第20話 共通点~part2~

「じゃあ、まずは私からするわね」

 田所たどころがそう言って三枚ほどにたばねられた紙を配っていく。

茅ヶ崎ちがさき一家殺人事件の概要がいようはそこに書いてある通りで、推定犯行時間は深夜一時から三時の間。殺害されたのは山中さん一家。両親と息子が一人の三人暮らし。家は閑静かんせいな住宅街にあって、殺害が行われたとされる時間に近所の人が物音を聞いた様子もなかった。翌日、ご主人の部下が電話をしたが出ず不審ふしんに思い家に行き事件を発見した。金品などが盗まれていなかったため、怨恨えんこんによる殺人で捜査。犯人のプロファイリングから犯人像の特定や複数人による犯行であることは判明していたが、犯人特定にはいたらず未解決事件となっている。って、ところかしらね」

 田所がコーヒーを一口含む。

「じゃあ、次は私だな」

 有銘あるめはスマートフォンを片手に書いてあるだろう内容を読み上げていく。

「現場はJR川崎ルビを入力…駅の旧南部なんぶ線のホーム。時間は朝の九時。四つの階段の裏側に設置された爆弾が一斉に爆発し、死者三〇人、重軽傷者じゅうけいしょうしゃ一一八人を出す最悪の事件となった。監視カメラは誰かにハッキングされており、他の映像に差し替えられていた。駅員や利用客などに聞き込みをし、何人かの不審人物を挙げることはできたが、決定的な証拠は見つからず、未だ犯人の特定には至っていない。概要はこんな感じ。彼方かなた君の方は?」

「はい。僕の方はですね――」

 それに続いて彼方も事件の概要を説明した。

 次に各々がその事件の気になったところを話していく。

 大きいところは警察が全て調べており、調書を読めばある程度の情報を把握はあくすることは出来たため、論題ろんだいは警察が気に留めなかった些細ささいなことであった。

 そんな中、田所が作った資料に彼方の目が留まる。

 心臓をぎゅっと鷲掴わしづかみにされたかのような痛みが彼方の胸をおそう。

 血流量の増加とともに体温が上がっていくのが感じられる。

 遠くに置かれたジグソーパズルの一片いっぺん同士が繋がっていくような感覚が波のように押し寄せる。

 眉間みけんしわを寄せ考える田所に彼方がく。

「田所さん、ひとつ気になったのですが……」

「ん? 何かしら?」

「この『Sprinter』っていうのは、反逆はんぎゃく狼煙のろしが歌っているやつですか?」

「あらっ、そうよ。よく知ってるわね、こんな古くてマイナーな曲。私でも名前くらいしか知らなかったのに」

 田所がおどろきをあらわにする。

 彼方の年代で知っている人はほぼほぼ皆無かいむなので、無理もないだろう。

「いえ、僕も知りませんでしたよ。この事件を調べるまでは」

 その瞬間、田所の目が大きくなる。

「……まさか、彼方君の方の事件でも流れたとか?」

「はい。サビだけですけど、事件が起こる直前に流れたみたいです」

「おーい。何の話だ?」

 キッチンから巨大なプリンを持ってきた有銘が入ってくる。

 彼方が有銘に『Sprinter』のこと言うと、有銘は、ああ、と声をらしことげに言う。

「『Sprinter』なら、私の事件でも流れてたみたいだな。駅のアナウンスをさえぎって十秒くらい」

 その事実を聞いて彼方は驚愕きょうがくする。

――未解決事件の中から犯行の手口が不可解という理由だけで無作為むさくいに選んだ三つの事件。起きた年代も違えば、その手口てぐちも全く異なる三つの事件。一見、何の共通点もないような三つの事件に些細ささいな共通点が一つ。ここに何かがあることは間違いない。

 疑念ぎねんが確信に変わった瞬間であった。

 そう思ったのは田所も同じで、すでにパソコンで何かを調べている。

「――あったわ。唯一、反逆の狼煙のことを調べられる場所。それは」


ですよね」


 田所の言葉をぐ形で彼方が言う。

「あら、すでに知っていたのね」

「はい。ちょっと気になったもので調べたんです。それで、そこに実際に行ってみたんですが」

「そこには何もなかった、と」

 プリンを頬張ほおばりながら有銘が彼方の言葉を継ぐ。

「……はい」

「……そうなのね」

 一度目を伏せ、残念そうにコーヒーをすする。

「ただ、そこでひとつ、遠くから視認することは出来たのですが、近寄ることが出来なかった部屋がありまして」

 彼方があらかじめ印刷してあった図書館の案内図を広げる。

「ここです」

 そして、彼方が示したところは図の中で何もないところだった。

「ん? ここ? 何もないけど?」

「そうです。図には書かれてません。しかし、そこには確かに部屋がありました」

 彼方が一日をかけて図書館中の隅々すみずみを探し回った結果、知った事実である。

「その部屋、怪しいわね」

 うーん、と彼方と田所が悩む中、有銘が緊張感きんちょうかん欠片かけらもないような声で言う。

「その部屋って受付の奥のところにある部屋か?」

「はい。肉眼でちらっとしか確認できませんでしたが、あそこには確かに部屋がありました」

「ああ、その部屋だったら、私、入ったことあるぞ」

「ぶっ⁉」

「本当ですか⁉」

 田所が飲んでいたコーヒーを吹き出し、彼方が思わず声を上げる。

「うん。でも、あそこ入るのに総理大臣の許可が必要だから、ほぼほぼ誰も入れないんだ」

「……それ、本当なの?」

「本当だぞ」

「……八方塞はっぽうふさがりね」

「……ですね」

 田所と彼方の顔がしずむ。

 友達のお菓子を一つ貰うのとは訳が違うのだ。簡単に総理大臣の許可が貰えるはずなどない。

 しかし、それは同時にそこに真実が隠されている可能性が高いという証明でもあった。

「え? どうして?」

 有銘が本気でなぜか全く分からないような高い声を上げる。

「どうしてって……はあー、あんた、状況分かってる?」

「むー、失礼な。分かってるぞ。その部屋にこの体質を知る手がかりが眠ってるかもしれなくて、その部屋に入りたいってことだろう」

「簡単に言うけど、じゃあ、そこにはどうやって入るのよ? 総理大臣に事情を説明して、はいそうですか、で入れてくれわけないじゃない」

「そうなんです。そこなんですよね、問題は」

 彼方と田所がうなり声をあげて悩む。

 手がかりとなりそうな事がまさに目の前にあるのに、それをさまたげる壁は分厚ぶあつく高い。

 彼方は事の重大さに直面し、改めて恐怖する。

――いばらの道であることは想像していたが、まさかここまでとは……。

 彼方の中に巣食すくう迷いは小さいが、しかし確実に存在していた。

 それは心の周りをうねうねと動くへびのように陰湿いんしつだった。

「それなら確か、あっちに……」

 そんな彼方を尻目しりめに有銘がそう言い腰を上げる。

 相変わらずプリンを口一杯に頬張っているが、それを一度置き、ぱたぱたと足音を鳴らして行ったと思ったら、一枚の紙を持ってすぐに戻ってきた。

 そして、その紙をテーブルの上に広げる。

 しわくちゃになってはいたが、そこに書かれていたのはまさに彼方と田所の求めていたものだった。


『通行許可証 内閣総理大臣 獅堂剛彦しどうたけひこの名のもとに通行することを許可する』


「ほら、これ。一昨年おととしくらいに貰ったやつだしどこの通行許可かも書いてないけど、ちゃんと総理大臣の名前と印鑑も押してあるし、使えるんじゃないか?」

 その紙をよく見ると、確かに達筆たっぴつな字で書かれた字とそれを証明する印鑑が押されていた。

 どんな経緯けいいで公開していたのかは覚えていないが、その字と印鑑は総理大臣獅堂剛彦が間違いなく何年か前にテレビで見せていたものと同じものだった。

「…………あんた、何者なのよ?」

「ん? 小さくて可愛くて評判の小波有銘さざなみあるめさんだけど……あっ、彼方君、そのどら焼き、美味しそう! ひとつ頂戴ちょうだい!」

 有銘が口にプリンをつけたまま、彼方の持つどら焼きに目をきらきらさせる。

 彼方と田所が互いに顔を合わせ、深い溜息ためいきく。

――体が小さくて顔は人形のように整っている、金髪碧眼きんぱつへきがん怪力かいりき体質の持ち主、少女のように至極しごく純粋でいて真っ直ぐで少し……いや、かなりバカで幼くて、この体質と弟瑠璃るりを心の底からにくんでいる。

 彼方が有銘のことを考える。

 有銘のことを含め、まだまだ分からないことは多く謎は残されているが、彼方にもう疑いや迷いはなかった。

――そんな人が僕を必要としてくれた。化け物とののしられうとまれた僕を初めて受け入れた。だからこそ、僕は手伝おうと思った。それに一緒にいるとなぜか心が温かくなる。その笑顔を隣でずっと見ていたい。何があろうとも有銘さんの力になれればそれでいい。

 有銘を信じる気持ちと閉ざされた道を歩くことが出来る僥倖ぎょうこう

 それだけが今の彼方にとって何よりも大事なことだった。

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