第24話 高島千鶴という人物

「でも、知ってたなら何でもっと早く教えてくれなかったんだ? 私がこの体質だということは知ってたんだろう?」

 改めて二人の意思を確認し、安堵あんどした有銘あるめ獅堂しどうめる。

 獅堂が眉尻まゆじりを下げ、実になさけない話だが、と言葉を出す。

「私がこの体質のことを知ったのは、つい最近なんだよ。それで君達と同じように、未解決事件、グエラ、『Sprinter』という道を辿たどってこの体質が発生した起源、その治療法を知ったというわけなんだ。ゆえに、弟夫婦のこと、有銘君と瑠璃るり君のこと、その他諸々もろもろを知ったのも最近なんだよ」

「……そっか。そうなんだね。それなら仕方ないか」

「でも、それを言うなら、有銘君もどうして早く相談してくれなかったんだ?」

 その言葉に有銘が目をせる。

「無理だよ。仮に私とあいつが同じタイミングで体質のことに気づいてたなら、してたかもしれないけど、あいつが自分の体質に気づいたのが二年前。当時は私だけが他の人と違っていたんだから……相談しても信じてくれなかっただろう」

「…………」

 獅堂が唇をみしめる。

――その気持ち、痛いほど分かります。

 彼方かなたが胸の内で共感する。

――周りに同じような人が一人でもいれば信じてくれる人はいたのかもしれない。しかし、こんな体質が都合よく近くにいることは当然なく、何の根拠もない僕がうったえたところで化け物のことなんか誰一人として信じてくれなかった。それどころか〝嘘つき〟と呼ばれ罵倒ばとうされ暴力を振るわれたこともある。そんな経験をしてきたのだから、人に話すハードルは自然と上がっていくものだから……。

 彼方の頭の中に辛い思い出がフラッシュバックする。

 思い出したくないと思えば思うほど、それは嘲笑あざわらうかのように深いところに根を張り、ちょっとやそっとの力じゃ抜けないようになる。そして、色々な記憶の細かいところに入り込みすきあらば侵食しんしょくしようとする。そんなたちの悪い菌が彼方の海馬かいばで活躍する機会をうかがっているのだ。

「はいはい! あーめも獅堂総理も過ぎたことはとりあえず置いといて、これからのことを考えましょう!」

 田所たどころが暗い空気を払拭ふっしょくするように声を上げる。

「うん。そうだね。ごめん、獅堂さん」

「いや、私の方こそすまなかった」

 二人がともに謝った後、田所主導しゅどうで話が進められる。

「それで、獅堂総理、とりあえず知っていることを教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 獅堂が、うむ、と口を開く。

「この体質が出現するようになったのはおよそ一五〇年前。最初の人物が何を隠そう、グエラのボーカル、高島千鶴たかしまちづるだった」

 彼方がひとつつばを飲み込む。

 一五〇年という年月がどの程度のものか、彼方には想像もつかなかったが、そんな昔からこの体質が存在していたこと、それが今まで公表されていなかったことに驚きを隠せなかった。

「高島千鶴はこの体質の産まれてくる原理とその治し方を知っていた。しかし、彼女はこの体質とともにそれらが公になることを嫌った。知ればその人は迫害はくがいされるか、マッドサイエンティストに体をいじられるかの二つに一つであることを知っていたからだ。だから、この体質が出現する原理と治し方を曲に込めた。しかし、当然、それだけでは悪用しようとする人にもそれが知られてしまう。そこで彼女は悪意を持って聴こうとする人に害をなすような仕様しようを曲にほどこした。彼女の体質がどんなものだったかは不明だが、彼女にはそれが可能だった。それが今までこの体質がおおやけにならなかった理由だ」

 淡々たんたんと説明する獅堂の言葉に三人は耳をます。

「そして、この体質が産まれてくる原理だが……それは産まれた時、脳に通常では確認されない部位があるかどうかであるとされている」

「通常では確認されない部位、ですか?」

 田所がく。

「うむ。具体的に言うと」

 獅堂が立ち上がり、後ろに用意されていたホワイトボードの前に行く。

「首の当たりを走行する総頚動脈そうけいどうみゃくが脳に向かう内頚動脈ないけいどうみゃくと顔面に向かう外頚動脈がいけいどうみゃくに分かれる。その内頚動脈がまた脳の中で中大脳動脈ちゅうだいのうどうみゃく前大脳動脈ぜんだいのうどうみゃくに分かれている。これが一般の人だ。しかし、このような体質を持っている人は中大脳動脈と前大脳動脈の他にもう一本動脈が分岐ぶんきしており、それが通常の人にはない部位に血液を送っている。高島千鶴曰いわく、その部位が脳の機能を異常に高め、ありえない能力を出させているというのだ」

 獅堂は脳を側面から見た図を、一度も手を止めることなく書き説明する。

 その様はさながら医学部の卵に説明する大学教授であった。

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