第25話 体質の真実

 彼方かなたは聞きながら思う。

――確かに、僕はサビに注目していたが、よく考えれば他の部分の歌詞でそんなことを言っていた。ただ、基礎知識がないと分からないだろうな。

 説明されながら図示ずしされた部分と同じ場所を触る。

 外見上ここに何かがあるようには見えないし、軽く押してみても痛みや違和感は全くない。

 しかし、自身が一五年間苦しめられてきた元凶げんきょうがここにある、と思うと自身の無力感にさいなまれた。

 ふと田所たどころ有銘あるめを見る。

 持っていたメモ帳に光速の速さでメモを取る田所。

 椅子の背もたれに全体重をあずけ大きなあくびをする有銘。

 その姿は対極たいきょくであった。

「私達にもその部位があるということですか?」

無論むろん、画像を見ないと確実なことは言えないが、おそらくあるだろう」

 一度置かれていた水に口をつけ獅堂しどうが言葉をぐ。

「そして、それを知った上で伝えなければいけないことが二つある」

「一つはこの体質の治し方だろう?」

「無論。それはその部位を取り除くことで体質を治せるというものである」

「それなら」

「しかし……」

 有銘の言葉をさえぎって獅堂が言うが、その後、眉間みけんしわを寄せ言葉をまらせる。

 そこに治るだけではない何か大きな副作用みたいなものが含まれていることは明らかだった。

「おじさん、私達だったら大丈夫だぞ」

 有銘が軽く微笑ほほえみながら促す。

「…………この体質を治すためにその部位を取り除くと」

 次の言葉に一同が驚愕きょうがくし、恐怖した。



 彼方は一瞬獅堂が何を言っているのか、理解することが出来なかった。

 いな、その言葉の意味は分かるし、想像も出来る。

 その上で信じたくなかったのだ。

「原理は分からないが、この部位が呼吸機能の中枢ちゅすうつかさど延髄えんずいに影響を与えており、この部位を取り除いてしまうと延髄の機能が停止し、呼吸困難におちいるらしい」

 三人とも衝撃的しょうげきてきな真実に言葉を発することが出来ない。

「ただ、これは高島千鶴たかしまちづるが言っているだけで確たる証拠や文書があるわけではないので、それが本当なのかどうかは分からない。……ただ、このような体質を治して天寿てんじゅまっとうした、という例がないのもまた事実である」

「……要するに、仮設であって実証されていない、ってことだな?」

「そういうことだ」

「分かった。それで二つ目は?」

「うむ。二つ目はこの体質を持つがゆえに起きてくることなのだが」

 そう言い、ホワイトボードに書かれた脳の側面図全体に赤丸をつける。

「何がどう働いてそうなっているかはやはり不明だが、この体質を持つ者はそうじて短命であるということが分かっている」

 その事実を聞いて、三人が同時に目をせる。

 その後のことを誰かがかなくてはいけない。しかし、それを訊くことは余命宣告よめいせんこくを受けることと相違そういない。

 不死身の体を持つ彼方はその例外に当たる存在なのかもしれない。しかし、それでも有銘と田所がそれを受けることは自分のこと以上に辛いことだった。

「……具体的にどれくらいなんだ?」

 代表して有銘が訊く。

 獅堂が一度唇に力を入れ、おもむろに口を開く。



――二〇年から三〇年……。それでは今、この段階でいつ心臓が止まってもおかしくないということじゃないか。

 その事実に彼方は絶望ぜつぼうする。

 それは田所も同様であった。

「……そうなんだ。……うん。それだけ聞ければ十分だ。ありがとう」

 有銘が言う。

 そして、その後、すぐに国立中央図書館を後にした。

 外に出て彼方は改めて思案しあんする。

――有銘さんが考えるように小波瑠璃さざなみるりを止めることは最優先でやらなくてはいけない。それは確かだ。しかし、その後、僕はどうすればいいのだろうか……。

 聞いた情報が確かかどうかはひとまず置いておいて、ひとまず知りたい事実を知ることは出来た。

 目的を果たすためにはこの体質の元凶げんきょうである脳の部位を取り除く必要がある。しかし、それを取り除くと死んでしまう。彼方はまだ時間に余裕があるかもしれないが、有銘と田所にいたっては決断するためのリミットがいつ来てもおかしくない状況である。

 

 まね


 突き付けられたのは理不尽りふじん矛盾むじゅんだった。

 彼方にせまられた選択肢は二つに一つ。

 この体質を治さずに不死身のまま一人でこの世を生きていくか。

 取り除いても死ぬことがないかもしれない、という一縷いちるの望みを持って一か八かの賭けに出るか。

 小波有銘さざなみあるめ田所静江たどころしずえに出会った今、彼方にとってそれは苦渋くじゅうの選択であった。

 そして、さらに考える。

――有銘さんと田所さんは治さないと明日にも死んでしまうかもしれないんだ。時間に余裕はない。僕に何か出来ることはないだろうか……。

 彼方は考えても考えても現状を打破だはすることが出来ない自分に懊悩おうのうしていた。

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