第17話 庭園での密談

「結局あれでよかったの?」


 コーヒーとパンケーキを味わいながら、メイが訊いた。庭園でのことだ。


 つい先日、セバスとカノンの結婚式が行われていた会場である。


 ただ、ところ狭しと並べられていたイスやテーブルは撤去され、今はよく手入れされた芝生と庭木、そして花壇が広がっているだけだった。


 メイは庭園の一角に据えられたガーデンテーブルに座り――否、正確にはリンネの膝の上に腰掛けている。一緒に座ろうとリンネが要求したためだ。


 彼女は今、鼻孔いっぱいにメイのかぐわしい甘い香りを味わってご満悦である。


「うーん……やっぱり美少女の香りがしますわ」


 男性であることは男湯できっちり確認しているが、それでもやはりこうしていると疑わしく思えてしまう。リンネは恍惚とした表情でメイを抱きしめた。


「僕としては、妹の愚行についてそれでいいのかと訊きたいところだけどね……」


 対面に座る国王は微妙な顔をしている。メイはうまそうにパンケーキを頬張ってから、コーヒーを口に含んだ。


「正直完全に子供――いや、ぬいぐるみ扱い? でどうかと思わないでもないけど、主観的には美少女に抱きすくめられている状態だし、別にいいよ」


 それから彼は、これおいしいね、と近くに控えていたカノンを褒めた。


 彼女の手作りである。一番の得意料理ということで、せっかくだからと作ってもらったのだ。


 ちなみにコーヒーはセバスが入れた。これまた彼の得意技である。いわば夫婦での共同作業であった。


「ありがとうございます」


 とカノンははにかんだ笑みを浮かべ、うれしそうにセバスを見上げた。


「で、俺の行動は役に立ったのアレ?」


 セバスがカノンを抱き寄せ、仲睦まじい様子を見せるのを横目で確認しつつメイは訊いた。


「結局、俺がやったのって開会前に適当に脅して――というか、本来は新婚夫婦を祝うための祝砲なんだけどさ。それやったあとはずっと座ってるだけで何もしてない。式が終わったあとにまたなんか絡んでくるかなと思ったら何もなかったし、ちゃんと効果あった?」


「満点回答だったよ。素晴らしかった」


 パンケーキを味わってから、国王は微笑で答えた。


「特に最高だったのが、まさしくあの祝砲だ。君の実力が一発で伝わったし、絶大な魔力で完全に気圧されていた――まさしく覇竜、暴虐竜とあだ名されるだけのことはある、と」


 ふふっ、と国王は楽しげに鼻を鳴らす。


「新聞記者はもちろん、各国大使や貴族たちも君の実力のほどは認めるだろう。当然、目的にも合致する――雨雲さまの封印を解くための説得材料としてね」


「説得?」


 メイが眉をひそめると、国王は降参だと言わんばかりに手を上げた。


「うちだけの一存じゃ無理なんだよ。なにせ雨雲さまはかつて大洪水を巻き起こし、連合軍すら倒せず封印するので精一杯という化け物だからね」


 ああ、とメイは理解した様子で嘆息する。


「要は危ないもんの封印をわざわざ解こうとするなって周りが文句言ってくるのか」


「うちが超大国だったら、また話は違ったんだろうけどね」


 国王は困り顔で肩をすくめた。


「あいにくと、歴史と伝統だけはある小さな国さ。『封印されている伝説の怪物を解き放ちます』なんて宣言しようものなら、正気を失って乱心したと見なされて、他国の大軍勢が攻めてきかねない」


 国王は肩を揺すって笑った。


「だからこそ東方覇竜にご助力いただいたわけさ。エルダー・ドラゴンの軍勢を難なく打ち破るほどの圧倒的強者が封印の解除をご所望だとね」


「俺の力を見せるためのパフォーマンスが必要だったわけ?」


 だったら、あれじゃ不足じゃないかな……とメイはひとりごちる。


「いや十分すぎるほど力は示せたと思うけどね」


 国王は苦笑いだ。


「とはいえ、いきなり私から宣言しても向こうは面食らうだけだろう。お披露目は済んだことだし、各国を回って許可――というか根回しをしてもらいたい」


「その前に……」


 メイはパンケーキを口に含んで食べた。


「そっちのほうはいいの? 自分から言い出しといてなんだけど、雨雲さまみたいな超強力な魔物を解き放っちゃって」


「それについては問題ないよ」


 なにせ封印されたのが何千年も前――それこそ覇竜戦争すら起こる前だからね、と国王は微苦笑を浮かべる。


「正直、封印がいつまで持つかはわからないし、なにかの弾みで封印が解けたり不具合が起きてとんでもない事態になったり――ともかく、そういうトラブルが起きる前に対処できるならしてしまいたい。これは各国共通の意向だよ。ただ……」


「倒せる保証がない?」


「そういうことだね」


 国王はパンケーキにフォークを突き刺した。


「撃破できるあてがないから現状維持を選択していただけで……倒せるならそりゃあ倒したいんだよ。当然だろう? 後顧の憂いなんて抱えていたくないんだから」


「そういうことなら」


 と答えたメイを見て、国王は満足げにパンケーキを頬張る。


「ところで、根回しはいいけどまさか大陸中の国を回るの?」


「いやいやさすがにそんな馬鹿げた要求はしないよ。話を通しておいてほしいのは、特に国力の高い三カ国だけさ。大国三つが承認すれば、ほかの国も追随せざるを得ないからね」


 国王はそう言って、コーヒーを口に含んだ。

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