第44話 有銘の覚醒
大学の講義を受けながら彼方はふと考えることがある。
――呼吸をしてはいるが、生きているとは言い
冷静に物事を考えることが出来るようになった彼方は有銘のことだけじゃなく、自分を含めたその他の人の未来を考えていた。
――有銘さんが目を覚まして、また一緒に遊んだりバカみたいなことをしたいと願っている。願ってはいるが……ここまで時間が経っても状態が変わらないのであれば、もう、有銘さんは……。
考えないようにしていても頭の
――――トゥルルルルル、トゥルルルルル……。
深夜一時。
布団に入り数時間が経過した時間に突然彼方のスマートフォンが着信を告げる。
深い眠りについていた彼方は一度のコールで起きることはなかった。
――――トゥルルルルル、トゥルルルルル……。
二度目の着信。
ここで彼方は目を覚まし、スマートフォンに手を伸ばす。
「――彼方君! ねえ、彼方君!」
電話口で聞こえたのは退院し教職に戻った田所だった。
田所の声は珍しく興奮しており、時折鼻を
深い眠りからの寝起きであったことも含め、彼方にはなぜこんなに田所が興奮しているのか、分からなかった。
「……はい。なん、でしょう?」
「彼方君! あーめが……あーめが!」
その言葉に彼方の頭が覚醒する。それはまさに全身に電流を流されたかの如く一瞬であった。
「有銘さんが、どうしたんですか⁉」
「…………あーめが、あーめが……目を覚ましたって!」
それを聞くや否や、彼方は着の身着のまま家を飛び出した。
――有銘さん、有銘さん、有銘さん、有銘さん!
心の中で何度も有銘の名前を叫びながら走った。
駅に着いて電車を待つ一秒が一分一時間よりも長く感じた。
全身から汗が滝のように吹き出し服を湿らせようとも、息が切れて過呼吸気味になろうとも、手足の筋肉が
病院に着き、暗くなった廊下を走り病室へと向かう。
途中、以前お世話になった赤髪の看護師に止められたが、それを彼方は無視して進む。
病室の前まで行くと、途端、緊張感が彼方を襲う。
――この先に目を覚ました有銘さんがいる!
その思いを胸に一つ大きく息を吸い、ゆっくり吐き出す。
そして、ドアをノックする。
――――コンコンコン。
「はーい。どうぞー」
その声に彼方の胸が一度どくんと波を打つ。
ゆっくりドアを開け中に入る。
そこにいたのは有銘の左側で笑う田所とベッドの背を九〇度近くまで上げ座る有銘の姿だった。
「おっ、彼方君! 久しぶりだな! 元気か?」
そう言って有銘は何事もなかったかのように笑顔で手を挙げる。
腕に点滴が入り、胸から赤黄緑の線が伸びモニターに繋がっている。何があってもいいように呼吸器は部屋の中に置かれているが、当然電源は入っていない。まだ状態を見る必要はありそうだが、普通に話せるほどの回復は見られる。
この短時間でここまでの回復が見られるのはまさに奇跡の何物でもなかった。
『脳死』
『植物状態』
その言葉に彼方は絶望を感じていたが、
彼方の全身の力が一気に抜け、
そして、
「ちょっと、何時だと思ってるの! 皆寝てるのよ! 静かにしなさい!」
しかし、それでも彼方が泣き止むことはなかった。
「すみません。もう少しこのままでいさせてください。後で説教されますし、謝りますので……ちょっとだけ、今はこのままで」
有銘が看護師にそう言い、優しい笑みを浮かべ彼方を見る。
「…………はあ、分かったわ」
看護師は
扉が開いたままであろうが、誰かが何かを言っていようが、彼方は気にせず泣いた。
体の中の水分が
一生分の涙を流したと言っても過言ではないほど泣いた。
今まで流したどんな涙よりも温かく、心が軽くなる涙だった。
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