々こなごなになるほどの力で頭を叩きつけられ、怒りと不信感しかなかった。

 しかし、その少女が自分の体質のことを知っていること、自分と同じような境遇きょうぐうでこの体質で苦しむ人たちを助けたいと思っていることを聞いた。

 人が利害で動き、それにより簡単に信じもすれば裏切りもすることを彼方は嫌というほど知っていた。その中にある憎悪ぞうお嫌悪けんおも。

 この少女も同じような類いの人種で自分のことを利用しようとしているのだろう、と思っていた。

 そんな彼方の予想は外れた。

 少女は他の人とは全く違っていた。

 純粋に人の力になりたくて、純粋に仲間のことを思ってくれる人だった。

 夜中、彼方の家に初めて有銘が来た時、緊張で上手く話せなかった。

 小波瑠璃さざなみるりが出現し有銘の危うさを知った。

 どこまでも真っ直ぐで曇りのない碧眼へきがんが不安になった。

 その時、自分よりも辛い境遇にありながら懸命に生きる少女の力になりたいと思った。

 有銘の家兼事務所に行き、有銘の生活に触れた。

 大食漢たいしょくかんでとことん面倒くさいことを嫌う性格を知った。

 その実、目的のこととなると何の相談もなく裏で段取りを組み、一人で片付けようとしてしまう。

 最初は信用されてないのかな、と少しさびしく思ったが、それが少女の優しさなのだ、ということを知り、もっと力になりたいと思うと同時にいとしくなった。

 そんな有銘に少しずつかれていたのだ。

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