第33話 有銘の作戦

 田所たどころ彼方かなたを正気に取り戻そうとしている頃。

 瑠璃るり有銘あるめは文字通り大立おおたまわりを演じていた。

 体質を存分ぞんぶんに使い拳や蹴りを繰り出す有銘に対し、それを時にかわし時に受け止めながら瑠璃は常に飄々ひょうひょうとしていた。受け止めきれずに飛ばされたとしてもすぐに治癒するその体質をもう自分のものにしていた。

 瑠璃は決して自分から攻撃を仕掛けることはせず、有銘の出方を見てその後の行動を決めていた。

 はたから見れば大人が子供の駄々だだに付き合っているような、そんな力の差がそこには存在していた。

「……はあ、はあ、はあ……ふうー……」

「――はあー、そろそろ、このじゃれ合いにも飽きてきたかな」

 一度距離を取って息を整える有銘に対し、瑠璃は首をぐるりと回し心底つまらなさそうに大きなあくびをする。

 その時、ふと瑠璃の目が有銘の右手首にいく。

「あっ、まだそのミサンガつけてるんだ。僕はもうとっくのとうに千切ったけどね」

「いいだろう! 私の勝手だ!」

「違いないけどね」

 そう言って笑う瑠璃に端の方で椅子に座り足を組む老婆と机の上で胡坐あぐらをかく男が口を出す。

「時間に余裕があるとはいえ、さすがに時間をかけすぎかの」

「だね。瑠璃、そろそろ終わらせて。さすがに眠い」

 時間にして五分弱という時間ではあったが、一方が攻撃して一方がそれを軽くいなす、という単調な戦いを外から見る二人にとって、何十倍にも感じられるほど長く退屈なものであった。

「そうだね。じゃあ、お姉ちゃん、そろそろいいかな?」

 瑠璃が有銘にく。

「いいも何も、私は常に、お前を、殺す気だがな」

「えっ? そうだったの? てっきり遊んでいるのかと思ったよ」

 瑠璃がバカにするような笑みをくずさず続ける。

「っていうかさ、不死身君になった僕をもう誰も止めることは出来ないんだからさ。いい加減諦めなよ」

 瑠璃がどこからか取り出した煙草たばこくわえ、自身の人差し指から出る火を近づける。

 吐き出した煙が開けられた窓から逃げるように出ていく。

「ここにあるのは純粋な力の差。僕が神からこの体質を授かった時点でどう足掻あがいたってくつがえせないんだからさ」

 人を見下みくだすその姿勢はまさに皇帝が奴隷を見る目そのものであった。

「…………ふうー」

 有銘が一息吐き、改めて瑠璃をにらむ。

「お前はそう言うだろうな。産まれて与えられたものがその後の全てを決め、それ以外はどんなことをしても無駄だ、とかな」

 それを聞いた瑠璃が、うんうん、とうなずく。

「それはある種、間違っていない。生まれ持ったものが人生を大きく左右することは確かだ」

 頭から顔面を伝う血液が口角から口内に侵入する。

 途端とたんびた鉄の味が広がるが、有銘はそれを気にすることなく話を続ける。

「だがな、人間はそれだけではない。才能が人生を決めるのではなく、考えて考えて努力を重ねた結果、才能を突き破る何かを得ることだってある。それを自分の力に変えてそれぞれの人生を歩んでいくんだ。本来であればお前が奪った人たちにもそれはあるはずだった」

 眉間みけんしわを寄せたまま言葉をぐ。

「…………母と父はこんな形で産んでしまったお前を必死で救おうとしていた。どうやったら苦しい思いをしないで生きていけるかを考えて大きくなった時、なるべく困らないような環境を作ろうとしていた。それをお前はまるでティッシュを使い捨てるかのように軽い気持ちで奪ったんだ」

 有銘が一度唇をきゅっと閉め、奥歯を噛みしめる。

「…………瑠璃、お前にひとつ、最後の忠告をしてやる」

 そう言って大きく息を吸う。


!」


 有銘がそう叫んだ瞬間。

――――カランカラン……シュー……。

 突如とつじょとして投げ込まれたアルミ缶から勢いよく煙が噴射ふんしゃされる。

「……っち、煙幕えんまくか⁉」

 瑠璃がそう言いすぐに自分の腕を振ると、そこから凄まじいほどの突風が吹きまたたく間に煙を排出させた。

 瑠璃は有銘がこの煙にじょうじて逃げるのだ、と思った。

 しかし、それは違った。

 煙が晴れた先にいたのは頭を始め至る所から出血している有銘だった。

 立っているのもやっとのはずだが、小さな体は微動だにしない。

「…………がっ、はっはっ、はっはっ」

 胸の前で腕を組み碧眼へきがんを輝かせ笑い声をあげる。

 途切れ途切れではあったが、この状況であってその笑いは不気味だった。

 その姿に瑠璃が激昂げきこうする。

「な、何がおかしい⁉ この煙幕で逃げられなかったお前にもうすべはないんだ! もうここで僕に殺されるしかないんだ! なのに、何でそんなに笑ってられるんだ⁉ おい! 答えろ!」

 圧倒的に有利な状況において不気味に笑う有銘に瑠璃は息を荒くして怒りをあらわにする。

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