第19話 事件の共通点

 各々が各々の方法で調査を終え、今日はその報告会である。

 彼方かなたが久しぶりに有銘あるめの家に行く。

「ただいま戻りました」

「おっかえりー!」

「……おかえりなさい」

 リビングで両手に持ったクレープを頬張ほおばりながら声をはずませ言う有銘と対照的に小説か何かを片手にブラックコーヒーをすす田所たどころがいた。

 いつも通りの光景に胸をでおろしながらかばんを部屋のすみに置く。

 一條真美いちじょうまみの話を聞いてから警察の調書以外の当時の記事や関係者への聞き込みを徹底てっていした。どんな些細ささいなことであってもらすことがないように細部まで目を配ったが、新たな事実は何一つ出てこなかった。

 それゆえ唯一ゆいいつ新しい手がかりである『Sprinter』のことを調べていた。

 

 走れ! 俺の魂! 何年、何十年かかろうと、伝えられなかった気持ちを!

 図書館にも行かず照れくさくて言えなかったその気持ちを、包み隠さず伝えられる!

 走れ! 俺の魂! 何年、何十年かかろうと、伝えられなかった気持ちを!

 たとえそれが治せないほど辛く悲しい真実だとしても、恐れずに伝えられる!

 

 一條にコピーさせてもらった曲を聴き、サビの部分の歌詞も書き出してみた。

 歌、反逆はんぎゃく狼煙のろし。作詞作曲、グエラ。

 歌っているのは反逆の狼煙というグループ。そして、その中のボーカル、グエラという人物が作詞と作曲をしている。

 このグループがどんなグループなのか、グエラという人物がどんな人物なのか、彼方は出来る限り調べた。しかし、過去にさかのぼって調べても全く分からない。顔や本名、個人情報の類を一切公開していなかった。メジャーでなかったこともあり、テレビや雑誌に取り上げられること少なく情報は皆無かいむであった。

 不自然なくらいにせられたそれらが彼方をさらにこのグループ、グエラという人物、『Sprinter』という曲に執着しゅうちゃくさせる原因の一つとなっていた。

「よし! 彼方君も来たことだし、さくっと済ませちゃおうか!」

 有銘が服のそでで手をき言うが、その口元にはクレープの残骸ざんがいが付いておりまらない。有銘らしいと言えば有銘らしいのだが、その様は幼稚園児や小学生と相違なかった。

「その前に……はい。口元を拭きなさい」

 見かねた田所が小さく溜息ためいきを吐き、お母さんよろしくハンカチを渡す。

 ん、ああ、ありがとう、と言い有銘は口元に付いた生クリームやチョコを拭く。

 有銘が自分の思ったことを真っ直ぐに実行し、それを後ろから田所がサポートする。

 彼方はそんな何でもない日常が心地良ここちよかった。

――ずっとこの時間が続けばいいのに……。

 彼方は心の中でそう思うが、それが叶わない夢であることは彼方自身が一番理解していた。

――周りの人たちは何年後か、何十年後かに皆死んでしまう。そうしたら僕はまた一人でこの世を生きていかなくてはいけないのか……。

 今までの彼方であればこんなことを思うこともなかったのかもしれない。

 しかし、小波有銘さざなみあるめ田所静江たどころしずえと出会い、人と関わることがこんなにも楽しく嬉しいものであるかを知った。

――そんなのは嫌だ。僕も皆と同じように歳を取って老い、寿命をまっとうしたい。

 その気持ちに気づいてからというもの彼方の個人的な目標はひとつ。



 自分のことだけを考えるのであれば小波瑠璃さざなみるりに頼むのが一番早い。

 それは理解している。

 しかし、それでは後世こうせい、絶対に悲しむ人が出てくる。

 何より自分だけが個人的な目標を達成しても意味がないことに彼方は気がついていた。

 ――その選択肢だけは避けなくてはいけない。

「――よし! 改めて各々報告していこうか!」

 彼方が夢想むそうふけっている中、有銘が腰に手を当て言う。

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