第23話 体質の本質

「あの、それで、僕達をここに呼んだ理由は何ですか?」

 おお、そうだった、と獅堂しどうつぶやき言葉をぐ。


調


「…………!」

 彼方かなた嘆息たんそくする。

 総理大臣の許可がないと入れない部屋にこの体質を知る手がかりがあるかもしれない、という時点で総理大臣が何かしらの情報を隠していると予想することは出来た。それが気になりはしたが、この際、どうして隠しているのかとかということはいい。

 もう言われ続けて慣れている。

 何を言われても感じない。

 そう思っていたがそれは自分をいつわって逃げていただけだった。

 改めて『君は異常である』という印を面と向かって押されたのが、彼方はたまらなく悲しく、そして辛かったのだ。

「間違ってはいないけど……おじさん、ひとつ訂正!」

 有銘あるめ碧眼へきがんを細め語気を強める。


「この体質は異常ではなく、その人が持った特徴だ! それ自体が悪いように言われるのは心外しんがいだ!」


 モニター越しの獅堂を有銘がにらむ。

 その言葉が彼方の心を少し軽くした。

「……そうだな。申し訳なかった。訂正しよう」

 獅堂が再度頭を下げる。

「…………有銘さん、ありがとうございます……」

「ん? 何か言った?」

「いえ、何も……それより、総理。総理はこの体質について何を知っているんですか?」

 彼方が獅堂にく。

 獅堂はこほんと一度咳払せきばらいをし、口を開く。


、と言ったら信じてもらえるだろうか?」


 獅堂の声音こわね幾分いくぶん低くなりより重みが出る。

 それが彼方を始め、ここにいる人全員に緊張感を与えていた。

 全員がほぼ同時に目を見開き、息をのんだ。

「おじさんはそんなくだらない冗談は言わないだろう。うん。信じるぞ」

「そうか。ありがとう」

 獅堂が表情を柔らかくし続ける。

「では、早速」

「ちょっと待って! その前にちょっと確認する」

 そう言って有銘が彼方と田所たどころの方を向く。

「しーちゃん、彼方君」

「何よ? 改まって」

「はい」

 有銘が二人を見据えたまま真剣な表情で問う。

「ここから先のことを知ればいやおうでも巻き込まれてしまう。辛く悲しい真実と向き合わなくてはならないと思う。今ならまだ今まで通りの生活に戻ることが出来るし、まだ引き返すことは出来る。戻るための最終分岐点さいしゅうぶんきてんは多分ここになると思うが、二人はどうする?」

 そう訊かれた彼方と田所が互いに見合い、深い溜息ためいきく。

「あんた、ほんとバカね」

「有銘さんは本当にバカですね」

 口をそろえて言う。

「むー、その言い草はないだろう。人がせっかく心配してるのに」

 有銘が頬を目一杯めいっぱいふくらませるが、怖くもなんともない。むしろ可愛い。

「じゃあ、反対に訊くけど、あーめはどうするのよ?」

勿論もちろん、私は行くぞ」

 有銘が即答する。

 唇に強く力を入れ田所を見据みすえるその碧眼には強い意志がにじんでいた。

「私は、あいつを……瑠璃るりを止める。もし言って止まらなかったら……最悪の場合、力ずくでも止めてみせる。それでこの体質で差別されることがない世界にするんだからな」

 何があっても曲がることのない真っ直ぐな思いが彼方と田所の中に入っていく。

 どんな障害もするりとくぐりぬけ、人を温かくするその思いが彼方はどんな何よりも好きだった。

 そして、いつからかそんな有銘を一生支えたいと心から思うようになっていた。

「私も彼方君も最終目的はこの体質を治して他の人と同じような生活をすること。だから、危険なことはまっぴらごめんだわ」

 あーやだやだ、と田所はわざとらしく顔をしかめる。

「…………でもね」

 顰めた顔を戻し有銘を見据える。

「それ以上に誰からも必要とされなかった私達を必要としてくれたあーめの力になりたい、あーめを助けたいのよ。それは私も彼方君も同じ。そうよね?」

「はい。その通りです。そのためにここまで来たんですから」

 その言葉に有銘の瞳がうるむ。

「…………ありがとう」

「ったく、らしくないわね。そこは豪快に笑って『私に付いて来い!』でいいのよ。分かった?」

「……うん。次からは、そうする!」

 有銘の瞳からこぼれる大粒の涙が、いつか捨てられるんじゃないか、いつかまた一人になってしまうんじゃないか、という不安を洗い流す。

――この体質を治して、人として一端いっぱしの死を迎えたい。その思いは変わらない。しかし、今はそれ以上に有銘さんの力になれれば、それだけでいい。

 彼方は本心からそう思っていた。

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