第41話 有銘の病状

 時折、処置室から看護師や医師が出てくるが、みんな切羽せっぱ詰まった顔をしておりとても状況をけるような様子ではなかった。

「……坂田彼方さかたかなた……お前は、有銘あるめさんのことが好きか?」

 唐突とうとつ笠倉かさくらが口を開く。

 その言葉に彼方の胸がどくんと動く。

 一瞬戸惑いもあったが、すでに心は決まっていた。

「……はい。好きです」

「そうか。私も大好きだ」

 沈黙ちんもく鎮座ちんざする。

「……もう告白はしたのか?」

「……いえ、まだです」

「そうか……じゃあ、何が何でも生き返ってもらわないとな」

「はい」

 静寂せいじゃくの中にただよう空気はどろりと甘くそれでいてぴりりと辛味の効いているカレーのようだった。

 彼方が笠倉の横顔をちらりと見て思う。

――不思議な雰囲気の女性だ。

 正体を知ってから彼方と笠倉は少ししか話していないので、彼方にこの人がどんな人なのかを正確に測ることは出来なかったが、一緒にいて妙に落ち着くような感覚を感じていたことだけは確かだった。

 確実に彼方、いや有銘や田所よりも年上で包み込まれるような温かさを感じる。

 全てを認めながら、時にその人のことを真剣に考え、道を正してくれるような優しさを感じる。

 同時にそこにいたるまでの過去も少なからず壮絶そうぜつだったのではないか、と彼方は推測する。そうでないと、ここまで達観たっかんすることは出来ない。

「あの、笠倉さんは」

 彼方がこうとした時、その時は来た。

「すみません。失礼ですが、小波有銘さんの……って、あなた! この前、有銘さんと一緒に来てた彼じゃない!」

 髪をあざやかな赤色に染めた看護師が彼方に声をかける。

 以前、瑠璃るりに狙撃され窓ガラスの破片で有銘の皮膚が切れ、そこを処置してもらった看護師だった。

「あっ、その節はどうも」

「いえいえ、こちらこそ……じゃなくて、誰かご家族さんはいる?」

「有銘さんの家族は……」

 彼方はその続きを言おうとして止まる。

「…………?」

 看護師が首をかしげる中、座っていた笠倉が立ち上がる。

「有銘さんの家族はもういません。皆亡くなりました。なので、話であれば私たちが代わりに聞きます」

「いや、しかし」

「お願いします!」

 フロア中に声が響く。

 笠倉は頭を下げたまま微動びどうだにしない。

 それにならって彼方も立ち上がり頭を下げる。

「……分かったわ。こちらにどうぞ」

 根負けしたような表情を浮かべ、看護師が部屋に通す。

 部屋の中は意外と広く、消毒液の匂いと疲れ切ったスタッフの姿があった。

 忙しさのピークは去ったようで、散らかった器具を片付ける人や電子カルテを記入する人など各々がやるべきことを粛々しゅくしゅくとこなしている。

「先生、お連れしました」

「うん。ありがとう」

 パソコンに向かっていた人が返事をし、こちらを向く。

「医師の勝浦かつうらと申します」

 白衣を着たその医師は目鼻立ちのくっきりしたりの深い顔に浅黒あさぐろの肌をしていた。

 物腰ものごしは柔らかく優しそうな雰囲気をまとうが、その実、瞳には全てを見通すような鋭さが同居どうきょしていた。

 勝浦が彼方と笠倉を見据みすえ言う。

「早速、小波さざなみさんの状態ですが、とりあえず一命は取り留めました。これからどうなるかは分かりませんが、呼吸が安定すれば呼吸器も取れるでしょう。……しかし……」

 その後の言葉に彼方と笠倉が絶句ぜっくし、あふれる涙をこらえることは出来なかった。

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